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ママ、些細なことで嫉妬しすぎですよ。

 四年に一度のユニペグの歴史書編纂…。

 その話を聞いて合点がいきました。エドワードは私が生まれたときと4歳の誕生日を除いてお祝いに来てくれたので、厄災が起きる年は私が8歳の誕生日を迎えるときではないしょうか。

 ただ、ここで心配なのは編纂を切りあげて駆けつけてくれると約束してくれたエドワードのことです。心強いのですが、厄災に間に合わなかったユニペグのくだりと微妙に重なります。

 フラグですか?

 もちろん、へし折るつもりですけど…。

 私は手をこまねいているだけの状況にやきもきして決心しました。

 できることから対策しよう。

 とりあえず、アメリアの家に行く!

「ママ、アメリアのところへ遊びに行きたいの」

 私は上目遣いでママにお願いします。周りの大人はこの角度の目線でねだると、ほぼ私に屈します。

 私が前世で若葉だった頃、同じ仕草をしても、目が細かったため睨んでいるようにしか見えませんでした。

 なので、無用な誤解を招かないように、話しかけられたときは穏やかに微笑むようにしていましたね。どっしりした構えも伴って、いつしか、大仏というあだ名をつけられましたっけ…。

 お釈迦様って、確か男性ですよね…。性別、超えちゃっているよ。

 ママは洗濯物をテーブルに広げて畳んでいました。庭の大木の一つに千里香(この世界での金木犀のような花の名前です)が植えられているのですが、風に晒されたときに香りが移ったのか、乾いた洗濯物から甘い匂いが微かに漂います。

 ママには私のおねだり攻撃が通用しません。少し拗ねた顔つきで尋ねられました。

「オリーはママと一緒に過ごすのは嫌なの?」

 そんなことあるはずありません。

「ママ大好き‼︎だけど、アメリアも好き!アメリアのお本が読みたい!」

 ママの金髪がキラキラと煌めいて揺れます。腰まである長い髪はしなやかで美しいです。ママは可憐という単語がピッタリと当てはまる女性でして、その姿は少女のようにあどけなく、淡い菫色の紫眼を哀しそうに伏せると、皆たまらなく庇護欲をそそられます。パパが居合わせれば、いつも黙りこんでママを抱きしめ、ママの髪へパパは顔を埋めてしまいます。

 けど、どんなにママが嫋やかに眉を八の字にしても、今の私は断固してアメリア宅へ赴くという使命を果たさなければいけません。

「私もアメリアのこと好きよ。けど、アメリアにオリーを取られちゃうようで寂しいな。この間、アメリア宅に預けたこと後悔しちゃう」

 ママは精霊燈夜のことを言っているのでしょう。スフェン村では年一度に三日かけて行われる祭事があります。

 世界に散っている精霊が、亡くなったあともこの世を彷徨っている魂を導き、村外れの高原へ集め、あるべき場所に送りだすといった行事です。

 お彼岸の送り火に似ているかな…。

 彷徨っているということは浮遊霊とか地縛霊とかでしょう。各地の精霊による放浪する魂の救済とでもいえば良いでしょうか。

 この年の初日に、私もパパとママと連れだって参加しました。これがとても幻想的で、精霊が天の川のような集合体となって美しい光を放ち、紫紺の空へ昇天していくのです。この世界にインス◯とかあれば、映えること間違いありません。

 ただ、スフェン村は周囲から隔離された場所でして、観光客は来ないんですけど…。

 観光客なんて来たら、恋人達の聖地になりそう…。

 今まで、前世の記憶で情緒が不安定だった私ですが、最近は落ち着いてきました。二人とも私の様子をみて安心したのでしょう。

 たまには二人きりでイチャコラしたい両親は、二日目と三日目の夜に私をアメリア宅へ預けたのです。アメリアは迷うことなく快諾してくれました。

 仲睦まじきことは良いことですね。

「ママ、これからオリーと一緒にパパのところに行って、焼き菓子を食べようと用意しているのよ」

 ママはお菓子で私を釣ろうとしています。ママの作るスイーツは絶品なのです。

 パパは近くの畑へ葉物の冬野菜の種を撒きに行っているのですが、まだ、帰ってこない様子からご近所の畑も手伝っているのでしょう。

「ママとパパと一緒におやつも食べたいけど、読みかけの本があって、続きが気になるの」

 ここは目蓋を薄ら涙で濡らして、ママへ再度お願いしてみました。

 あぁ、この顔に生まれ変わってから、あざとくなったような気がする。

「うーーーん。オリーにそんな顔されるとママ困っちゃう」

 ママのお菓子よりもアメリアの本の方が大事かしら?と続けたかったのでしょうが、どうにか言葉を飲みこんで、ママは私の目の前で人差し指を立てました。白くて形の良い指先です。

