何者ですか?パパ…。
私が異世界へ転生してから、何度目かの収穫の季節が巡ってきました。
天高く馬肥ゆる秋です。澄み渡って晴れ晴れとした青空が広がっています。穂の頭が垂れて風に揺られ黄金色に靡いています。
毎日の習慣で、私はパパに肩車をされて村を周回していました。パパは農作物を育てる傍ら、スフェン村自警団の団長を務めており、日課で見回りもしているのです。
「アメリア…。この間、腰を痛めたばかりだろう?オレが刈ってやるから、休んでな」
近所の村人が稲刈りに精を出しているのを見かけて、気さくに声をかけるパパです。
「大丈夫だよ。ノエルに治癒魔法をかけてもらって調子がいいんだ。じっとしていたら体が鈍るだろ」
アメリアは腰も真っ直ぐで溌剌としていて、老人とは呼べない見目ですが、大層な年齢を重ねています。スフェン村の昔からの住人は、ほとんど銀髪へ四大精霊いずれかの色彩が混ざっていますが、アメリアは珍しく銀一色の人でした。
数日前に年甲斐もなく重たいものを運んだとかでギックリ腰になりましたが、ママが魔法で治療をしたので、随分と具合が良くなっているみたいです。
「まぁ、そういうなって…。自分とこを刈り終えて、手持ち無沙汰なんだよ」
私の小さな手を片方ずつ自分の手で覆うように握っているパパへ、アメリアは鎌を持った手を止め言います。
「働きすぎだよ、アイザック。隣の爺さんとこも刈ったんだろう?」
私はパパの顔の横で足をパタパタと動かしました。
「朝メシ前さ」
私はパパの顔を覗きこむように頭を前に傾げました。パパが私を優しく叱ります。
「オリー、前のめりになると転ぶぞ」
不意に、パパのこめかみがピクリっと反応して眉間へ皺が寄ります。
「あぁ、ゴメン」
パパって真剣な顔になると、一段と勇ましさが増して、更に男前になるよね。
普段はヘラヘラしているパパなのですが、射抜くような眼差しで天空を見上げています。空は雲ひとつない晴天なのですが…。
「アメリア、オリーを預かってくれ」
パパは私をアメリアへ託しました。私は素直にパパの肩から、年齢の割に豊かなアメリアの胸へと移動します。
「じじぃが来た」
パパの言葉にアメリアと私は空を仰ぎます。じっと見つめていると、そのうち小さな米粒ほどの白い点が現れました。どんどん大きくなってきます。
「またかい?あのお方もよくも飽きもせず…」
アメリアは魔法陣を一瞬で描きました。魔法結界です。私へ危害が及ばないように気を利かせてくれたのです。
頭に生えた角で威嚇し、背中の翼を羽ばたかせ嘶きながら、純白の馬が舞い降りてきました。
正しく肥ゆる馬ですね…。
怒涛の如く、パパへ攻めよってきます。
パパは瞬時に前傾姿勢をとり、両手で角と鬣の境目を押さえつけましたが、白馬の勢いには勝てません。踏ん張っていた足が、土埃を立てながら後退します。
「誰がじじぃだ‼︎」
土煙の中から白馬が消えて、人が姿を現しました。一角獣ユニコーンと天馬ペガサスの特徴を両方備えもつ神獣ユニペグが人へと変化したのです。
パパと対峙しているユニペグ。名前をエドワードと言います。
昔、パパとはママを取り合った仲だとか…。
パパは両手の短剣を交差させ、エドワードのサーベルを辛うじて防いでいる状態です。パパの腕は微動に震えて血管の筋が浮かびあがっています。
パパは短剣を両足の脇へ帯刀しているのですが、エドワードの予測できない来襲への対抗のため、いつも備えているのでしょうか…。
「あんなに離れていたのに、地獄耳だな‼︎お前だよ‼︎じじぃ‼︎」
パパはユニペグへ怒りを露わにしました。
「私のこの神々しい姿を‼︎じじぃなどと‼︎よくぬかせるな‼︎」
