はいはい!魔族講義始まりますよ。解説はユニペグのエドワードさんです。
「たった一人の魔族の暴虐によって、全てを奪われたオリヴィアを迎えにきたのは神獣のユニペグであった。彼がこの地に辿りついたときには、見渡す限り遠くまで焼跡となった荒野が広がるほか、オリヴィアを除いて、何も存在しなかった。
自然豊かだったあの美しい光景はもう二度と見ることはない。
残された少女は地面に倒れ、そこだけが光に包まれ明るく輝いていた。彼女は宿った魔力を全てを出し尽くして魔族を制したようだが、村を護ることはできなかったようだった。
(中略)
何故、このような事態になったのか…。
魔力が枯渇してしまい、深い眠りに落ちているオリヴィア。彼女が眠りから目を覚ましたとき、当時の記憶は混乱していて覚えておらず、誰も知ることはなかった」
※「貴方を奇跡の光で包んじゃうぞ。聖女奮闘記」より抜粋
オリヴィア(若葉)はうろ覚え
待て待て待て待て…。
具体的に何があったか、説明してくれぇ。作者‼︎
頭の奥の引きだしを懸命に探しましたが、逆さまにして埃までも叩き出しても…。多分…。いや、絶対…。経緯を有耶無耶にしている。
両親の死が本編との話へ絡んでないにしても、適当過ぎるのではないですか!
私は今後の対策のため、前世で読んだ書籍の記憶を整理していましたが、ヒロインの生い立ちを端折りすぎでしょう。
ゲームは分かりますよ。学園生活から始まるんだし…。
乙ゲーなんてものは、攻略対象を如何に落とすか駆け引きの方が重要なんでしょうね。
ですけど、小説では少し突っ込んだところのヒロインの過去の描写があっても良さそうではないですか…。
肝心の災厄の理由が魔族の一人による暴走ってのは覚えているのですが、パパはこんなに強いのにそれでも止められないってどういうことなのでしょうか。私の魔法の力で魔族を制御したって、あり得ないのです。パパは魔法が使えないにしても、私の実力よりが上回っています。
剣技はもちろん、パパは途方もないほど光精霊からの加護を受けてます。ただ、精霊と会話することはできないので、精霊へ願いを乞うことができません。
ですが、光の精霊はパパを愛しているので、パパが怪我をすると勝手に治癒を施してしまいます。
パパはママとユニペグに出会うまでは加護を授かっていたことを知らなかったそうです。何度か死ぬ目にあいましたが、人よりも傷の治りが早いらしく、そのおかげで生きながらえることができたとか…。
ママやエドワードから何度か光魔法を教えてもらう機会はありましたが
「今までもこれで生きてこれたんだ。今さら魔法を使おうなどと思わない」
と、言い放つパパです。
いやいや、パパ…。そこは折れて…。
何なら世界の人類最強目指しましょうよ。
パパならできる。私は確信します。
他にも疑問に思うことがあります。
エドワードはどうして窮地に駆けつけてくれなかったのでしょう。
災いが起こったあとにやって来るなんて…。
エドワードはパパよりもずっと屈強な神獣です。エドワードの力があれば厄災が免れるかもしれません。
その日はエドワードも一緒に、食卓を囲んでママの手料理を味わっていました。
私はパパの膝へ着座しています。隣に座っているママは私の口元の汚れが気になったらしく、ハンカチで優しく拭ってくれました。
対面でエドワードが喉を鳴らしながら葡萄酒を飲んでいます。
「じいじ。私、毎年、じいじにもお誕生日お祝いしてほしいの」
私は思い切って、願いを要求してみました。エドワードは困った表情で答えます。
「毎年は無理だな。ノエルの出産にも立ち会えなかったからな。急いで駆けつけたのにオリヴィアが生まれたあとだったし…」
グラスをテーブルに戻して両肘をつき、ため息をこぼします。
「ノエルが出産するのをこの目で見守って、何なら私がオリヴィアが取りあげたかった」
私は話の内容を分からないふりをして、キャッキャッと手を叩き笑いました。
わぁ…。じいじって…。
呆れた顔でパパが一言物申します。
「それは産婆の仕事。ノエルの夫はオレだぞ。オリヴィアの父親もオレだ。出産に立ち会うのはオレの役目。そこまでいくと、あれだ!あれっ!…セクハラ!」
パパの言葉にエドワードが睨みつけて反論します。
「馬鹿言え、私はノエルのオムツだって取り替えてたんだ。何を今更…」
ママは嫌そうに眉根を寄せて、エドワードの話を遮ります。
「やめて、その話」
私はママを見上げました。美人はどんな面差しでも艶かしいんですね。ママは私の視線に気づいて何事もなかったかのように微笑みました。
「ノエル、悪かった」
ママに弱いエドワードです。
食事も食べ終えていたので、パパとママは揃って食器を片付けます。パパは私を抱きあげるとエドワードの膝へ移動させました。
エドワードは顔と顔を見合わせるように私の体向きを変えます。
私は再度、エドワードへ訴えます。
「怖い夢をみて、誕生日に真っ黒な髪の赤い瞳の人が村を襲うの。だから、じいじが一緒にいてくれたら、心配しなくてもいいの」
私はまだ魔族に出会ったことがありません。なので、魔族とは言わずに外見で伝えました。この世界では黒髪の赤目は魔族の特徴的容姿です。懐疑的な面持ちでエドワードが尋ねました。何か思うところがあるようです。
「魔族かな…。魔族はそれほど恐ろしいものではないのだがな」
