1.「誕生」
よろしくお願いします。
時は943年、聖魔大戦の真っ只中。
あらゆる魔法術式を開発し、この世界全ての魔法を行使できる者がいた。
その名も、リベル・アルナータ。
その男は、世界最強と言われている、魔王アルタナと、勇者カムイを従え手玉に取っていた。
そう。その世界、本物の強者こそ、リベル。
大魔術師、リベル・アルナータであった。
「――リベル様、勇者カムイが面会を求めにやって来ました。如何なさいますか?」
目が大きく鼻が高い、まるで人形のように整った顔立ちをした、金髪の美しい女性がリベルに対し跪いていた。
リベルの弟子にして秘書の、ウィルザードであった。
「……うむ、どうしたものか。」
丘の上に仁王立ちし、顎に手を当て、遠くの山を見つめながら大魔術師リベルは思考を巡らせた。
夜が明けたばかりのこの時間。神々しい日差しがリベルを照らす。
「先程は、魔王が面会に来たばかりですが……」
そう。この日、魔王と勇者がリベルに面会を求めに来たのだ。
先程の魔王との面会の内容は、こうだった。
――この戦争、ぜひとも我ら側に力を貸してほしい。
何ともふざけた話だ、とリベルは考えた。
自分たちの戦いに、第三者の俺を巻き込もう、と?第三者の俺に、力を貸せ、と?
魔王との面会の際、この話を聞いた時にリベルは、顔に嘲笑を浮かべていた。
「魔王アルタナよ。貴様は何故この俺に助力を求めるのだ?」
リベルはそう魔王に問いた。
「貴方様の助力があれば、必ずしや我が軍に勝利をもたらせます。どうか、どうか貴方様のお力を……!」
そう力強く話す魔王アルタナの額には、汗が滲み出ている。この俺を前にして緊張していると言うよりは、余程この戦争に切羽詰まっているのだろう。
魔王とリベルは以前に戦ったことがある。その時にリベルの力の一端を見た魔王は、気付いた。
この戦争、リベルの助力があれば勝つのは簡単である、と。
それ程までに、大魔術師リベルの力は圧倒的だった。何せ、世界最強と言われている魔王に、そう思わせるくらいなのだから。
確かに、俺が魔王軍に与すれば、魔王軍の勝利はもはや明白だろう。
ただ、魔王はそれで良いのか? 自分たちの戦いに他人の力を借りようなんて、魔族の王としてのプライドは無いのか?
リベルは魔王を睨みつけ、続けた。
「魔王アルタナよ。俺はお前を過大評価していたようだ……第三者の、この”俺”に、助力を求めるとは、な。もう俺に姿を見せるな、消え失せろ!」
リベルはそう言い放ち、魔王に立ち去るよう命じた。
「し、しかし……」
何か魔王が言いかけようとしたが、それは秘書のウィルザードが許さない。
主の命令は絶対だからだ。
そして魔王がこの場から去った後、すれ違いに勇者がやって来た。
「大方、面会の内容は予想がつくがな……。いいだろう、勇者をここへ通せ。ウィルザードよ。」
こちらに向かってくる勇者の装備は、酷くボロボロになっていて、醜い姿だった。
そして勇者はリベルの元へ来るやいなや、跪き、続けた。
「リベル様。お目通りして頂きありがとうございます。今回の面会の内容は――」
「勇者軍に力を貸せ、ってところか?」
リベルは軽蔑するように、勇者を睨む。
「……少し違います。」
「ほう。では内容を聞かせてもらおうか?」
「は。我が勇者軍と魔王軍は、長年に渡りいがみ合い、遂には大戦争にまでなってしまいました。このまま戦争が続けば、両軍の被害は甚大なモノとなり、計り知れない程になります。そこで……この戦争を、貴方様に止めて頂きたいのです。」
「ふむ、話は理解した。先程、魔王も俺に助力を求めに面会しに来たのだが……魔王よりかは筋が通っているな。」
「で、では……!」
勇者は顔に安堵を浮かべ、リベルを見上げた。
「だがダメだ。これはお前たちの戦争だ、俺が出る幕はない。
……以上! 立ち去るが良い、勇者カムイよ。」
「くっ……」
勇者が悔しそうに流した涙は、朝日に照らされ光り輝いている。
リベルの元から立ち去る勇者の姿には、哀愁が漂っているように見えた。
「……よろしかったのですか? リベル様。」
「なに、俺には関係の無い話だ。……ウィルザードよ、俺は決めたぞ。」
「は。なんでしょう?」
小首を傾げるウィルザード。
「俺は今ここで死に、後世に転生することにした。」
「な、にゃんと!?」
常に冷徹でクールなウィルザードが、とても驚いた顔をした。
おまけに、噛み間違えているときた。相当驚いたのだろうか?
