第十一稿その3
忘却の間――
だだっ広い正方形の明かりのない部屋。
1歩歩くごとに歩いた周辺に明かりが灯り、代わりに記憶を失う。
「よくぞ来た勇者諸君。だが無事我の元にたどり着くことができるかな?」
フフフとか笑ってるけど、魔王ほんと何もしないんだよね。
一応、勇者の記憶を奪って支配するのが目的だから攻撃もしてこない。って勝手に設定付けてたけどさ、やっぱこうやって実際に体験してみると滅茶苦茶違和感!
目の前に倒すべき勇者がいるのに、一切攻撃してこない。
部屋を攻略されそうになっても攻撃してこない。
我が作品ながらさすがに、ないわー。
「さてと…いきますか。」
はっ!自分の作品を批判している間にナポリタンが最初の一歩を踏み出そうとしている。
「ちょちょちょ!ちょっと待って!」
慌てて止めてしまった。
「まだ…心の準備が…」
ヘタと。地面に座り込んでしまった。
心臓がバクバク言ってる。
私の人生の中でこんなに心臓が動いていたことあったかな?
こんなに緊張したことあった?
こんなに誰かを失いたくないって思ったことあった?
「そうだ忘れてたアヤメ。アヤメが作った物語だとどうやって魔王を倒すの?」
こっちまで戻ってきてくれて、笑顔でナポリタンが訊いてくる。
差し出された手を取りながら私も笑顔で答える。
「ナポリタン、カラアゲさんの順番で記憶が失われて倒れちゃうんだけど、カラアゲさんが倒れた場所はもう魔王の目の前で、カラアゲさんの影から勇者が飛び出して剣で切り付けて魔王を倒すの。倒したと同時に勇者は元の世界に戻れるんだ。」
そう言って気づいた。
もしもこの世界が私が描いた通りの世界ならば…
カラアゲさんともナポリタンともきちんと話せるのはこれが最期だ…
「その後オレとカラアゲさんってどうなんの?」
「…考えてもみなかった。その後の話しなんて。だって勇者が魔王を倒して最初の目標だった元の世界に帰れたら、それで普通物語はおしまいだから。…ごめん…」
「そっかぁー。じゃあこれでアヤメと話すのは最後なんだな…オレは生きてるかどうかもわかんねーし、生きてても記憶を失ってるかもしれないのか…」
「ごめん…」
謝ることしかできない自分が情けない。
「何で謝るんだよ。アヤメさ、さっき何でこんな設定にしちゃったんだろ。みたいなこと言ってたじゃん?」
あ、あれ聞こえてたんだ。
「うん。」
「記憶を奪う設定にしてなかったら、オレ達こんなに真剣に話してなかったんじゃねーか?アヤメがオレ達を必死に気にかけてくれたのも、その設定のおかげなんだろ?ありがとな?記憶を奪う設定にしてくれてよ。」
にこりと笑ってナポリタンは一歩足を踏み出した。
足が床に着く直前に最後の一言を言ってきた。
「それと――」
え――…
「ナ」
声をかけようとすると、後ろからカラアゲさんが私の肩に手を置いた。
首を振っている。
声をかけるなってことか…
私が作った設定では、床を一歩進むごとに失われる記憶が頭いっぱいに広がる。
その瞬間、なぜかその記憶が消えるんだと理解する。
そしてその記憶ぽっかりとなくなる。
少しずつ、歩を進めるにつれて心がからっぽになっていく。
ナポリタンの最期の言葉…
私が作った設定には無かったけれど…それも失われちゃうのかな?
