ゆかりさんのこと
ゆかりさんは私の大切な人。
肩の下まで伸ばしたふんわりとした黒髪がとても似合っている。学生のうちに明るい色にしてみたいと決意表明していたから、近いうちに栗色あたりにでもなるかもしれない。
ヒールが苦手でぺたんこ靴派。少し背が低いのを気にしてるけれど、それでもヒールのある靴は履きたくないらしい。別に実際に背が伸びる訳じゃないしと唇を尖らせていた。
自宅最寄り駅の本屋さんでバイトをしている。本が好きというよりかは私服で働けるのが決め手だったらしい。
好きな動物はカバ、強そうだからって上機嫌で教えてくれた。これはちょっとわからない。
趣味というか好きなものはコスメ、高校時代に友達の間で流行った色付きリップから興味がわいたとのこと。
色付きリップをポーチに潜ませている女子高生のゆかりさんを想像すると、少しだけ感傷的な気持ちになる。だって校則違反というささやかな悪いことをしているゆかりさんはなんだかとても魅力的だから。
自分の名前があんまり好きじゃないと言うくせに、でも私には名前で呼ぶようにお願いしてくる、そんなゆかりさんのこと。
ゆかりさんは大人っぽい。
「同い年なんだからさん付けなんてしなくていいのに」
そういって少し困ったように目尻を下げる。
その自己主張しすぎないアイラインのいじらしさは並みの男なら卒倒してしまうと私は声高に主張する。
ゆかりさんはちょっと移り気だ。
「ねぇ、それ一口ちょうだい?」
自分のチーズケーキを差し出しながら覗き込むようにおねだりされると逆らえない。
無言で差し出した私のシフォンケーキを上品にひと欠片、口に含む姿はいつもより幼く見えてどこか嬉しくなってしまう。
ゆかりさんは実はくせっ毛である。
「雨の日きらーい」
そんな日は紫色のシュシュで無造作に髪を束ねて、普段は隠されてるうなじを露にする。雑にまとめているだけだと言うけれど、髪をアップにしたゆかりさんは私から見ても色っぽい。
ゆかりさんは少し残酷だ。
「見てみてー、お揃いの色にしちゃった」
小さな手を大きく広げた爪先には淡いアプリコットのネイル。私の好きな色。
同じ色なのに、なんでこんなに違うんだろうと少し、ほんの少しだけ憂鬱になる。ころんとして可愛らしい爪も、ミルクみたいに白い肌も私にはないのだから仕方ないのだけど。
そして当然ゆかりさんはモテる。
「真面目に付き合ってるのに長続きしないの」
いつもそうぼやいてる。
だからきっと私の気になってる、気になってた人の隣で花が朝に咲くように笑っていても私は気づかないふりをすることしか出来ない。
でも私は知っている。
ゆかりさんはそんな私を見つけて綻ぶように笑うのだ。
ゆかりさんは私の大切な人。




