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海の娘と砂漠の男と猫の旅  作者: 守雨


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7 旅仲間     

 イーファとジーンは日の出と共に宿を出た。通りには人の気配はなく、まだ朝靄が漂っている。


「ナァーン!」


 白猫が待っていた。


「猫ちゃん!」

「ダメだぞ」

「何も言ってません」

「猫はダメだ。連れて行けない」

「……。じゃあ、仕方ないです。ジーンさんと別れて一人で行きます」

「おい」


 猫はイーファたちの足元、ちょうど二人の真ん中に座ってジーンの顔を見上げている。心なしか視線がジーンを責めているような。


「猫が気まぐれで道を外れたらどうするんだ。追いかけて連れ戻すのか? 獣に追われて走り去ったらどうする。探して歩くのか? 迷子にでもなったらコイツだって生きていけないだろう?」


「ナアァァァ〜!」

「やめろ。お前は文句を言うな」

「ワアーウゥー!」

「この子が大丈夫だって言ってます。迷子にならないって」


 ジーンは駄々っ子を見るような目でイーファを見た。


「はああ? 猫が言っているって、そんなわけあるか。猫がいなくなったらどうする気だ?」

「私が責任を持って探し出します。ジーンさんは先に進めばいい」

「……ああもう、勝手にしろ!」


 ジーンの言葉を理解してたかのように、猫は先頭になって歩き出した。

 イーファも猫のことになるとなぜか強気だ。


「よかったねえ。意地悪なおじさんを許してあげてね」

「ナアーン」

「俺はおじさんじゃねえ!」

「お兄さんて呼べばいいんだろうね、猫ちゃん」

「ナン!」


 猫は利口だった。


 尻尾をピンと立て、先頭に立ってイーファたちのペースで歩き、時折振り返っては人間がついて来ているか確認までする。

 イーファはご機嫌で鼻歌を歌いながら猫の後を歩いていた。


「そろそろ朝飯にするか」

「うん」


 草むらに腰を下ろして肉の薄切りとチーズとピクルスをパンに挟んで、イーファがかぶりついた。宿の奥さんが持たせてくれた朝食だ。

 少しパサついたパンにしっとりした薄切り肉が合う。ピクルスのスライスもちょうどいい酸っぱさだ。


「パンに塗ってあるの、何かしら」などと呟きながらイーファも大きな口で食べている。

 猫はイーファが頼んで分けてもらったゆでただけの肉を食べ、水を貰って飲んでいたが、急に背中を山なりに、尻尾をブラシのように膨らませて草むらに向かって唸り始めた。


「シャーッ! フーッ!」


 イーファとジーンが同時に立ち上がりナイフを構える。

 用心しながら草むらに近づき、落ちていた枝で草をかき分けると、そこは大人の親指ほどもある皇帝こうていアリが列をなしてイーファたちに向かって行進して来るところだった。


「こいつは危ない。皇帝蟻だ。離れろ」


 ジーンがそう注意すると、イーファが二人分の荷物を持って離れた。ジーンは(こういうところがこの娘は優秀だ。離れる理由を聞いたりしない)と思う。

 これは陸で生まれ育った男でもなかなか難しいことだ。たいていは「どういうことだ」とか「どんなやつだ」などと言って貴重な危険回避の時間を無駄にする。

 イーファたちはだいぶ離れた場所に座り直して昼食を再開した。


「皇帝蟻って、どんなものですか? 私、見えなかった」


 パンをモグモグ食べながらイーファが尋ねる。


「肉食の蟻で大きさは俺の親指くらい。噛み付いたら離れない。攻撃されると強い酸で敵の肉を溶かす。行進しながら獲物を襲って食べるんだ。酸の匂いで他の個体も集まって来て群がって食べまくる。牛や馬でも骨しか残らない」


「噛みつき魚なみですね」

「嚙みつき魚を知らないんだが」

「血の匂いに敏感で、一匹が噛みついて体を震わせるんですよ。ビビビビって。そうするとほかの魚が一斉に集まるの。血の匂いよりビビビのほうが早く仲間があつまる。骨しか残らない」

「海の中でそれは逃げようがないなあ。恐ろしい」

「猫ちゃん、お利口だったね!」


 白猫はゴロロロと喉を鳴らしてイーファのすねにゴツンゴツンと頭突きを繰り返している。


「やっぱり猫ちゃんを仲間にして良かったですよね」

「今回はな」

「猫ちゃん、ありがとうね」


 イーファがご機嫌で笑い、猫はその膝で丸まってご満悦だ。


 午後はひたすら歩いた。歩きながらイーファが子供の頃から猫を飼いたかったことを話してくれた。


 船暮らしだから猫はダメだと言われても諦めきれなかったこと。

 月に一度の買い物のとき、市場で子猫を見つけて服の中に入れて持ち帰ろうとしたこと。

 父親にすぐ見つかって、こっぴどく叱られたこと。

 子猫と別れる時散々泣いたこと。


「じゃあ、人生で初めての猫か?」

「はい。私の初めての猫です!」

「じゃあ、名前を付けろよ。一緒に旅をしているのに、猫ちゃんはあんまりだ」

「このままずっと一緒でもいいんですね?」


 ジーンは返事の代わりにニヤッと笑った。


 (考えてみればイーファは十六やそこらで故郷を追放されたんだ。全てを手放した彼女が猫くらい手に入れたって罰は当たらないさ)


 ジーンは十六歳の頃、仲間と楽しく遊んで贅沢に暮らしてた。猫一匹でこんなに嬉しがるイーファを見てると、気の毒で泣きたくなる。


「今のお前には猫しかいないんだ、そのくらいいいさ」

「猫だけじゃありません。私にはジーンさんもいます」

「今、さりげなく俺と猫を同じくくりにしなかったか?」


 少々の照れ隠しで茶化したらイーファが喉を見せて笑った。相変わらず華やかな笑顔だった。


 歩き続けているうちに太陽が真上に来た。

 日差しに弱いイーファが日陰を探して休もうとしていると、後ろから馬車が来た。幌付きの大型の馬車で、商人らしい身なりの男が御者席に座っている。


「おーい!」


 ジーンが両手を振って待っていると止まってくれた。


「どこまでですか?」


 商人が聞いてくれた。ジーンは(これはツイてる)とほくそ笑む。


「ナーシャを目指してる。途中まででもいいんだ、乗せてくれないか。運賃は払う」


 男がチラリと帽子を被ってるイーファを見た。


「もしやそのお嬢さんは、さっきの町でオカリナを披露したっていう娘さんかい?」

「そうだ、よく知ってるな」

「立ち寄った飯屋で大変な話題でしたよ!」


 商人が了解してくれたのでイーファたち二人と一匹は馬車に乗せて貰うことになった。ジーンが最初に幌をめくって乗り込み、幌の中で立ち上がる前に左右から棒で殴られた。


(もしやとは一応考えてたが、当たりだったか。くそっ)



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