無言でカラアゲさんがナポリタンの後を追う。
ナポリタンも無言なので自然と私も無言になった。
1本の白っぽい光が、真っ暗闇の中を入口から部屋の真ん中くらいまで、まるで橋が掛かっているかのように一筋通っていた。
「ここまでか…」
唐突にカラアゲさんが口を開いた。
ナポリタンの心が折れたんだ。
「ここから先は俺が先行する。いいな?」
相変わらずカラアゲさんは有無を言わさない言い方だ。
「さっきアヤメは自分のことを最低だとこぼしていたな。」
え?な、なんだよカラアゲさんまで突然にー。
「え?いやー。ははは。」
「俺が思うに。アヤメは最低なんかじゃないと思うぞ。」
笑って誤魔化す私に真面目に言うカラアゲさん。
相変わらずだね。
でもね、
「だって私はずっとずっと…自分のことばかり考えてた…どうやったら元の世界に戻れるのか。どうやったら次回作は売れるのか。魔王やドラゴンと戦っている時だってそう。だって自分が作った世界だもん。先の展開も知ってるし自分がやられないことも知ってる。だから」
「いいんだよ。」
私の言葉を遮ってカラアゲさんが優しく言う。
え?
思わずカラアゲさんの顔をまじまじと見た。
驚いた。カラアゲさんが優しく微笑んでる。
なんて言うんだろう。父親のような眼差し。
「人間は誰しも自分のことを考える生き物だ。当たり前なんだよ。それなのにアヤメは自分のことしか考えていなかったことに罪悪感を抱いていた。な?最低なんかじゃないだろ?アヤメが元の世界に帰ろうとすることは当然だ。ならば元の世界に帰る方法を考えるのも当たり前だし、元の世界での生活のことを考えるのも自然だろう。」
ここでカラアゲさんは一息ついた。
「俺はな。アヤメに感謝してるんだ。」
「感謝?ですか?」
「あぁ。この世界がアヤメが生み出した世界だと言うのなら、こんなにも面白くて楽しい世界を作り出してくれたことに感謝だ。前にも冒険をしたことがあると話したな?だがこんなに長い期間、遠くまで冒険をしたことはなかった。まるで若かった頃に戻った気分だ。本当にありがとう。」
そう言って頭を下げてきた。
若かった頃って、そう言えばカラアゲさんって何歳なんだろ?年齢とか考えてなかったからなー。
見た目からすると35くらい?ナポリタンは23とかかな。
「そうだ。最後に出来れば頼みたいことがあるんだが。」
珍しい。カラアゲさんが私にお願いなんて。
「何ですか?可能な限りやりますよ。」
「うむ。さっき――」
部屋の入り口から生ぬるい風が吹いてきた。
耳元でゴーゴーとうるさい。
それでもカラアゲさんの最後の願いは聞こえた。
ちょっとばかし恥ずかしいけど悪くない。
「分かりました!約束します!」
にこっと笑顔で答える。
「よろしく頼む。では行くか。魔王を倒して元の世界へ還れよ?」
「もちろん!」
また無言の時間が続いた。
2つの足音だけが不気味に部屋に響く。
私が描いたまんまだけど、魔王の姿は見えなくて攻撃もしてこない。
とゆーか、私たちの会話を魔王は聞いてたのかな?どんな気持ちなんだろ?
…
長いような短いような時間が終わった。
カラアゲさんも心が折れた。
後ろを振り返れば、部屋の入り口からここまでに光の橋が1本掛かっているんだろうな。
でも振り返っている時間はない。
カラアゲさんが倒れる前にその影から飛び出して、魔王を切る!
「でやぁぁぁぁー!」
気合いと共に私の、いや私たち――カラアゲさんとナポリタンと私――の渾身の一撃を魔王にお見舞いする。
驚きなのか恐怖なのか、大きく両目を見開いた鬼のような角を生やし、全身青色でコウモリの羽のようなものを生やした魔王(私こんな設定にしたっけ?)は、声も出さずに倒された。
瞬間、光が私を包み込み辺り一面は全て真っ白になった。
あぁ。終わったんだ。
さようならカラアゲさん。
さようならナポリタン。
ばいばい。私が生み出した異世界――




