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8 罠と過去

 しっかり掛けられた幌をめくって荷台に乗る時、もしやと思って用心していたが。


 とっさに頭はかわしたが、棒で背中を右から一発殴られた。



「ジーン!」

「罠だ!」


 イーファにそう言って右側の男の顔に拳を叩き込む。左の男が棒を振り下ろして来たがそれは予想済みだ。


 棒をかわしつつ右足で回し蹴りを頭の後ろに入れると、そいつもゆっくり倒れた。


「イーファ!どこだ?」

「こっち!」


 荷台から飛び降りてイーファを探すと、彼女は御者にナイフを向けて動きを封じていた。

 さすがだ。


「俺が話を聞く間、荷台の二人を縛ってくれ。念のため腹に一発入れてからだ」

「はい」




「さてさて、あんたの目的は?」


 もちろん答えない。仕方なくイーファのナイフで胸のあたりを横に払った。


「うわわっ!やめてくれ!」

 男の旅支度が切れてパカリと開く。ほんの少し皮膚も切れて血がツツッと流れた。


「ああ、悪かったな。俺はナイフの腕が悪いんだ。で、何が目当てだ?」


 男が何も言わないので今度は縦にナイフを振るう。また腹の皮一枚が少し切れる程度に。


「ぎゃっ!言うから!やめてくれ!女だ。あれは船村の女だろう?あの村の女は高値がつくと……グハッ!」


 よし、これで真っ黒確定。

 腹に拳を入れて失神させてからぐるぐる巻きだ。





 荷台に三人を転がして馬車でナーシャに向かう。馬車は楽で速い。助かった。


 三人は普段はまがりなりにも商人をやってたようで、荷台には日用雑貨がぎっしり積んであった。


 出来心?まさか。


 出来心であんな上手く連携できるものか。宿で俺たちの噂を聞いた時からイーファを狙って追いかけて来たんだろう。


 普段から副業で人身売買に手を出してたんじゃないかな。街の警備隊に渡せば報奨金が出るレベルの悪人だ。




「なあイーファ、そんなにお前の村は人が出て行かないのか。一人くらい新天地を求める奴がいたっていいと思うんだが」


「たまにはいるのかな。十年に一人くらい?男の人だけ。たいてい戻って来るそうです。それよりジーンさん、身体は大丈夫なの?」


 そう言いながらイーファが俺の背中に手を当てた。


「ッ!」

「怪我してるんですかっ?見せて!」


「大丈夫だよ」

「殴られたのは私のせいです。見せてくれないと……」


「なんだよ」


「私のせいで誰かが怪我するのはもうたくさんなんです。せめて手当てさせてください!じゃないと……じゃないと申し訳なくて」

 


 言ってる意味がわからんが、早くも紫の目が赤くなってきた。「泣くな泣くな」と苦笑して上着とシャツを脱いで背中を見せた。


 ヒュッと息を呑む音がした。

 まあそうなるよな。



「ジーンさん、その怪我、どうしたんですか?」

「まあ、追放されるついでかな。気にするな」



 俺の背中は、重い革の鞭で三十回叩かれて、その時裂けた肌と肉が治りかけてる途中だ。


 傷にかさぶたが出来て、デコボコに盛り上がってえらいことになっている。


「何があったのか聞いちゃだめですか?」

 イーファが前を向いたまま暗い声で言う。


「聞いても別に楽しくない話なんだよ」

 服を着ながら返答する。


「だってこんな、こんな酷い目に遭うようなことをジーンさんがするとは思えないです」


「それ、俺を信用し過ぎだ」



 まあ、ナーシャまでの関係だ。

 暇つぶしに話してもいいが。

 言えないことは言わないが。



「俺には兄と弟がいたんだ。兄はあまり身体が丈夫じゃなくてね。兄の子供はまだ小さかったから、俺が兄の代わりに家の仕事をこなしてた。忙しかったが五年越しの恋人もいた」


 イーファが頷く。


「ある時、敵に攻め入られたんだが、こちらの打つ手が全部かわされる。直前に逃げられるし潜んでいれば見つかって攻撃される。こっちの情報が漏れてたんだ」


「漏れてた?漏らした人がいた?」


「ああ。敵に情報を漏らしてたのは俺の恋人。彼女に情報を渡してたのは俺の弟。二人は俺が知らない間にそういう関係になってた」


「五年も恋人だったのに?」


「五年も恋人だったから、かもな。

 弟は敵と手を組んで兄の立場に立ちたかったそうだよ。兄も俺も邪魔だったらしい」


「……」


「二人のせいで仲間が大勢死んだんだ。俺も責任を問われた」



 イーファが険しい顔で聞いている。



「裁判が開かれて彼女と弟は処刑された。彼女への監督不行き届きとして、俺は歳の数だけ鞭打ちと国外に追放。以上だ」


「なんでその彼女はそんなことを?」


「途中から俺を憎んでたんじゃないかな。そんな気がする。俺は彼女も了解してるものと思い込んで自分の考えを押し付けてた」


「考え?」


「お前は俺に守られていればいいとか。俺の言う通りにして贅沢して綺麗にして笑っていればいいとか。彼女が仕事のことで何を言っても笑って取り合わなかった」


「あぁ……」


 イーファの声が震えてたから顔を見ればイーファは紫の瞳から涙を流している。


「なんだよ、結局泣くのか。全て終わったことだ。お前が泣くな」


「全部失ったんですね」


「そうだな。まあ、愚かだった罰だ」

 

 猫はイーファの膝の上で丸くなっていたがチラリと俺を見た。イーファの膝は居心地がいいらしい。

 




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