第五十一話「接吻って……こんなにもいいもの」
こんなところでナイフで刺されて死亡。
こんなあっけない死に方、あるわけが無い。
あってたまるか。
俺は自分にナイフが刺さっていないことを改めて確認した。
でも、ポタポタと血は出た。
左手でナイフの刃を反射的に直に持ち、体へのダメージを避けれた。
ある程度の握力がないと止められないナイフの突き攻撃。
咄嗟だったため俺は対処が間違ったとは思っていない。
けどまあ、かなり痛い。
ナイフの刃は俺の左手掌を切り裂いた。
お互いに力が入る。
普段の俺ならこんなヘマはしなかったと思う。
自身が住んでいた家ということもあり、こんなところに生き残りの兵がいるわけないと頭の片隅で強く根付いていたのだと思う。
そんな咄嗟の考えのない判断が、のちのち厄介になり、俺への害となるため、改める必要がある。
受け止めたナイフ。
相手の懐がガラ空きな為、そこへ攻撃を打ち込むことも可能だった。
ただナイフから伝わる弱々しさ、瞬時に男でも兵士でもないと感じ取れた。
火の玉がお互いの顔を把握できるまで近づき、俺たちは顔を合わした。
そして、お互いの正体を確認した。
ナイフの持ち主は涙を浮かべていた。
恐らくものすごく怖かったのであろう。
怯えていたのであろう。
暗闇の中、突然現れた光と訪問者に対し、判断しようなく恐怖のあまり咄嗟にとった行動。
ナイフから伝わる震えと殺意がそれを物語っていた。
一辺倒的な攻撃で、俺の命を絶つということまでは考えていなかったのかもしれない。
でも、こんな一大事の村の状況に、対抗するにはこれしかないと、ナイフの所持者は精一杯の一撃であったと感じた。
俺にナイフを突きつけ、左手にダメージを与えたのはエバであった。
エバは火の玉で俺の顔を確認すると驚きを見せていた。
俺も少し驚いた。
髪の毛が乱れて身体中が汚れていた。
そしてすぐさま、ナイフのグリップから力を解き、ナイフを俺に預けた。
ナイフから伝わった俺の血液がエバの両手に付着。
両手は関わらず震えが止まらず、両手と俺の顔を交互に一瞥。
「アッ……アーサー様……」
「……わ、わたし、なんてことを……」
ひとりでに喋るエバ。
声も震えている。
血液の付着した両手で口を塞ぎ、唖然。
相当怖かったのであろう。
まさかエバがいるとは俺も想像していなかった。
俺が髪の毛を切ってしまったことに、気づかなかったということも想定した。
あるいは敵と思ったのであろう。
正確に確認することなくナイフを突きつけたところを見ると、指し違い覚悟の対応。
俺は左手のナイフを地面に落とした。
「エバさん……」
エバは冷静さを失っている。
付着した血液に同様?
敵ではなかったからの安心で震え?
いや、表情から見て俺に対して攻撃し、ダメージを与えたことに、自分の愚かさを悔やんで自傷しているのだろう。
「アーサー……さま…」
「ごめんなさい……」
「わたし……わたし…」
「なんてことを……」
この後に続く言葉が冷静に予想出来た。
自分の過ちを悔やむであろう。
俺はその言葉を発しようとする前に、エバを両手で抱きしめた。
これが一番の治癒効果だと考えたからだ。
別に大したことない傷だ。
痛いが死んでいった村人ほどではない。
逆に俺がいながらこんな事になってしまったこと、初期の段階で諦めかけていたことを俺は申し訳なく感じている。
俺の心からの抱擁に、エバは困惑していた。
こんなこと今まで無かったからだからか。
三十秒程。
エバの心が落ち着くまでの間、抱きしめた。
しばらくすると、口を塞いでいたエバが両手を解いた。
頬には俺の血液が模様の様に着いていた。
怖くて、どうしたらいいのか分からなくて
頼る人もいなくて、その中で訪れた訪問者に咄嗟だったのであろう。
エバは俺の服をグッと強く掴んだ。
俺は何も言わずにエバに笑顔を送った。
左手の痛さはヅキヅキとする痛さ。
気を使わせないように傷口は見せずに。
「すみません。今戻りました」
俺の笑顔と優しい言葉の結果であろう。
エバは目をうるうるさせて、俺の胸に顔をつけて声を荒らげて泣いた。
俺の心情を感じ取ったように泣いた。
ずっと一緒にいたのに、こうやってエバを抱きしめたのは初めてだ。
頭をぽんと撫でて。
「今は時間が無いから詳しく説明するのはまた後で。簡単に言うと、エレスティン王国の兵が攻めてきました。村のみんなはどこへ行ったか分かりますか?」
エバは垂れている鼻水をズズズっとすすると、話した。
話を理解すると、
「亡くなった人たちもたくさんいます」
「でも、逃げた人達は……無幻樹まで後退するって話してました……」
「そうですか」
予想通り。
「エバさんはなぜ逃げなかった?」
「いきなり戦いが始まってみんなよく分からなくて……」
「でも、戦争が始まったって思って……」
「だって、だって……この家は私の……私たちの宝物だから。アーサー様との想い出の場所だから……」
再び、涙をしながら言った。
考えることは俺と一緒のようだった。
「でも、ちゃんと守ることが出来なかった」
「そんなことないさ。エバさんが守ったおかげで他の家が全壊しているのにこの家は半壊で済んだ」
「守ってくれてありがとう」
エバは無言のまま顔を横へ振った。
そんなことないと。
「私もこの家は想い出でした。エバさんと過ごした日々の想い出。それがここにはものすごく詰まっています。だから、ありがとう」
エバは俺の見つめている。
「私たちの想い出を壊したやつに私は酷く怒っています。これからやることはもちろん、村の人たちを全員救います。そして、この村を襲った兵士を……」
エバの前では汚い言葉を言いかけるところであった。
「私は皆がいる無幻樹へ向かいます。エバさんは鍛冶場を目指してください。あそこならまだ安全です」
エバの表情から私も連れて行ってと懇願しているように見えた。
けど、そんなことは出来ない。
「あとは俺一人に任せてください」
その言葉にエバは何も言わなかった。
「……分かりました」
その言葉一つだった。
壊れかけの家からとりあえず出て、念の為もう一度言った。
「はずれの鍛冶場を目指してください」
もう、エバの涙はおさまって、表情に弱々しさは無かった。
俺は右手をエバに向けて
「それじゃあまた……」
エバの表情は寂しそうだった。
その気持ちはわからんでもない。
数日会えなかったこともそうだ。
俺も会えて、生きていてくれて本当に嬉しい。
でも、今は急ぎたい。
終わってからちゃんと話そう。
そんな考えをしていると、突然エバは駆け寄ってきた。
数日間会えなかっただけなのに、こんなにも顔を赤くして、お胸を揺らしながら駆け寄ってきて、俺はエバを受け止めた。
もしかして、またナイフで刺されるのではないかと、一瞬思ったが、それは違った。
エバとの身長差がある中、エバは俺の後頭部を両手で持ち、俺の顔を引き寄せて、唇を交わしてきた。
接吻というものだ。
人生で初めての接吻はモナではなくエバにあげた。




