第五稿その3
いやぁー。いい湯だった。
本当にびっくりするくらいいい湯だった。
あ、カラアゲさんもしょんぼりしてる。ナポリタンもだ。
うん。2人の気持ち、分かるよ。
私だって同じ気持ちだ。
せっかくゆっくりしようとしてたのに。
町の偉い人に声をかけられて、さっさと魔王討伐へ向かえと怒られた。
私がどんな選択をしようと、私が描いたつまらないラノベの通りに物事は進むようだ。
せっかく人が少ない時間帯を狙って温泉に入ろうとしたのに。
「まぁ。うむ。なんだ。町長の言うことももっともだな。」
残念そうにカラアゲさんが言う。
「そうっすね。ここでは武器とか食糧の調達くらいしか出来なそうっすね。」
私達の行動を監視するかのように、町長たち役人は遠巻きに私たちを見ている。
「名目上は、他の市民が騒がないためでしょうけど、これじゃ監視と変りませんね。」
苦笑いしながら私が言うと、カラアゲさんが大げさにその通り!と頷いた。よっぽど残念だったんだろうね。
「こういう活気がある町の酒って旨いんだってさ。」
大げさすぎる反応に私がドギマギしているのを見て、ナポリタンが教えてくれた。
「味ではなくてな、雰囲気が旨いんだ。酒を飲まないアヤメには分からんだろうが。」
雰囲気かー。確かに居酒屋の雰囲気が好きって人は多いって聞くよねー。それと一緒かな?
なんて考えていると、町の市場にたどり着いた。
カラアゲさんが武具やアイテムを、ナポリタンが食糧の調達をしている間、私は町長の相手をすることになった。
「勇者様は噂ではこの世界の住人ではないと聞きましたが本当なのですか?」
唐突に町長が聞いてきた。まぁ隠すことでもないし、カラアゲさんもナポリタンも知ってることだしね(私が本当は女だというのは、何となく言えなかったけど)。
「えぇ。そうですね。理由はよく分かりませんけど、気がついたらこの世界に飛ばされて、いきなり勇者なんて言われて、ドラゴンと戦わされてそのまま魔王を倒すことが使命になってしまいました。」
まぁ私が描いた物語なんだけど。
「勇者様がいた世界には、どんなものがあるのですか?」
「どんなもの?うーん…少なくとも魔法もなければモンスターもいない。ドラゴンや魔王ももちろんいない世界ですねー。その代わりに科学が発展してる感じですかね。」
「かがくですか?」
「うーん。うまく説明できないんですけど、例えばこの世界では魔法で空が飛べるとするじゃないですか。でも私がいた世界には魔法がないわけですから、代わりの方法を使って空を飛ぶんです。」
「その方法がかがくと?」
「簡単に言えばそんな感じです。」
みんな目を輝かせていた。
あぁそうか。私たちを監視してたんじゃなくて、私と話がしたかったのか。
そりゃそうか。別の世界から来た。なんて言われたら、どんな世界なのか気になるものだよね。
そこで私は暇つぶしがてら、お世辞にも上手とは言えない絵を描いて、私達の世界を教えてみた。
車や飛行機、スマホにゲーム機、パソコンなど機械系を主に描いてみた。
「それからね。私が居た国ではラノベって呼ばれるものが流行ってるんです。流行ってるって言っても一部に人気ってだけだけど。ライトノベルって言って物語を言葉で表現するって言えばいいかな。」
「自分で物語を作るのですか?」
「そうそう!そういう職業があるんですよ。実は私もその端くれでして。」
最後はちょっと照れ臭そうに言った。
どんな物語を描いてるか聞かれたけど、この世界がまんま私が描いた物語だなんて言えないよね。
「あはははは。まぁ、色々です。売れてないので、きっと面白くないんでしょうね。」
「そんなことはありませんよ勇者様。ご自身が面白いと思えた物語ならば、必ず面白いと思ってくれる人がいるものですぞ。」
なんか、元気づけられた気がする。
「そうですね!さてと、カラアゲさんたちも戻ってきたことですし、そろそろ行きますね!」
元の世界に戻ったら、もう少しだけ真面目に執筆活動をしよう!
そう心に決めて私は、町長と他のみんなに笑顔でお礼を言った。
「また会えたら、話の続きをしましょー!」
手を振りながら町長にそう別れの挨拶をした。
なんだか、自分が作った世界で自分が作ったNPCキャラなのに、ああやって言われると愛着がわくもんだなー。
それが分かっただけでもこの世界に来て良かったのかもしれない。
カラアゲさんにもナポリタンにも、それなりの感情が沸くようになってきたしね!
「何の話をしてたんだ?」
ナポリタンが聞いてくる。
そういえば、この世界に来たばかりの頃は文句ばっか言ってあんまり感情を表に出さなかった気もする。
「内緒。」
にこりと笑いながら舌をちょろっと出す。
可愛い子がやれば、胸キュンになる仕草だ。
なんだそれ。とナポリタンが言いながら小突いてくる。
うん!私は今、久しぶりに感情を表に出している!何だか気持ちがいい!




