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海の娘と砂漠の男と猫の旅  作者: 守雨


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4  タニの町で冒険者登録     

 翌日の昼、ひと晩かけて燻した紅狐の皮四枚はジーンが担ぎ、牙はイーファが携えてタニという町に入った。こじんまりした町だったが冒険者ギルドはちゃんとあった。

 イーファがバタフライドアを押し開けて中に入ると、それまでの喧騒がピタリと止んで、中の人々の目が全てイーファに向けられた。


「買い取りの窓口はどちらですか?」


 イーファが尋ねると、何人かが奥のカウンターを指差した。

 何拍か遅れてたくさんの目がイーファの後ろにいるジーンにも向かう。冒険者たちが「親子か? 違うな。夫婦でもなさそうな」とヒソヒソと噂している。

 ジーンは(俺が担いでいる四枚の紅狐の皮も注目すべき代物だと思うが)と苦笑する。もちろん、真っ赤な毛皮に気付いて「おい、あれって」と噂をしている冒険者もいた。


 素材買い取り用のカウンターには体格のいい壮年の男が待ち構えていて、ジーンが濃い紅色の毛皮を四枚広げると嬉しそうに口の端を引き上げた。


「随分と状態がいい。しかも脂を剥がしてあるのは助かる。手間の分を上乗せするよ。ああ、こっちの毛皮は矢尻の穴があるな。それじゃあ無傷のほうは大銀貨一枚、穴あきの方は小銀貨八枚……と言いたいが、脂を剥がした手間賃を上乗せして、全部大銀貨一枚で引き取るよ」

「それでお願いします」

「よし、決まりだ。他に何かあるか?」

「牙が四頭分あります」


 イーファがカウンターにザラザラと大人の中指ほども長く太い牙を並べると、男がヒューッと口笛を鳴らす。


「ああ、いいね。なかなかこうは綺麗に外せないもんだが。牙全部で大銀貨一枚でどうだ?」

「それでお願いします」

「よし、決まりだ。これはそちらの旦那さんが仕留めたのかい?」


 ジーンが少しだけきまり悪そうに答えた。


「あー、二人で、かな。無傷の方が彼女で穴あきの方を仕留めたのが、残念ながら俺だ」


 買い取り係の男の動きが一瞬止まり、イーファの全身を素早く見定める。


「嬢ちゃん、冒険者登録はしてるんだよな? もしまだだったら登録をしていかないか?」


 そう言われてイーファがジーンを振り返り(どうしましょう)と目で尋ねる。


「登録しておいて損はないさ。登録料は素材から引いてもらえばいい」

「では登録をお願いします。登録料は買い取りから引いてください」


 ジーンの言葉に従ってイーファが交渉する。イーファとジーンは代金を受け取り、二人で冒険者登録を済ませ、そのまま隣の食堂で昼食を食べることにした。

 周りの視線を全く気にせず黙々と定食を食べるイーファは見事な食べっぷりで、かなりの大盛りだった皿を綺麗に片付けていく。


 今日の定食は羊の肉がメインで、海で育ったイーファには食べなれない食材だったが、空腹すぎて味にこだわれる状態ではなかった。

 先に食べ終わったイーファはジーンに向かって「ゆっくり食べていてください」と声をかけ、リュックの中を整理し始めた。


 草で編んだ小袋を何個もテーブルに出した後、巻いて紐で縛った銀獣ラルーの毛皮を出そうとした。ジーンが急いで手の平を立て、やめさせた。


 イーファに(え?)と目で聞かれて(それはやめとけ)という意味で小さく頭を振る。初めて来た場所で貴重で高級な毛皮を披露して興味を持たれるのは余計な問題を引き起こす。ジーンはもめ事はごめんだった。


「それをやたらに人に見せるな。とんでもなく高いんだぞ」

「そうだったんですか。ならもっと持ち出せばよかったです」


 互いに小声だ。ジーンは(頭の良い子で助かった。のみ込みが早い)とホッとした。


「あとで私の持ち物を見てくれますか? 他にも人に見せない方がいいものがあったら困りますから」

「俺のことを信用するのか。悪いやつかもしれないぞ?」


 そう小声で尋ねるとイーファは一瞬無表情になったが、ほんの少し唇の端を持ち上げた。


「そうは思えないくらい親切にしてもらってます」


 間違いとは言い切れずジーンは渋い顔になる。そんなジーンを見たイーファが、声は出さずに花が開くように笑った。

 すると、周囲でそれとなくこちらの様子を伺っていた男たちがザワッとする。イーファの笑顔は実に華やかで美しかったのだ。イーファの顔が整っていて美しいのは最初から気づいていたジーンは、周囲の男どもがイーファに惹きつけられてもめることがないといいと案じていた。

 だが残念ながら既にイーファは注目されていた。


「色々と胃の痛いことだ」


 ジーンが普通の大きさの声でぼやくと意味がわかってるのかどうか、イーファがまた小さく笑った。ジーンが昼食を食べ終わると、イーファが服と靴を買いに行ってくると言いだした。彼女の目を引く服装を考えればそれもそうかと思ったが、世間知らずのこの娘一人じゃ……と、ジーンは心配になる。

 買取金を山分けしてから二人で洋品店に行くことにした。


 洋品店は幸い近かった。「自分が選んだ服がおかしくないか見ていてほしい」とイーファに頼まれて一緒に店内に入るが、ここでもイーファは他の客の注目を集めてしまう。

 試着したイーファが、試着室のカーテンを開けて見せるたび、店員が目を輝かせて褒めちぎる。

 たしかに、ほっそりしていながら引き締まった筋肉の付いた体、長い手足だから何を着ても良く似合う。


 イーファはゆったりした厚手の布のパンツ一本に頭からかぶるシャツを一枚、編み上げのショートブーツを買い上げた。安さと機能性優先らしい。ジーンも二、三枚の着替えを買って店を出た。

 ジーンはかなり眠い。このまま旅を進めてもいいが、昨夜は夜通し毛皮と格闘していた。今はどこかの宿で体を綺麗にして眠りたかった。


「俺は宿で眠りたいんだが」

「宿ですか。ギルドで受け取ったお金で足りますかね」


 不安がるイーファはたいして疲れも見えない。ジーンが「絶対に足りる、なんなら俺が君の分も出してもいい」と言いつのった。イーファはその場で「いえ、それはいいです。自分の分は自分で払います」と断る。


「俺は宿がある場所では宿に泊まりたい。徹夜明けに野宿するほど若かないんだよ」

「なるほど。宿を探しましょうか。そんなに疲れていたんですね」

「三十を過ぎると徹夜の疲れは後を引くんだ。言っている自分が切なすぎるが、本当だよ。お前もいずれわかる」

「なるほど」


 イーファは淡々と答えると宿を探し始めた。


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