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海の娘と砂漠の男と猫の旅  作者: 守雨


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39 最高の贈り物     

 強大な後ろ盾を手に入れたジーンとイーファだったが、生活はあまり変わらなかった。日々を冒険者として楽しく狩りや採取をして過ごしている。

 変わったのは家賃が不要になったことと、ワドルと一緒にベラード王子が頻繁に小さな家に遊びに来るようになったことだ。


 王子はすっかり健康になり、快癒祝いの盛大なパーティーでは他国の代表たちにその姿を披露し「帝国は安泰」と示すことが出来た。

 王子は毎週のように小さな家を訪問してはイーファの海や陸での話を目を輝かせて聞いて、ニコニコと帰る。


 それに思うところがあるのはジーンだ。王子がイーファを見る目に熱があるように見える。それは自分の気のせいか、またはみっともない嫉妬かと考え込むことが増えた。

 ジーンは今三十二歳、イーファは十八歳、王子は二十歳。


(もし王子がイーファを見初めたのなら、ここは自分が身を引く方が、いや、イーファはそんな立場は向いてない、いやいや、そもそも自分が彼女を諦めることが出来ない)


 この考えが毎日堂々巡りをしている。

 王弟時代に『砂漠の悪魔』と恐れられた男も、イーファに関してはごく普通の男と変わらなくなってしまう。


 今夜も王子が訪れてひとしきり楽しそうに過ごして帰った。イーファと二人で片付けをしながら、考え込んでいる。

 同じようにイーファも王子の眼差しの変化に気が付いていた。しかしジーンは何事もないような顔をしている。

 イーファは何事もグズグズと考えることは嫌いだ。


「ジーン、話があるわ」

「改まってどうした?」

「ジーンは私のことをどう思ってるの?」

「どうって……俺に何か不満があるのか?」


「あるわ。私はジーンと家族になりたい。ずっとそう思ってた。でもジーンからしたら私は動物を呼び寄せる変な力があるし、世間のことにはまだ疎いし、年は離れてて子供にしか見えなくて、ええそうよ、魅力が無いのはわかってはいるわよ。でもね……」

「ちょっっっと待て。イーファに魅力が無いなんて、俺一度でも言ったか?」

「口には出してないけど、私のこと、子供扱いしてるじゃない」


 ジーンが片手で顔を覆ってため息をついた。


「俺はずっと前からイーファを子供だなんて思っていないさ。ただその、海の民は求婚するときに男は自分が手に入れられる最高の贈り物をすると言ってたじゃないか。俺は大粒の真珠も珍しい珊瑚も贈ることが出来ないから、どうしたもんかと」

「どうしたもんかと? 二年も?」

「いやその、イーファを女性として見るようになったのは一年半くらいだと思うが」

「そこじゃないわよ。二年か一年半かじゃなくて。それに最上の贈り物ならもう私にくれたじゃない!」


 俺、なんか渡したっけ? と記憶をたどるジーン。


「私は両親と住む村を失って、一番欲しいものは自分の家と家族だったわ。ジーンは両方とも私にくれたじゃない」

「俺って言うより、イーファが自力でこの家を手に入れただろ?」

「ジーンがいなかったら砂漠猫の涙は手に入れられなかったし、この国までたどり着くこともできなかったわよ」


(そうか? 俺がいなくても、イーファはこの国にたどり着いたような気がするが)


「それに、バイターを狩る時だって、心配しながらも私を信じて任せてくれたわ。こんな肝の据わった男の人にはこの先出会えないだろうって、ずっと思ってた」

「俺は自分の思うとおりに人を動かそうとして、一度失敗してるからね。だからなるべくイーファには自由にさせたいと思ってきた」


 イーファがしまった、と後悔する顔になった。


「ああ、ジーン、ごめんなさい。こんなことを言いたかったんじゃなくて私……」


 イーファが両手で顔を覆ってため息をついた。

 ジーンがイーファに歩み寄り、座っているイーファを後ろから抱きしめてイーファの銀色の髪に頬を寄せた。


「なんだ、そうか。俺はもっと前に気持ちを伝えることが出来たんだな。ありがとうイーファ。人を信じられなくなっていた俺を、君は最初から無条件で信頼してくれたな。人間不信の俺を立ち直らせてくれたのはイーファだよ。俺に生きる希望をくれたのもイーファだ」


 そう言うジーンにイーファは少々呆れたように笑った。


「それで? ジーン、ここまで私に言わせてこの先も最後まで私が言うべきかしら?」


 ジーンは抱きしめていた腕を外し、床に片膝をついた。


「イーファ。俺の妻になって欲しい。どうか俺の願いを受け入れてくれ」


 イーファが差し出されたジーンの手を取り自分の頬に当てて微笑んだ。


「ええ。喜んで」


 そしてジーンの首にしがみつくと、笑って耳元で囁いた。


「あなたこそが最高の宝物だわ」



 二人の結婚の報告を聞いて、ワドルは驚かなかった。


「やっとか。ワシの目が黒いうちにその報告を聞くのは無理かと半分諦めとったわ。いい歳をして、ジーンは踏ん切りがつくのが遅すぎやわい」


 喜んでいるのか怒っているのかわからない反応だった。

 皇帝陛下からは祝いの品として「海辺の皇帝一家の別荘を自由に使う権利一生分」と「往復の高級馬車利用の権利一生分」を贈られた。

 最初は「別荘を使用人ごと贈る」と言われたのを固辞して変更してもらったのだ。


 ベラード王子だけは少々しょんぼりしていたが、命の恩人たちが結ばれることにに文句をつけるような狭量な男ではなかった。

 イーファとジーンはチルダを連れて、ソトナギルドに結婚の報告がてら旅に出た。


 ソトナの町に到着すると、ギルドには例のバイターが今も剥製となって飾られていて、海の民の活躍ぶりは芝居となってこの町のみならず近隣の町でも大人気の演目になっていた。


「お前たちのことは秘密にしたかったが、漁師たちから漏れたらしくてな」


 ギルド長は申し訳ないと頭を下げ、二人は「もう俺たちは帝国の国民だから大丈夫」と気にしなかった。


 続いて訪れたナーシャの町では皆に懐かしがられ、またこの町に戻って来いと誘われたが「帝国で結婚して家を構えた」と言うと「やっぱりそうなったか」と冒険者たちは納得した。


 久々のナーシャの森でオカリナを吹くと、黒毛大猿がやはり現れた。イーファが懐かしさのあまり歩み寄ってそっとその腕に触れると、大猿は一度姿を消し、すぐに家族を連れて来た。連れ合いらしい少し小柄な猿と子猿だ。


「お猿さん、家族がいたのね。私も家族が出来たのよ」

 

 そうイーファが話しかけると、子猿はそっとイーファの頬や髪を触り、はしゃいだ。

 やがて大猿の一家は振り返り振り返りしながら森へと消えた。見送っていたイーファが笑顔でジーンを見た。


「私、村から追放された時はこんな日が来るなんて全く思わなかった。生きていられれば上々と思ってたわ」

「それは俺の方だ。俺は生きることさえどうでもいいと思っていた。こんなに幸せな日々を過ごせるのはイーファのおかげだよ」

「私たち、二人でひとつの貝殻みたいね」

「そうだな」

「ナーン」


 チルダがイーファの足に頭をこすりつけた。


「チルダも大切な家族よ」

「さあ、そろそろ俺たちの家に帰るか」

「ええ。私たちの家に帰りましょう」


 全てを失って旅に出た二人が今、家族になって我が家を目指して出発した。


最後まで読んでくださってありがとうございました。

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