小説やゲームでは人類と敵対をして、恐ろしく醜悪な種族だと描かれてましたが、エドワードの認識は違うようです。
「ただの夢話ではないのか?」
私は前世の記憶があることを誰にも知らせていません。
私が生まれたこの世界は、前世で読んだ本やゲームの小説で、物語りでパパとママが死んでしまうと言葉にすることに怯えていました。
言霊が宿りそうで…。
「違うと思う…。けど、けど、本当に怖いの」
エドワードにしてみれば駄々をこねた子供の戯言です。ですが、エドワードは嫌がることもなく柔和な笑みをこぼして頷くと、また私へ問います。
「いつの誕生日か?分かるか?」
私は首を横に振って、泣きそうな顔になりながらもながら伝えます。
「分からないの。ブラッドぐらいかな…。分からないけど、多分それぐらい…」
ブラッドは村の子供です。私はこの年、4歳になったのですが、スフェン村は人口も少なく歳が一番近いブラッドは9歳でした。
小説の一言一句を覚えているわけではありません。厄災が起きたときオリヴィアが何歳だったかなんて、自分の興味がないところは曖昧です。その頃の私は、何気ない文章の一説に、その世界で営みする人々のことまで思いもしませんでした。
生前、私はたくさんの本を読みあさっていましたので、スフェン村が登場するこの小説もそのうちの一つでしかなかったのですが…。
もっとちゃんと読んでおけば良かった。
言葉に出来ないもどかしさから涙が溢れてきました。エドワードは指先でそっと涙を拭ってくれます。
「これほど精霊に愛されているお前ならば、予知夢を見ることがあるかもしれないな」
エドワードは蒼い眼差しに不穏な光を秘めて、そっと唇に人差し指を立てて静かに私へ話しだしました。
「内緒だから誰にも言うな。両親にもだ」
私はコクコクと肯定します。子供相手に秘事なんて本来ならあり得ません。言いふらすに決まってますが、エドワードは全く心配なんてしていない様子です。こんな幼子の私ですが、信頼されているのでしょうか。
「四年に一度、ユニペグは歴史の編纂を行う」
昔話を聞かせるように口を開くエドワード。
「人間が残した歴史書はその時代に主導を握った人間にとって都合の良いことしか記さない。つまり、事実とは異なるのだよ。人よりも寿命が長いユニペグは主観ではなく客観的に世界の歴史を書に刻むのだ」
エドワードはユニペグの秘密事項を話しているにも関わらず、私は不謹慎にも目を輝かせて願望を口に出してました。
「その本読んでみたい」
笑いながらも肩をすくめて否定するエドワードです。
「残念だがそれは許されん。そうだな。例えば…」
エドワードが一息つくと語り始めます。
「スフェン村の住人のように、かつて聖霊に愛されている人間が沢山いた。地・水・風・火の四大精霊に加えて、光、闇の精霊のそれぞれの加護を受けていたものたちがな。その中で闇の加護を持つものは瘴気を中和することできた。そこでだ。闇の精霊の加護を持つものは瘴気が発生する未開の地を開拓することになったのだが、瘴気を中和することで副産物とでもいうのだろうか、魔力量が増えるのだ。中和を繰り返すことで魔力の蓄えが増えた闇精霊の加護を持つものたちは魔法にたけ、通常の人よりも寿命が延びた。それが今日の魔族といわれる種族だ」
この話は魔族の成り立ちのようです。
「これは人世界の歴史書にも書いてある」
エドワードは私を抱きあげ、自分の目の高さと私の視線を合わせました。
「人側の古事では力を増幅させた魔族達が人々を征服しようと戦争を仕掛け、それに、光の精霊を従えた人間達が他の属性の精霊の加護を待つ者達を率いて対抗して打ち勝った。そして、二度と攻めこまれないように彼の地に封じた。それが魔界である。これは魔族側の伝承とは異なる…」
「違うの?」
「そうだ。魔族側の説話は、人よりも生き永らえる魔族達に、いつかしか、その力で抑え込まれるのではないかと人間達は危惧し、あの地に魔族を封じようと画策した。その目論見が成功して魔界へ追いやられたとある。二千年程前の話なのだから、どちらが真実かなぞ誰も知らんだろう。魔族といえども二千年も生きた者はおらん。ユニペグの歴史書から読み解くと魔族側の言い分が正しい」
人間って…。
どこの世界でも同じようなものなのね。
私も間違いなく人間ではありますが…。
それにしても、ユニペグの編纂した史書を読み耽りたい…。
衝動を抑えきれず、顔に表れていたのでしょう。もちもちした私の頬をエドワードに軽く摘むと諭しました。痛くはありません。
「ユニペグの歴史書は外に持ちだしてはならない。つまり、人間の目に触れることは許されない。オリヴィアにも適用する」
いつになく真面目な顔をして、エドワードは続けます。
「人の目に触れれば争いの火種になる。時に事実とは人目から隠さねばならぬときもあるのだ。諦めてくれ」
そして、エドワードは私の頭を撫でながら、この世の全ての人を虜にしそうな微笑みで言いました。
「本来、編纂はお前の誕生日まで一週間行うのだが、出来るだけ早めに戻ってこよう。他ならぬオリヴィアの頼みだからな」
尊い…。
言動がアレだけど、エドワードって本当にグットルッキングな男よね。
見目麗しい人たちに慣れてきた私でも、破壊力抜群なエドワードの笑顔なのでした。