絹糸のように艶めく金色の髪、神秘的で心が洗われるような鮮やかな青い眼光。白磁のような肌に口許へ優しく笑みを浮かべれば、確かに祈りたくなるような気持ちになりそう…。
「お前、幾つだよ⁉︎」
パパの罵声が飛びました。エドワードは余裕のある素振りで答えます。
「うーん、五百歳は優に超えたかな…」
「じじぃじゃぁねーか⁉︎」
一度、パパは大きく後ろへ退き、再び短剣を構えて、エドワードの懐へ飛びこみました。それからの太刀筋はスピードが早すぎて、私には全く見えませんが、激しくぶつかり合う金属音が響き、あらゆる場所で火花が飛び散っています。
続くこと。15分程…。
「そろそろ、終わるころか?オリー、退屈じゃないかい?」
アメリアは時おり私をあやして、いつもの光景を欠伸しながら眺めて待っていました。
音が鳴りやみ静寂が訪れます。
土埃が収まると、再度、二人の姿を確認することができました。膝を屈したパパへサーベルの切先を突きつけエドワードは見下ろしています。
パパは汗だくで息があがっていて、顎から滴る雫を手の甲で拭っています。エドワードは涼しげな面持ちで私に歩み寄ってきました。
「オリヴィア、元気だったか?将来の夫が来てやったぞ」
アメリアは魔法陣を解きます。解かなくてもエドワードは平気で陣内に入れるでしょうけど…。
「ふざけるな‼︎誰が夫だ‼︎おいっこらっ‼︎」
いつも思うけど、エドワードってロリコンなのかな?
本気で言っているようだから、怖いんだけど…。ママにとって育ての親らしいから、私にとってはお爺ちゃんのような存在なんだけどなぁ。
こんなときに適した返答は…。
「私、パパのお嫁さんになるから、無理」
男親って、この台詞に弱いのよね。
前世の父さんも、私が子供の頃、この言葉に浮かれていたっけ…。
容姿が残念だった若葉でも、父は頬を緩めて喜んでくれました。
例外なく、パパも気持ち悪いほど、目尻を下げています。美丈夫が崩れてますよ、パパ…。
「オレの可愛いオリーに無駄に触るな‼︎」
私の頬へ指先を伸ばすエドワードに、容赦なくパパの平手が飛びます。闘いには勝ったけど、私の言葉に敗北を感じているようですね。
澄み切った蒼い瞳が涙で滲んでいるエドワード。やはり、神獣の人への変幻だけあって麗しい。
ちょと可哀想になってきた…。
少しぐらい撫でていただいても構わないんですけどね。お爺ちゃんだし…。
「アメリア、悪かったな。オリーを抱っこさせて、最近、また大きくなったから」
「何のこれしき‼︎オリヴィアはまだまだ軽いわ。もっと大きくなんなさい。ばばぁはまだまだ抱っこできるからな」
アメリアが満面の笑みを私に向けます。私は嬉しくなって笑い返しました。アメリアは私の表情に納得すると、パパへ私を受け渡しました。
パパは汗でシャツがグッショリ濡れているので、パパの胸へ体を預けるのを躊躇ったのですが、こっそり精霊にお願いして乾かしてもらいました。
ところで、ユニペグの突進を素手で受け止めるなんて、いつも不思議に思うんですけど、何者ですか?パパ…。
前世で読んだ小説ではパパもママも合わせて一頁も満たない紹介でしたし、ゲームでは学園の入学から始まったので既に死亡が確立したおり、入学するまでの経緯の中で少し説明があったぐらいなので、詳しい設定がありませんでした。
実際は
「小説よりも奇なり」
とでも言うのでしょうか。パパは凄い人だと思います。
パパの腕はリーチが長いので、大事に至りませんでしたが、エドワードはいつも容赦なく角で、パパの喉を狙って突撃してきます。
パパが強いのか、はたまた、この世界の人間の標準が高いのか、私には測りかねますが、パパの身体能力は半端ありません。自慢のパパです。
「パパを虐めるじいじは嫌い」