「仕方ないわね。連れてってあげる。でも、アメリアに断られたら諦めるのよ」


「もちろん、良いよ」

 アメリアは二つ返事で答えました。

「ノエルには世話になってるし、旦那にも感謝しきれないほど、畑仕事とか手伝ってもらってるしね。お安いご用さ」

「そうなの?」

「いつでも頼んでくれて良いんだよ。オリヴィアは全く手がかからないから楽だしね。これが、ブラッドなら大変なんだけど…。まぁ、あの子もお兄さんになったから昔ほどではないけどね」

 せっかく、アメリアから快く承諾を得たのに、ママの表情は複雑そうです。

「ザックったら女性に弱いのよね。あちらこちらでご婦人からお礼を言われるのよ。この前は助かったよとかね」

 ママは右手で私の手を握り、左腕にお菓子の入った籠をかけています。

「おやおや、他の女を妬んでいるのかい?あんたの旦那は性別関係なく、この村の老若男女に優しいじゃないか?まさか、私みたいな婆さんにも嫉妬するなんてね」

 目元に皺を寄せて豪快に笑うアメリアを横目に、小さなため息をもらすママです。

「オリーが行かないなら、パパがやさぐれちゃうわね」

 いえいえ、それはママでしょう。

 それに私がいないならいないで、パパとママは濃密な時間を楽しめるではないですか。まぁ、全く隠す様子もないですけど、知ってますよ。ラブ×2なのは…。

 いやぁ、何度も言っちゃいますが、仲睦まじきことは良いことですけどね。あまりにも周りの目に毒になるのはいかがなものかと思います。

 パパとママがおしどり夫婦なのは、スフェンの村人の周知の事実です。なので、道端で濃厚なキスをしてようが

「おうっ、今日も仲がいいね。またな」

皆お構いなく笑顔で挨拶をして、邪魔しないように颯爽と去っていきます。二人は唇を重ねたまま、手を振って応えます。私は二人に挟まれ、どちらかの腕に抱えられた状態で見守ってまして…。

 えぇー。この場をお借りして

「皆さま、いつもパパとママへお気遣いいただきありがとうございます。季節問わず、大変、暑苦しくて申し訳ありません」

とお礼とお詫びを申し上げたい。

 ただ、日本人だった私には刺激的な光景なんですけど、この村の人達は平然として通り過ぎていきます。

 ママはスフェン村で育ちましたが、パパは外部からやってきたよそ者です。パパがこの村を訪れたのは『銀髪の乙女』を拐ってくるという仕事を請け負ったからでした。

 パパはそんなこともあり、当時、エドワードに徹底的に打ちのめされたらしいのですが…。

 そんなパパと恋仲になったママ…。

 今ではそのような黒歴史を感じさせないほど、村に溶けこんでいるパパなのです。

「うーん、離れ難いけど…」

 ママが膝を折ってギュッと私に抱きつきます。

「アメリア、オリヴィアを宜しくね」

 私の額にそっと唇を押しつけて、離れていく哀しげなママの顔。今生の別れではありませんよ、ママ。夕ご飯どきには迎えにきてね。

 ママは籠から包みを取りだして、アメリアへ手渡しました。

「いい匂いだね。ノエルの作るお菓子は美味しいから楽しみだよ。ねっ、オリヴィア?」

「ママのおやつ、だーいすき。すごぉーく、美味しいの」

 アメリアと顔を見合わせて、お互い満面の笑みを湛えました。ママはまだ私に未練があるようでしたが、キュッと唇を噛むと背中を向けて歩きだしました。

 背中が寂しそう…。ママ、ごめんね。

「やれやれ、ノエルは子離れできるのかね。祭りの夜にオリヴィアを預かったときには、いい傾向と思ったんだがな。愛情があることは良いことだけど、子供はいつか自立するもんだよ。まぁ、まだ早いか」

 アメリアは独り言のように言葉をこぼして、腰に手をあてて苦笑いをしています。

 過保護になったのは私の夜泣きのせいよね。

「さて、オリヴィア。今日来たのはこの前の続きかい?」

 茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってアメリアは私へ問いかけました。私は首を大きく縦に振ります。

「うんっ‼︎」

 アメリアは銀色の髪をかきあげて、曰くありげに目を細めました。

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