5 イーファの財産
ギルドで紹介された宿は安くて清潔ないい宿だった。
湯桶を使ってから真っ白なシーツに潜り込んだ俺は、蕩けるような眠気に誘われるままぐっすり眠った。
控えめなノックで目を覚ますと、部屋はもう薄暗い。
ドアを開けると買ったばかりの服に着替えたイーファがリュックを見せながら部屋に入って来た。
「若い女の子が自分から男の部屋に入ってくるのはどうかと思うが」
「あっ。すみませんでした。持ち物を見て欲しかったのですが、ではまた明日に」
と出て行こうとしたが、今更だと引き止めた。
室内のテーブルに並べられたたくさんの品を見て呆れた。どれもこれも売れば相当の値が付く品だ。
手製だと言う月光貝のネックレスが三本、炎樹珊瑚の髪留めが色違いで四つ、大海虎の牙の小型ナイフ、思わず二度見するほど大粒の真珠のペンダント、大海蛇の皮のノースリーブのワンピースドレスが銀と黒の一着ずつ。
全てが高級品だ。
「イーファ、これはまずい。絶対に人に見せるな、間違いなく狙われる」
「そんなにですか?失敗しました。まだあったのに」
船村の人たちはどんな財宝持ちだ。
「どれも食べるために採取したり殺されないために殺した獲物ばかりで、価値は正確には知りませんでした」
「なるほど。まあ、とりあえず冒険者登録はしたんだ。お前の腕ならやっていけるだろう。これは怪我でもしてしばらく動けなくなった時のために持っていろ。お前の財産だ。人には見せるな」
「わかりました。ジーンさんも冒険者登録をしてましたけど、今までは何をしてたのですか?」
「俺はフラフラしてる人だ」
「根無草って人がいると聞いたことがあります」
「まあ、そんなもんだ」
「砂の町トリドで育ったんですか?」
「いや。もっと遠くの砂漠の生まれだ」
「もっと遠いのですか……」
「イーファ、これをやる。明日からはこれを被れ」
洋品店で買ったゆったりしたつば付きの帽子を取り出して渡すと、イーファが怪訝な顔になった。
「その髪は目立ちすぎる。隠した方が少しは厄介ごとから身を守れる。ここは船村じゃないんだ」
「ありがとうございます。いくらでしたか?払います」
「毛皮処理の授業料だ。俺は毛皮に穴を開けたしな」
「では遠慮なくいただきます。ありがとうございます、ジーンさん」
イーファは背中の中ほどまである銀髪を器用にクルクルとまとめて帽子の膨らみに入れ、目深に被った。
「ああ、その方がいい。顔も目立たない」
「顔?顔も隠すべきですか?」
「顔は隠しようがないからなぁ。船村に鏡はないのか?美人て言われたことは?」
「うちに鏡はありませんでした。リーダーの家にはあったと思います。美人て言われたことはないです。美人なんて女に向かって言う男はいないと思いますが」
「は?じゃあ気になる女に男はなんて言えばいいんだ?それとも力ずくか?まさかな」
「……」
「おい、ゴミを見るような目で俺を見るな。俺は船村の暮らしを知らないだけだ」
イーファがそっとため息をついてから船村のことを説明してくれた。陸の人間が船村の人間と話す機会なんて、まずない。
それはとても興味深い話だった。
船人は陸の人間と深い付き合いをしない。最近でこそ陸の商品を買うこともあるが、女は年頃になると陸には上がらない。
昔、船村の女たちはその美しい容姿に目をつけられ、船団で襲われては愛玩奴隷にするために拐わられた。
船人と奴隷狩りたちの間で凄惨な戦いが繰り広げられたが、当時の陸と船村の指導者たちの話し合いがついて、船人たちは保護対象になり、船人の女を拐った者と奴隷にした者は重罰になった。
以降、組織的に拐われることは無くなったが船人たちは過去を忘れてはおらず、陸の人に対してとても用心深い。
船村では好きな相手が出来たら、男は自分が手に入れられる最上の物を相手に贈る。海の上で生きるには、採取と狩猟の能力は甲斐性と同じ意味だ。
女は健康なことと採取能力が高いことの他に自分の身を守れることが重要視される。男たちは海獣を追って留守にすることが多いから、一人で身を守れない女は自分たちの子供も守れない。
だから女の戦闘能力は子孫繁栄の大前提だ。そもそもまともに戦えなかったり動きの鈍い者は育つ途中で早々に海の生き物に喰われるか事故で死ぬ。
「なるほどね。お前がやたら強いのはそういうわけか」
「私はナイフ使いはまあまあですが、一番得意なのは銛で大きな魚を仕留めることで。あ、銛を持って歩くべきですか?」
「いや、それはやめなさい」