[第二話] 人形を追いかけろ2
机のうえのあいつは大胆にも、昨日治ったばかりの窓を豪快に破壊して侵入してきたようだ。
ああ…クレイさんに怒られちゃうよ…と心の中で落胆する私を横目に、
昨日勢いで完成間際まで作った服を持ち去ろうとしていやがる。
………許せん。
入口近くの棚にサンドイッチを音をたてないようにそっと置き、
部屋の入り口の近くに置いてある使い古した子ども用の杖を握り、じりじりと人形の方へ近づいていく。
「おらー! その人形返せーー!」
やつが私に背を向けた瞬間、そう叫びながらバットを振るように杖を大きく振りかぶって人形を殴った。
魔法? 至近距離なら殴ったほうが強いでしょ!
私の攻撃は綺麗に人形に命中し、そのまま人形は破壊された窓にとどめを差しながら外へ吹き飛んでいった。
あ、やべ。やっちまった。
豪快な音が二回もなるのはさすがに不審すぎるだろう。
私の予想通り、お隣のマリアさんがとても慌てた様子で、部屋に入ってくる。
「どっどうしたんですか!? いきなり大きな音が二回もしたのでびっくりして様子を見に来たのですが…大丈夫ですか!?」
いつもあんな大人しいマリアさんがこんなに焦っていらっしゃる…。
「マリアさんー!そんなに焦ってどうしたんですかー?見ての通り私は大丈夫ですよー。ほら!」
破壊されつくされ、とんでもない状況になっている部屋をバックにくるりと一周して怪我をしていないことをアピールする。
「エリアさんが怪我してないならいいんですけど…ってそんなことじゃなくて後ろのほうを聞きたいのですけど…!」
マリアさんに後ろの惨状をなんとかごまかしていると、階段を駆け足で上がってくる音が聞こえてきた。
まずい…クレイさんが来た!
クレイさんは私が通うアレイスター国立魔法学園の第2女子寮の管理人の一人である。
すごく優しくてみんなのお母さん的な存在で人気なんだけれど…
怒ると怖い。
そう、怖いのだ。
実は先日私は窓ガラスを割った件で注意を受けている。
そして私の後ろには無残に破壊された窓がある。
この私が置かれた状況下で考えられる一番現実的な未来は…
めっちゃ怒られる。
やばい。
逃げよう。
クレイさんが来る前に。
「あーマリアさん。悪いんだけど私ちょっと外に用事あるから、出かけるね!」
そう伝えると飛び散った窓の残骸を踏まないように避けながら、窓から外に飛び出す。
「えっ ちょっと!クレイさん来てますよ!というか危ないから窓からでないd…」
その声が聞こえたころには外に飛び降りていた。
あ。魔法使うの忘れてた。
二階の窓から飛び出しているため、そこそこの高さから魔法のサポート無しで飛び降りてしまった。
「うわぁーーー!」
なんとか足で着地したものの落下の衝撃で足がしびれる。
「 いてて… 地面が平らでよかった…」
「 エリアさん!大丈夫ですかー?」
二階の窓から下を覗き込むようにマリアさんが顔を見せる。
「 大丈夫ですよー! 私時間ないんで行きますね!」
「 あっちょっと! エリアさん戻ってきてー!」
エリアが逃げ出したすぐ後に、クレイさんが急いで部屋に駆け込んできてその場にいたマリアに尋ねる。
「 大丈夫!?なにがあったの!?怪我してない!?」
「 あっクレイさん! いや私は何にも怪我とかはしていないんですけど…」
「 ならよかった… それで一体何が…」
そう言いながら部屋の奥へ進んでいくクレイさん。
「 そっちはちょっと…! ああ…」
マリアがクレイさんを止めるのが遅く、豪快に破壊された窓が見つかってしまった。
「 え…… ちょっとなにこれ… もしかしてマリアさん…?」
「 いや! そんなわけないじゃないですか!」
必死に否定するマリア。
「 まあそうですよね…ってこの部屋まさか…」
