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海の娘と砂漠の男と猫の旅  作者: 守雨


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23 ソトナギルドの男たち     

 今日からイーファにコルビーが同行することになった。

 ジーンは手に入れたい物があると言って朝から出かけている。

 コルビーは漁港から船で来た。使い込まれた小ぶりの漁師船だ。


 森を通って来たイーファが手製のもりを手にして湖岸で待っていた。コルビーが手を振るとさっさと服を脱ぎ出し、水着姿になった。


(なるほど。あれが船村の水着か。漁師に伝わる御伽噺と思っていたが。本当だったんだな)

 

 イーファは肌があちこちむき出しの水着で水面を見つめている。その立ち姿は、銀の髪と相まって神々しささえ感じられる。

 イーファはすぐ、飛沫をほとんど上げずに水に入った。水面下で全身を上下にしならせるような泳ぎ方で船に近寄って顔を出すと「おはようございます」と挨拶した。コルビーが目を剥くほど泳ぎが速い。


「今から長く潜りますけど心配しないでください。三百数えるくらいで戻ります」


 笑顔で「じゃ」と言うとイーファは水に潜った。今日は相手がいるかどうかを遠目に確認するだけと話し合って決めた。


「三百ねぇ」


 呆れつつコルビーは水中箱を取り出し、船べりから身を乗り出して箱を水面に付けた。


 白いイーファの姿が恐ろしい勢いで下に向かって小さくなっていく。やがてその白い体の輪郭ががぼんやりと暗さに滲んだ辺りでイーファが横に移動した。


「まるっきり魚の動きだな」


 感心して見ていると、イーファが今度は猛烈な勢いで上がって来る。

 その背後、深く暗い場所に『ソレ』がいた。『ソレ』はゆっくりと動いていて、イーファの匂いをたどるかのように緩やかなカーブを描きつつイーファを追っていた。


「話が違うじゃねえか!」


 イーファの話ではいつも光が入らない暗い場所から出ないとのことだったが、そのお約束は今日から無しになったらしい。

 コルビーはガバッと身を起こし、用意していたウサギの生肉をイーファから離れた位置に全力でぶん投げた。血を水に広げながらウサギの生肉が沈んでいく。


 もう一度水中箱を水につけ、イーファを探そうとしたらザバッと勢いよくイーファが船の脇に顔を出した。早い。人間離れしている。


「乗れ!」


 声をかけてそのまま中を覗くと、『ソレ』はクッと向きを変え、がっつくことなく悠然と肉が落ちて来るほうへ向かって泳いでいる。

 ぼんやりと見える灰色の巨体はこの船と同じくらいか。いや、船より少し大きいか。血の匂いをさせながら沈んでいく肉に近づくと、口を開けて吸い込むように飲み込んで反転し、湖底へと消えた。


 ◇


 ギルド長と素材買い取り係のマイクは、コルビーとイーファの報告を聞いて顔色が悪い。


「やはり私を狙っていると思います」

「見たこともない生き物だった。魚だとは思うが、暗い灰色で俺の船くらいの大きさ。肉食。細かい部分は見えなかった。あれが漁港の方に移動したら大惨事になるぞ」

「そんな生き物がこの湖にいたとはな」


 ギルド長が険しい声でそうつぶやく。マイクがキッと顔を上げた。


「ギルド長、私がもう一艘船を出します。一艘だけじゃ船を壊されたり沈められたりしたら、逃げ場がない」


 マイクが参加を告げたところでノックと声がけをしてジーンが入って来た。


「ジーン!どこに行ってたの?」

「ちょっと仕入れにね。欲しいものが手に入ったよ」


 ジーンがテーブルに仕入れたものを置いた。


絹糸蜘蛛シルクパイダーの糸! そんなにたくさん!」

「早馬を出してナーシャから取り寄せた。これで網を編んで仕掛けようとコルビーさんと話し合ったんだ」

「早馬……すごくお金がかかるんじゃ」

「心配するな。俺は案外金持ちなんだ」


 ジーンは笑って流し、その場の重い空気に気がつく。


「何があった?」


 コルビーが今朝見たことを簡潔に告げると、ジーンの顔がみるみる曇る。


「魚のことは詳しくないが、だんだん距離が縮んでるなら、もういつ浅い場所で襲われてもおかしくない気がするよ」

「俺もそう思う」


 ジーンの意見にコルビーが同意した。

 ギルド長が立ち上がり、戸棚から小さな壺を二つ持って来た。


「こっちは石化けだ。生のまますり潰してある。そしてこっちは松脂だ。どちらもジーンが集めてくれた。練り合わせて銛に塗りつけよう」


 それを聞いて驚くイーファ。微笑むジーン。


「出来ることで協力するさ。イーファ、いつ始める?」

「網は私が編む。網は一週間もあれば仕上がると思うわ」


 ギルド長がひとつ息を吸って吐いた。


「では余裕を持って十日後の朝、決行だ」


 こうしてイーファ、コルビー、マイク、ギルド長、ジーンの五人が覚悟を決めた。

 ギルド長室をイーファとジーンが出ていくのを見送ってから、コルビーが口を開いた。


「ギルド長、最悪に備えて俺はヒソヒソを用意したいんだが」

「ああ、コルビー、私もそれを考えていたよ」

「イーファは猛毒を使うことを残念に思うだろうが、あの娘が食われることだけは防ぎたい」

「で、それを打ち込むのは誰がやる?」

「言い出した俺がやるさ」

「いや、コルビーさん、自分がやります」


 マイクがコルビーを止めた。


「俺は現役の時、二回先輩の漁師に体を張って助けられました。今度は自分が体張らないと、あっちに行った時に先輩に合わせる顔がないんで」


 笑って告げるマイクにギルド長が真顔を向けた。


「馬鹿野郎。最初から死ぬ気で行くな」

「わかってますよ、ギルド長。これが終わったらギルド長がこの部屋に隠してる旨い酒、ご馳走してくださいよ」

「マイク、お前なんでそれを。まあいい、好きなだけ飲ませてやる。だから無事に全員で帰って来い」


 ギルド長は部屋から人がいなくなってから簡単な手紙を書いた。帰り際に受付のハナにその手紙を手渡すといつものように笑顔で帰宅した。



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