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海の娘と砂漠の男と猫の旅  作者: 守雨


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34 近づかない影     

 チルダの視線の先に黒いシルエットとなって佇むのは、かなり大型の動物だ。


(あれは?)


 王子時代から王弟時代まで、各国の自然や動植物の知識をこれでもかと叩き込まれたジーンも見覚えがない動物だ。


(虎? 豹? それとも雌ライオン?)


 ネコ科の動物のようだが、見たこともない大きさだ。(あれは砂漠『猫』ではあるまい)と思いつつ近寄らない黒い影をジッと見つめた。

 いつまで待っても大きな影は近寄ることはなかった。


「まあ、一回で来るわけないよね」


 イーファは笑って、隣で立っているジーンを見上げる。


「あれ?どうかした?ジーン」

「イーファは座っていたから見えなかったか。だいぶ遠くだったが、かなり大型の獣が来ていたんだ」

「大きいってどれくらい?」

「虎とか豹とか、ライオンくらいか、それより大きかった、猫ではないわな」

「ライオンより大きいなんて、ちょっと怖いわね」


 ジーンが腕組みをした。


「なんだろう。俺も知らないヤツだ。まあ何にしろ猫と呼べる大きさじゃないし涙をどうこう出来る距離でもなかったけどな」

「そっか。今日はここまでにして、大サソリか酔っ払いサボテン を採取しようか。ギルドに張り紙があったよね」

「そうだな。ワドルさんに日当をはずむとは言われてるけど、手ぶらで日当を貰うのはさすがにな」

「せめて何か持って帰りたいものね。ワドルさんが欲しいかどうかはわからないけど、おすそ分けしてもいいよね」


 二人はせっせと大サソリを捕まえたり、丸い形のサボテンを見つけてはナイフで周りを削いで中心の水分たっぷりのスポンジ部分を取り出して瓶に汁を絞った。これはそのまま保存しておくと糖分と酵母の力で発酵して酒になる。

 

 さあ、もう帰ろうかという頃になって、二人はチルダがいないことに気づいた。ついさっきまで二人の近くにいたのに。


「チルダー! チルダどこー?」


 イーファはチルダが砂漠の動植物に捕まってないかと気が気でない。そもそも賢いチルダは呼べば必ず返事をして、こんなふうに探させたことなどなかった。


「こっちだ」


 ジーンが砂利混じりの砂漠の表面を目で追いながら歩き出した。

 ここアルズール砂漠は細かい砂だけの砂漠ではなく、太古の昔には豊かな森だった土地が干上がって出来た砂漠で、あちこちに硬い土と石ころだらけの場所がある。ジーンは砂漠の国の生まれ育ちだけあってそんな場所でも足跡を見つけられる。


 イーファはジーンに付き従い、座っていた丘をぐるりと回るよう進む。やがてイーファが「水の匂いがする」と言い出した。


「いや、地図を見るとこの辺に水場は無いはずだが」と言ったジーンだが、イーファの水に対する嗅覚は外れたためしがない。

 イーファが匂いをたどりつつ歩く。緩い傾斜の丘の裾野を半周するのにどれくらいの時間が経ったか。


「ここから水の匂いがする」とイーファが言う場所まで来た。イーファがひと抱えほどの石と石の隙間に顔をくっつけて「間違いない」と言っているが、ジーンには水の匂いは嗅ぎ取れない。


「でもイーファ、さすがにこんな隙間からチルダは入らないだろう?」

「ううん。以前泊まってた白猫亭の女将さんが『猫は水みたいにするりと隙間に入り込む』ってよく言ってたもの」


 イーファは不安そうで、小さな隙間から目を離さずに言う。


「チルダァァァ!」


 隙間に口を当てるようにしてイーファが呼びかけた。


「ニャアアアアッ!」


 隙間の奥のかなり遠くから、チルダの声が返ってくる。イーファは大きな石を動かそうとするが動かず、ジーンと二人でやっとひとつ動かした。隙間が少し大きくなった。


「チルダァァァ!」

「ニャアアッ!」

「奥で何かあって戻れなくなってるんだわ!」

「よし、二人で一緒に石をひとつずつ動かそう」


 夜が明けて、次第に日が高くなり気温も上がる。二人は汗をかきながら沢山の石を動かした。

 突然ジーンが動きを止めてイーファの顔を見つめて話しかけた。


「イーファ、これ、おかしくないか?」

「ええ。おかしいわね。ある程度大きさの揃った石が一箇所に集まってる」

「わざと積んだように見えるな」

「見えるわね」


 そして再び石を動かす。二人がかりでやっと動かせる大きさの石を二十個ほどどかすと、そこに人が一人這って入れるほどの穴があった。


「俺が先に入る」


 ジーンがナイフを抜いて四つん這いになり、イーファが後ろから続いた。



 狭いのは入口だけで、少しの間下りの傾斜を這って進むと、腰を屈めれば立って歩ける細いトンネルになった。奥から微かに風が吹いて来る。暗くて中が見えず、ジーンは腰の小袋からロウソクを取り出して火付棒で火をつけた。トンネルの壁も床も乾いた土でガッチリ固められている。


「間違いないわ。この奥に水場がある」


 イーファが断言した。


「イーファ、ここから先は俺が行く。イーファは万が一に備えてここにいてくれ」

「万が一って?」

「ここは崩れるかもしれない。二人で閉じ込められたら助けを求めに行けないだろ?」


 イーファは少し考えて頷いた。


「わかった。チルダをお願いします」


 そう言ってイーファは小さな笛をジーンの首にかけた。痺れ笛だ。水中で回せば魚をパニックに陥らせる音を出すが、そのまま吹けばピーッと高音の笛の音が出る品だ。


「任せとけ。チルダは必ず連れて帰るよ」


 ジーンがロウソクを片手に奥へと進んで行った。


 

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