妙に大きい机と見覚えのある部屋の配置に机の上に散らばった工具を見たクレイさんは急いで、部屋の番号を確認しにいく。
「 ごめん…エリアさん…。」
そう小さく呟くマリア。
すぐに部屋に戻ってきたクレイさんは妙に笑顔だった。
クレイさんはいつも笑顔だが、今のクレイさんの笑みには怒りがこもっていたのが誰にでもわかるぐらいだった。
「 マリアさん。とりあえず怪我がないようで良かったです。この残骸は私が片付けるのであとは任せて下さい。」
妙に丁寧な口調なのが余計に恐怖を感じさせる。
「 あ…えっと…ありがとうございます…。」
そういうとマリアはエリアの部屋から出ていこうとする。
「 それと…一つ頼みごとをしたいのですが、エリアさんが戻ってきたら私のところに連れてきてください。」
「 わっわかりました…!」
「 せっかくの休みなのに私の仕事に付き合わせてしまってごめんなさいね。ではよろしくお願い。」
「 はい…! お掃除頑張ってください…!」
そそくさと部屋を後にするマリア。
「 これはエリアさんだいぶ叱られるぞ…頑張れ…!」
一方そのころ、逃走中のエリア。
寮に帰ったら長い長い説教タイムが待っているということは想像に難くない。
「 さーって どうしたものか…」
どうクレイさんの説教を回避しようか考えながら学校の中庭を歩き回る。
建物の壁に沿って歩きながら、時々周りを見渡して。
「 うーん… これもだめだし…」
そんなことを続けること10分。
丁度、中庭を一周しようかというところで、壁沿いの生垣の一つがたまたま視界に入った。
これも運命か、生垣の奥に、杖で勢いよく吹き飛ばしたあの人形が引っかかっていた。
「こんなところに…!」
急いで草木を手で払って、手を伸ばし何とかつかむ。
よかった~ 変な傷とかないみたいだし、ちょこっと洗えば何とかなるかなー?
だけどこいつ…また動いたりしないよね?
、
今は動かないっぽいけど、いつ動き出すかわからんしなー
どうしようか…
再び人形が動き出すことを懸念して、それの対策を練るエリア。
近くにあるベンチに腰を掛け、人形を抱えながら考える…。
そもそもコアがないのにどうやって動いてるんだろう…?
コア無しでこの子を動かすってことは、人形術とかじゃなくて単に物体を操作する魔法…?
でも操作魔法はものを大雑把に動かすことを得意とする魔法だから、正確性は皆無なはず。
だからこんな小さなもので物を掴んだり、間接を動かすような精密な操作はとんでもない技術と長年の経験が無いとまず不可能だし…
そんな人間離れした芸当ができるベテラン魔法使いがいたとして、狙って私の人形操作してるなんてありえないし…
そもそも物体に細かい動作をさせたいなら人形術を使うべきだし…
ってなると人形術を使うために必要なコアがないこの子が動いてるのはなんでだろう…って
あれ…これループしてないか?
自分の持つ知識をフル動員してなんとか原因を見つけようといろいろな可能性を探した…
5分ぐらい。
最後の方はネタが尽きて、ほぼ大喜利になっていたかもしれん。
「 あ"ー わからん! どうなってるんだ? 」
頭がパンクして思考がぐちゃぐちゃになり、ぼーっとし始める。
青く澄み渡った空を何も考えず眺めていると、一つすっかり忘れていたことを思い出す。
クレイさんから逃げたり、人形が抱える謎に惑わされたりしていたせいでその欲求は一旦頭のすみっこに追いやられていたようだ。
「……… おなかすいた。」
部屋の中でゆっくり食べるつもりだったサンドイッチを部屋に置き去りにしたまま、ここまで来た事を忘れていた。
帰らなきゃ。
私のサンドイッチが待ってる!
そう言って人形を持って急いで寮へと戻るのだった。