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37 再会

 大型の獣は濃い灰色のネコ科の獣だった。母を求めて鳴き声を上げ続けるグレの声に引き寄せられるように小走りでジーン達の所まで来た。


(大きい……)


 子牛ほどもある大きさだ。ライオンよりひと回りは大きいか。その獣はグレの元まで来ると『ゴウルルルル』と甘い声を出してどさりと横になった。


 イーファはオカリナを吹き続けながら足元を見る。イーファの足に触れるか触れないかのところに母親の背中がある。


 グレが頭をフルフルと振りながらお乳に吸い付いた。両前足をグーパーグーパーしながら乳を揉み、ゴクゴクチュクチュクと乳を飲んでいる。


 母親は満足げに乳を飲ませながらうっとりした顔で目を閉じた。その目頭から紫色の液体が流れ始めた。


 普段からリラックスしてる時に涙が流れているのか、目頭から鼻筋の両脇に濃い紫のラインが走っている。


(これか?これが砂漠猫の涙なのか?)


 ジーンがイーファを見るとイーファは(多分そう!)と小さく頷いた。


(ワドルさん?)と見ればワドルは薄目を開けて母と子の様子を見ていたが、ジーンと目が合うと自信ありげにコクリと首を縦に動かす。


(よし、今しかない)


 ジーンがゆっくりしゃがみ込み、母親の目頭に小瓶を当てた。母親は動かない。オカリナの音色にくつろいでいるのか、グレに乳を与えることを優先しているのか。


 短い毛に邪魔されて効率は悪いながらも少しずつ少しずつ紫色の涙が小瓶に溜まっていく。


(頼む、まだまだ乳を飲んでいてくれよ)


 そう祈りながらジーンが小瓶を持ち続ける。ガラスの小瓶に溜まっていく液体は透明でアメジストのような深い紫色だ。


 チュパッと音を立ててグレが乳首から口を離した。


(ここまでかっ)と三人全員が無念な顔をしたが、グレは吸い尽くして出が悪くなった乳首をやめて他の乳首に吸い付いただけだった。


「はぁ……」


 ワドルとジーンが同時にため息を吐いた。グレは再びグーパーグーパーして乳を揉みながらチュクチュクと乳を飲む。


 小瓶にたっぷり紫色の涙が溜まり、ジーンが素早く蓋をして次の小瓶を母親の目頭に当てる。母親は一度目を開き、ジーンと目が合ったが、そのまま目を閉じた。


 口を開ければジーンの頭が丸齧り出来る場所で見た母親の瞳は澄んだ紫色で、生きている宝石のようだった。


 ワドルは息を浅くして母親を刺激しないよう顔だけを右に向けて親子の様子を窺っている。


(なんと美しい生き物か。これが砂漠猫か。どの文献にもこれほどの大きさとは書いてなかったぞ。そして紫の瞳の輝きと言ったら)


 感無量で親子の姿をじっと眺める。


 砂が入らないようにか、それとも厳しい寒暖差を生き延びるためか、分厚く密生した毛は濃い灰色で艶々と光を放っている。どんな獣の毛皮よりも美しい。


 四肢の太さはワドルの脚の倍以上も太い。ワドルの顔ほどもある足は肉球が見えないほど毛が生えていて、爪はほとんど隠れているが先端が少しだけ見えており、そこから想像する全体像は小型のナイフと遜色ない大きさだ。


 やがて二本目の小瓶も一杯になった。


(俺はなんで二本しか持って来なかったか!)


 ジーンが頭を掻きむしりたい気持ちで二本目の小瓶にコルクの蓋をした。


 イーファはまだオカリナを吹き続けている。こんなに長く吹いたのは初めてだ。


 グレがチュパッと乳首から口を離した。今度こそ満腹になったらしい。母親はグレを大きな舌でザリザリと音を立てて舐めた。グレは目を閉じて舐められるまま大人しくしている。


(さて、ここからどうする)


 ワドルは気が気ではないが、怯えや恐怖がこの大きな母親に伝われば皆殺しにされそうに思えて(ええいどうとでもなれ)と覚悟を決めて目を閉じた。オカリナはまだ奏でられている。





「ワドルさん、もう大丈夫ですよ」

 ジーンの声にそっとワドルが目を開けた。



 砂漠猫は居なかった。

 慌てて目をやると、母親は少し離れたところを子猫の首根っこを咥えて悠然と歩いている。グレは力を抜いて大人しく母親に咥えられたままブラブラと運ばれていく。他の動物たちも少しずつ帰って行くところだった。


「バイバイ、グレ」

 

 たった数日間だったが情が湧いていたイーファが泣いている。


「親のところに戻れてグレも幸せさ」

「ひーん」


 イーファがジーンの胸に頭を付けて泣いた。ジーンはイーファの背中を優しくさすって好きなだけ泣かせている。


「ジーン、小瓶を見せてくれるか?」


 そんな優しい空気を読まずにワドルが言い、ジーンは片手でポケットから二本の小瓶を取り出して手渡した。


「これが砂漠猫の涙。なんと美しい色か」

「ワドルさん、俺たちからお願いがある」

 

 ジーンの声にイーファもグスグスと泣きながら頷いた。


「なんじゃ。ミスリル鉱脈のこともある。大抵の願いは叶えられるはずだ」


「俺たちが関わったことは秘密にしてほしいんだ。俺たちは注目されたくない。静かにのんびり暮らしたいんだ。何よりもイーファの力を狙う人間からイーファを守りたい」


「うむ。約束しよう。しかし王家は、いや、人の親としては感謝を示したいと思うはずだが、それもダメか?」


「俺たちの名前を出さなければ構わないが」


「そうしよう。約束する。今回のことでお前たちに煩わしい思いはさせぬ。だから褒美は何がいいか考えておいてくれ。我が子のために特効薬を手に入れた恩人に何もしないのは、それはそれで親としてはつらいものだからな」


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