私はエドワードに拗ねた素振りでそっぽを向きました。しかし、万民に愛されるこの外見。どんなに頬を膨らませても、誰の目にも可愛く映るのでしょう。
素直に謝罪をしてくるエドワードです。
「じいじが悪かった。けど、挨拶のようなものだからな」
「いつも、殺すつもりで襲ってくるだろうが…」
「ザック…。あれぐらいで死んでは、ノエルや私の大事な大事な未来の妻を守れんだろう。稽古だ。この私が勿体なくも直々稽古をつけてやっているんだ。感謝ぐらいしろ」
憐れみの視線をパパへ送るアメリア。
この闘いはエドワードが村を来訪する際、何度も目撃されている慣習なのです。村人たちは生暖かい目でいつも見守っています。
エドワードも村人を巻きこむような無慈悲なことはしません。所構いなしに行っているようにも見えますが、一度も怪我人はでてませんので…。
「じじぃは幼児趣味があるのか?」
パパが私を隠すように抱き寄せます。
「未来の妻だと言っているだろう。大人になるまで気長に待つさ。私にとって十数年程度なんて然程の問題にもならん。ノエルのときにはどこぞの若造に横からかっ攫われたけどな」
「愛しちまったんだから仕方ないだろ?」
パパ、堂々と略奪愛宣言。
「果たして、それはお前の意思かな?」
「あぁ?当たり前だろ」
エドワードの言葉の意図を汲みとったようでしたが、怪訝な顔つきでパパが否定しました。
「何が言いたい?エド…。お前、いい加減にしろよ?」
罰が悪そうに私を抱える腕とは逆の手でパパは髪をかき乱しながら、話題の方向を変えます。
「まぁ、オリーを抱っこするぐらいは許してやる」
神獣であるエドワードに対して、上から目線のパパです。
パパはエドワードの前では言葉が少し荒くなりますが、こちらの方が素なのでしょうか。
恋のライバルというよりは、古くから馴染みある悪友のような二人なのです。
私が異世界に転生して、最初に落胆したのは私の身の回りに本があまりなかったことです。前世では本の虫だったのですから…。
この世界が読んでいた書籍の物語と知った後は、最悪の事態を避けるため、異世界の知識を得るために、必要不可欠と本を両親へねだりました。
赤ちゃん言葉で本を所望した結果、パパが購入してくるのは絵本ばかりでしたけどね。
しかし、対策も立てずに過ごす日々は、これからやってくる厄災を思うと、不安でいっぱいになり胸が痛みました。
その不安を払拭させてくれたのは、守護してくれた精霊やこの世界。そして何より両親の愛情です。
いつも涙で泣き腫らしている私を、精霊は柔らかな光で包んでくれ、常に励ましてくれました。私の精霊はママから引き継いだそうです。とはいえ、精霊は好き嫌いがはっきりしているので、相性が合わなければ去っていくそうなのですが、彼らは生まれてからずっと側にいてくれました。
「パパとママが死んじゃう」
片言でしたが、この発言以来、夜泣きが絶えなかった私です。パパとママは眠りにつくまで交代で抱っこをしてくれましたし、パパは私の気持ちが安らぐよう、村の見回りがてら、毎日のように一緒に散歩へ連れだしてくれました。
前世では見たことのない美しい花々。不思議な生き物たち。穏やかで親切なスフェン村の人々。本では語られなかった未知に溢れるこの世界が私を慰めてくれたのです。
「パパ…」
「何だ?オリー?」
パパの耳へ両手を寄せ、両手の中へそっと息を吹きこむように小さく私は呟きました。
「大好きだよ」
「奇遇だな。オレもだ」
パパは微笑んで私のホッペに軽く口づけをしました。ヘラヘラのパパも実はイケメンなので、その笑顔が眩しいです。
パパって、笑うとできる目尻の皺も、渋くて色気があるんだよね。
「じいじは?」
エドワードが儚げな視線で訴えてきましたが、放置する私…。
容姿につられて小悪魔な性格になりそうです。