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海の娘と砂漠の男と猫の旅  作者: 守雨


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24 対決     

 ギルド長室での話し合いから十日後。

 まだ薄暗い時間。朝靄が濃く残っているうちに五人が湖岸に集まった。

 やがて太陽が顔を出すと、打ち合わせの通りに全員が言葉なく動き出した。


 コルビーの船にはコルビーとイーファが乗り込んで湖の中央に向かって止まる。

 マイクの船はコルビーよりも湖岸よりに位置を取った。湖岸に更にもう一艘。ギルド長とジーンが乗っている。


 面々が揃って「そろそろ」と視線を交わしていると、「おーい」とのんきな声がして岸辺に二十人ほどの人間が現れた。


「おまえたち!」


 ギルド長が驚いているとその中の一人が「ギルド長、自分たちだけで面白いことやるのは無しですよ」と笑う。

 その後ろから受付のハルが出てきた。


「ごめんなさいっ!ギルド長が『自分に何かあったら読め』なんて言うから! 渡してくれた手紙、心配で我慢できずに読んじゃいました! ひどいです! 私たちになんで相談してくれないんですか!」


 他の冒険者たちも口々に文句を言い出す。


「相談くらいしてくれ!」

「もっと頼りにしてくれって!」

「網を引く! 手伝わせてくれ!」



 さらに小舟が二艘やってきた。それぞれの船に屈強な漁師が二人ずつ乗っている。


「コルビーさん。俺たちも参加させてくれ」

「漁師の俺たちを仲間外れにするのはないよ」

「ハルちゃんから声をかけてもらったんだ」


 ギルド長もマイクもコルビーも一瞬呆れたような顔をしたが、すぐに苦笑した。

 イーファが代表して礼を述べた。


「ありがとうございます! 私が深みからアイツを誘き出すので、みんなで網に追い込んで仕留めましょう!」」


 総勢二十四人の助っ人たちがうなずいた。

 網は漁師たちが船で運んで湖に仕掛けられ、網の両端は紐を結びつけられて冒険者たちが握った。


 漁師と泳ぎの得意な冒険者は槍を持ち、『ソレ』が逃げないように網の近くに船で陣取った。

 やがて太陽の位置が変わり光が湖に差し込む。朝日が差し込むのを待っていたイーファが水に飛び込んだ。

 そのまま深みに向かって落ちるように真っ直ぐ進み、光が届くギリギリの所で止まった。コルビーとマイクは覗き箱で水中を監視している。

 突然、イーファが猛烈な速さで岸の方向に斜めに上がってくる。


「出たか」


 コルビーがつぶやく。イーファが真上ではなく斜めに浮上しているのは、なるべく岸に近い場所に『ソレ』誘き出すためだ。


「どこにいやがる!」


 水中をせわしなく探していると、コルビーの視界の中で湖底の闇が一部分だけ動いたように見えた。『ソレ』はほとんど浮上せず一定の深度を保ったままイーファを追っている。

 コルビーが舌打ちした。


「くそっ! なんで上がって来ないっ!」


 水面の近くを通る時に船から青銅の杭を何本も打ち込むという一番目の作戦はこれでダメになった。

 次の作戦に変更だ。

 イーファは緩い角度を保って上昇し続けている。脅威の心肺能力だ。

 湖底が一段浅くなる地点で『それ』が急角度で浮上してきた。上がるついでに一気にイーファを飲み込むつもりなのかもしれない。


 目視できる水深まで来た『ソレ』は濃い灰色に薄い灰色の斑点のある巨大な魚に見えた。ただ、コルビーが知ってるどの魚とも違う。

 大きくて丸い目玉のある頭から体の前半までが、灰色のよろいのような物で覆われている。しかも口から見える歯は牙ではなく歪んだ板状で、鎧と同じ濃い灰色だ。


「なんだ……ありゃあ」


 そうつぶやくマイクの船のすぐ脇をイーファが通った。

 マイクがタイミングを測っておもりをつけたもりを投げ入れた。

 錘のおかげでブレずに垂直に沈んでいく銛をイーファが水中で掴み取り、錘を外して反転すると一気に加速して『それ』を目指した。


『ソレ』が口を全開にした。自分に向かって突進する愚かな獲物を飲み込むつもりなのだ。

 覗き箱で水中を覗いていたジーンがたまらず「くっ!」と呻いた。


 コルビーがイーファを目指して船を移動させている。石化けの痺れ毒を塗ってある杭が五本と、ヒソヒソの猛毒を塗った杭が五本。


 最悪の事態になったら、イーファが必要な場所に落とす予定だ。ただ、それを落としたらもう、イーファも毒の影響を受けかねない。水を飲まなくても、目が水に触れる。


(食われるなよ、イーファ!)

 

 コルビーは魯を漕ぐ手にありったけの力を込めた。



 『ソレ』はもう我慢が出来なかった。ある日、自分を呼びよせるいい匂いがした。

 その匂いを追うと、獲物は明るい上に逃げてしまう。明るい場所は危ない。だから我慢した。


 でもまたいい匂いはやって来る。我慢出来ずまた追い、また逃げられる。

 だんだん明るい場所に入り込むが、それも慣れて来た。


 引き寄せられる匂い。

 食べたい。食べたい。いい匂い。

 食べたい。食べたい。いい匂い。

 食べたい。食べたい。なんていい匂い。


 狂おしい飢餓感でいい匂いを追いかけた。何がなんでも食べたくて、いつもなら絶対に上がらない高さまで上がった。普段、魚しかいない湖に人間の匂いがして船も見える。あれは危ない。とても危ない。それでも食べたい。

 危険だと本能がうるさく警報を鳴らすが、どうしても食べたい。


 湖底が一段浅くなる場所まで追いかけた。

 するといい匂いが自分に向かって泳いできた。


 やっと食べられる。いい匂い。

 限界まで口を開け、陶然として『ソレ』は飲み込む準備をした。


 


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