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海の娘と砂漠の男と猫の旅  作者: 守雨


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3  狩猟の女神     

 夕食を終え、二人とも焚き火の熱でくつろいでいた。

 ジーンは自分だけなら、木の幹を背中にして座ったまま寝るのだが、今夜はイーファを大きな木と焚き火の間に寝かせ、自分は焚き火の横で微睡まどろんでいた。


 うとうとしていたのは一時間か二時間か。

 微かな気配にジーンが気づくと同時にイーファが右手にナイフを構えて身を起こした。

 ジーンは口に人差し指を当てて(静かに)と合図を送り、小型の弓(ミニマム)を構えた。


 焚き火の光を反射する黄色い目が四組。闇の中からこちらをジッと見ていたが、ほんの少しずつ距離が縮んでいる。


 ビュンッ!とジーンが火のついた枝を一本投げつけると「ギャンッ!」と鳴き声が上がった。相手は逃げない。それどころかジーンの弓を合図にしたように、相手は一斉に飛びかかって来た。


「イーファ! 木を背中にしていろ!」


小型弓ミニマムを撃ちながら怒鳴ったけれど返事がない。

 慌てて振り返るとイーファは既に一頭を倒し、次の敵に向かって逆手に持ったナイフを横に払っているところだった。


 二頭目は喉を裂かれ、飛びかかる途中の勢いのまま声も出さずにドスンと落ちた。辺りに濃く鉄の臭いが漂う。


 ジーン、イーファ、それぞれが二頭ずつ倒した。

 襲って来たのは紅狐レッドフォックスだった。小さな群れを作って狩りをする賢い狐だ。


「イーファ、君はたいした腕なんだな」

「地面の上だと海の中より力を入れやすいですね。ジーンの腕もすごいです。でも毛皮が傷んじゃいましたね」

「毛皮?」


 二対四で命が助かっただけでもありがたいところだろうと言いかけたが、イーファが始めたことを見て口を閉じた。

 細い体のイーファが、ひとつに縛った銀色の髪をきらめかせながら紅狐を解体している。


 手際良く毛皮にナイフを入れ、どんどん肉から剥がす。無駄のない素早いナイフ捌きで見事な毛皮が出来上がっていく。


 四匹全部を片付けて、汚れた両手を辺りの砂や土で大雑把にこすり落とし、細いロープを手のひらに巻きつけた。滑り止めか。今度は毛皮にナイフを向けて何か作業をしている。


「ええとイーファ、今度はなにを?」

「脂を取ってます。脂が付いたままだと早く腐りますから。毛皮を売ればお金になるでしょうし。夕焼けみたいなとても綺麗な色の毛皮ですものね」


 手を止めてこちらを振り向いた顔に点々と赤いものが付いている。闘った興奮からか、目を輝かせているイーファは狩猟の女神かと言いたくなる美しさだ。

 圧倒されたジーンが「何か手伝うことはあるか」と尋ねると、毛皮を煙で燻すから長めの枝を五本用意してほしいと言う。


(いやはや、何者だよ。獣に襲われても悲鳴ひとつ上げない。あっけなく仕留めて毛皮を剥ぐ。矢二本ずつできっちり仕留めた俺の方が、毛皮を傷物にした素人になってるよ)


 言われた通りに長い枝を五本抱えて戻ると、イーファが満足そうな顔でそれを受け取り、ロープで手際良く縛って毛皮を燻すための『馬』を作った。


「まだ寝ないのか?」

「こんなに血の匂いがしていたら、他の獣が寄って来るかもしれません。それにあと少しで脂を取り終えます。海の獣に比べたら脂が少なくて楽です」


 状況は今、イーファが場のリーダーだ。それがなんとも可笑しくなって、ジーンは顔が緩んでしまうのを止められない。


「なぜ笑ってるんですか?」

「いや、すまない、なんでもないんだ」


 ジーンは横になり、体の向きを変えて心置きなくニヤついた。故郷を追放されてから久々に笑っているなと気がついた。

 ふいにイーファが話しだした。


「狐は生きるために私たちを食べようとしました。私たちも生きるために狐を殺しました。皮が使えるなら手間は惜しみたくないんです。それが命を奪った側の礼儀だと、教わって育ちました。朝になったら牙も取ります。無駄にしたら狐に悪いから」


 ジーンが慌てた。


「ああ、すまないイーファ。君を馬鹿にして笑ったんじゃないんだ。そう見えたなら謝るよ。君があんまり生き生きしていて狩猟の女神みたいで見とれたんだ。生まれ育った場所を出てからずっとひとり旅だったものだから、ついはしゃいでしまった。すまなかった」

「怒ってはいません。なぜ笑ってるのかわからなかっただけです。明日になったら水浴びして血をちゃんと落とします」

「イーファ、俺にも脂の剥がし方を教えてくれるか?」

「はい!」


 イーファの硬い表情が少しゆるんで返事をした。

 楽しい旅になりそうだ、とジーンは再び微笑んだ。


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