「少しこの世界に嫌気が差したものでな……なに、1000年もすれば転生出来るだろう。
また会えるといいな、ウィルザードよ。では、さらばだ!」
「ち、ちょっとお待ち下さい!急すぎます!」
うっすら涙を浮かべながら、慌ててリベルを引き止めた。
「わ、私は……またリベル様にお仕えしたいです……リベル様がいない世界など考えられません!私も転生します!」
ハッハッハ、とリベルは呆れたかのように笑った。
思えば、このウィルザードは、出会った時から俺に付きっきりだったな。どこに行くにしても、何をするにしても、どこまでも俺の背中に着いて来てくれた。
リベルは、ウィルザードの頭を撫でながら続けた。
「……ふむ、そうか。ではウィルザードよ。この世界で最後の命令をしても良いか?」
「は。なんなりと!」
跪き、涙を浮かびながら笑顔でリベルを見上げる。
「この戦争を、止めてみよ!」
声高らかにそう言うと、リベルはマントをバサッと広げ、光の中に消えていった。
「……は。承知しました!必ずや成し遂げてみせます!」
そう話すウィルザードの拳は、力強く握られていた。
**********
大魔術師リベルが死に、1000年の時が経った頃。
「はっはっはー! おい、シャノン。伯爵エンドレ家のこの俺、カルポネ様に文句を言おうってのか!?
没落貴族の、シャノン”さん”よぉー?」
「で、でもっ……それは僕の晩御飯で……。
もう3日も何も食べてないんだ……このままじゃ餓死しちゃうよ……!」
「知るか。没落貴族のクセに生意気な……これも全部食べちゃおーっと!」
おカッパ頭の太った伯爵エンドレ家の少年カルポネが、シャノンから奪った食べ物を貪り食う。
「――おえーっ!まず!」
カルポネはそう言うと、奪った食べ物をぺっぺっと、口の中から吐き出した。
「あー、やっぱりいらないやー。それ返すから食べてもいいよ。」
そう言うやいなや、地面に吐き出した物を指差し、カルポネは立ち去った。
「うぅ……うぅ……なんで僕がこんな目に……もう、生きたいとも思わないよ……」
そう言いながら涙を流すシャノンの顔を、沈みかけた夕日が赤く照らす。
――その時だった。
シャノンの心臓が、突然ドクンッと鳴った。
まるで大きな何かにぶつかったように。
「おっとっと……転生は成功したようだな。」
突然、謎の声が脳内に響く。シャノンは周りを見渡したが、誰もいない。
「……な、何なんだ……!?」
恐怖に怯えたシャノンは、頭を抑えてしゃがみこんだ。
「少年よ、そう怖がるな。俺はいま、貴様の脳内に直接話しかけているのだ。」
「……え?」
シャノンは少し落ち着き、疑問を口に出した。
「俺は、過去より来た、転生者だ。リベル・アルナータと言う。」
「て、転生者……!?」
「あぁ、そうだ。本当は赤子として転生する筈なのだが……意識のある人間に転生してしまったようだな。」
「ちょ……ちょっとさっきから何を言っているの……?」
少し落ち着いたように見えたシャノンだったが、やはりまだ混乱しているようだった。
「まぁ、要するに転生失敗したって所だ。貴様の意識を奪う訳にもいかんしな。また転生の魔法を使うことにしよう。」
「て、転生の魔法って……そんな伝説上の魔法、本当に使えるの……?」
「そんなの、朝飯前だ。何たって、俺は最強だからな。」
「そんなに、強いんだ……?」
「あぁ、そうだが……?」
「……じゃあ、頼みがある――」
そう言うと、シャノンは続けた。
「僕の体を自由に使ってくれて構わない。だから、この世界を……この貴族制度を……撤廃して欲しい!」
「ほう、それは大層なお願いで。力づくでなら簡単に出来そうだが……第一、世界はある程度の身分格差があったほうが安定すると思うんだけどな。」
「違う……違うんだ! 貴族たちは家系能力って言う特別な能力を持っているし、生まれつき持っている魔力量も桁違いなんだ……。だから、力づくなんかじゃ、無理だよ……。それに、この国の身分格差はそんなこと言えないほどに酷いんだ!」
泣きじゃくりながら、身振り手振り一生懸命シャノンは話した。
そして、シャノンの懸命さを実直に受け取ったリベルは、答えた。
「なるほどな……だがしかし、俺がお前の意識を奪うということは、お前は実質的に死ぬということだぞ。分かっているのか?」
「……分かっているさ。僕は、こんな世界間違っていると思う。貴族制度を無くすために死ぬというのなら……それは僕の本望さ!」
「だが……お前が死んだら、お前の家族が悲しむだろう。」
「僕には家族が居ないんだ……皆数年前に死んだ。」
ギクッとなったリベルは、気に触ってしまっただろうかとおどろおどろした。あの大魔術師のリベルが、狼狽えた。
「……あい、分かった。俺が、貴族制度を撤廃して見せよう!」
その言葉を聞いた瞬間、シャノンの顔は花が咲いたように明るくなった。そして、意識を失い倒れた。
数分が経つと、シャノンは身を起こし、胸に手をかざした。
「全く、こんな空腹の状態でよく生きれていたな……大した根性だ。お前の願い、必ずや実現して見せよう。シャノンよ!」
そしてシャノンの体がリベルのモノとなり、物語は始動した。