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29 コモリトカゲとカエル

「目を守れ!毒をかけられるぞ!」


 木々の間から現れたのは、茶色の表皮にオレンジ色の斑点があり、体長がジーンほどもある大型の『コモリトカゲ』だ。


 その名の通り卵を産んでから幼体までの間は子守をするトカゲで、その期間は特に凶暴になる。敵と見なせば、目を狙って毒を正確に吹き付けてくる危険なヤツだ。


 イーファはトカゲが口を開けて構えるのを待たず、背中を向けて一気に手近な木に登った。


「ここまで登れば大丈夫かな」

「たぶん」


 ジーンも手近な木に登り枝に乗った。


「ジーンはほんとに物知りよね」

「みっちり叩き込まれたんだよ。軍に入ればいつどこで戦うかわからなかったからな」


「なるほどねぇ」


 感心しながらイーファはナイフを構える。


「いや、イーファ、毒は相当飛ぶし狙いが正確なんだよ」


「見てなさいって」


 ジーンが「おい!」と止める頃にはイーファはもう後ろ向きに宙返りしていた。


 高い枝から宙返りしながらトカゲの上に飛び降り、頭の真ん中を深々とナイフで刺して仕留めたイーファだったが、すぐに「ううううっ」とうめき声をあげた。


「どうした!目に入ったのか!」

 枝から飛び降りて駆け寄ると、イーファの背中が毒液でビシャリと濡れていて、滴った毒液がズボンのウエスト部分から中に入り込んでいる。


「痛い……焼けるような」


 ジーンがイーファを背負って走り出した。


「水の匂いはこっちだったな?わかるか?指で示せ!」


「うん、こっち、真っ直ぐ、うううっ!」

「痛いのか?もう少し我慢してくれ」


 イーファの鼻を頼りに走り抜けると視界が開け、小さな泉があった。驚くほど透明度が高く、底の砂が絶えず舞っている。湧き水だ。


「この水なら大丈夫そうだ。イーファ、服を脱げるか?」


「痛い。ジーン、ズボンが肌に触れないようにウエストのとこ、引っ張って浮かしておいて」



 背中から下ろしたイーファが痛みでうずくまっている。そっと背中側のウエスト部分を引っ張ると、毒液が流れ込んだ部分が早くも赤くなっている。


「ボタンを外せ。俺は後ろに引っ張ってるから。自分で脱げるな?」


「うん、うん」


 ジーンは目を逸らして見ないようにしているのだが、イーファは痛みのあまり羞恥心がすっ飛んでいるのか、そもそもジーンを男性と意識していないのか。


 ジーン自身はそれなりに女性の体など見慣れてはいるものの、イーファには気を遣っているのに。


 つるりと卵の殻を剥くようにズボンを脱ぐと、イーファは横倒しに倒れ込むように水に入り、「ふわー!冷たくて気持ちがいい!痛みが引く!」などと言っている。


「あんなサラサラした毒液だと思わなかった。しかも大量すぎる!」


「俺は木の上から宙返りして正確に頭を刺したお前の方が驚きだよ。海育ちなのになんであんなことが出来るんだか」


 イーファの方を見ないようにしながら軽口を叩いていると、イーファが大人しい。


「どうした?」

 と振り返ると、向こう向きのまま「毒、落ちるかなぁ」などと言いながらイーファは水に腰まで浸かった状態で下着とズボンをもみ洗いしていた。真っ白なお尻に毒液の跡が真っ赤になっていてかなり痛々しい。が、爛れてはいないのでほっとする。



「ジーン」

「なんだ」

「跡が残らないといいんだけど」

「そうだなぁ」

「残ったら嫌だわ」

「俺は気にしないが」


 返事がないので「いや、冗談だよ」と言おうとしてイーファが真面目な顔で見返しているので慌てる。


「ほんとに気にしない?」

「俺はね」

「お尻にカエルみたいな跡があっても?」

「カエル?」


 思わず水中の真っ白なお尻に目をやると、背中とお尻の境目あたりが、確かにカエルの頭そっくりの形に赤くなっていた。出っ張った目玉までちゃんと二つある。赤ん坊の頭サイズの赤ガエルだ。


 笑いそうになり、急いで顔を整えたが間に合わず。


「そうよね。笑うわよね。お尻にカエルだものね」と言うイーファが半泣きだ。


「あー。すまん。泣くな。俺が悪かった。配慮に欠けていて申し訳ない」


「泣いてないわよ」

 そう言うとイーファは絞った下着とズボンを向こう向きのまま履き、スタスタとトカゲの方に向かって歩き出す。


 歩きながらズボンの後ろを引っ張っているのは、まだ痛いのだろう。


 機嫌を取るジーンに「別に怒ってないし泣いてもいないわ」と冷たいイーファは、コモリトカゲの皮を器用に剥ぎ、肉を切り取り網に入れると、緑蛇とツノウサギをぶら下げたジーンと共に馬車までズボンを引っ張りながら歩くのだった。



 

 その夜、大家の家で豪勢な夕食をご馳走になりながらイーファが話したのは、船人時代の話ではなく、コモリトカゲをいかにして狩ったか、だった。


 高枝から後ろ向きに宙返りして頭を刺し通した話もワドルを驚かせたが、毒液でお尻にカエルの形そっくりな爛れが出来たことを話すと、大家は気の毒そうな顔を作ろうとしたが、堪えきれずに笑ってしまい、イーファにじっとりとした目で睨まれた。


「いやいや、すまん。おそらく跡は残らんよ。あの毒は目に入れば大変だが、尻なら時間が綺麗に治してくれるはずだよ」


 そしてまた顔を背けてくっくっくっと笑ってしまうのだった。


「まあ、ワドルは夕飯をご馳走してくれたから笑っても許すわ」

 

 イーファの言葉に「え?俺は?」と慌てるジーンだったが、ワドルに


「乙女の尻を見ておいて笑うような不届き者は、しばらく叱られていればいい」


 と言われて終わるのだった。





「おやすみなさい、ワドルさん。ごちそうさまでした。あんなすごいご馳走を作れるんですね!美味しかったわ。次は遠い海の話をしますね」


 そう言って帰って行くイーファたちを見送ったワドルは、久々に楽しい気持ちでベッドに入る。


(気立のいい若者たちでよかった)


 お金と時間はたっぷり有るのに体が思うようにならないワドルにとって、若い人たちの話を聞くのは一番の楽しみなのだ。


 来週がとても楽しみだった。

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