21 漁師コルビーとイーファ
その後も毎日湖に潜ったが、黒縞鯛を追ってある程度の所まで潜ると『それ』は必ず出てくるようになってしまった。
(がっちり狙われてしまったなぁ)
いずれ「それ」は必ず襲ってくるだろう。今より腹が減った時か、私への執着心が用心を上回った時に。
そしてもうひとつ心配がある。
今まで人が近寄らなかった深さに私が潜ったせいで、『それ』は人間という獲物を知ってしまった。
これは私のせいだ。
翌朝ギルドに行き、素材買取のマイクさんに話を聞いてみた。
マイクさんは元冒険者と思われる五十代の筋骨たくましい男性だ。
「俺に聞きたいことってなんだい?」
「ソトナ湖にいる大きな肉食の生き物って、どんなのがいるか知りたいんです」
「大きなって、どのくらいだい?」
「深い場所で姿は見えなかったんですが、私を食べようと思うくらいの大きさ」
「おい。冗談じゃないよな?」
「本当のことです」
「深さは?」
「最初は私が三十五ターデで現れました。相手は四十ターデくらい。最近は現れる位置がもっと浅くなって来てます」
「なんだと?お前さん、そんな深くまで潜れるってのか?嘘だろ?」
ターデは水深の単位で平均的な大人の男を基準にして身長の何倍かを言うおおよその深さを表す。
普通の人間はそんなに深くまでは潜れない。普通はせいぜいが十五ターデまでだ。
疑いの目で見るマイクの顔を見て、イーファは帽子を取った。
流れ出る銀髪を見てマイクが驚き、納得する。
「海の民か。道理で黒縞鯛を毎日獲れるはずだ。疑って悪かった。で、いつの話だ」
「ここ最近は毎日。私を丸飲みか食い千切るつもりかはわかりませんが、食べようとしてるのは間違いありません」
「落ち着いた顔で言うことじゃないぞ。なあイーファ、漁師たちがいる区域で働くんじゃダメなのか?」
「船や仕掛けを使って働いてる人たちの所に私が行って、一人だけ四十ターデ潜って短時間で稼いで、揉めないと思いますか?」
「ああ、そうか。確かにな」
「それに、私が場所を変えたせいで『それ』を漁場に引き寄せたら、大変なことになります。潜る場所を変えても何日かすると来るんです。執着されてる気がします」
「毎日来るとなると、それもあり得る、か。俺も水の中のことはそれほど詳しくない。知り合いの漁師を紹介するよ。この湖で長年漁師をやってる人だ」
翌日の夕方。宿に来客があった。
一階の食堂に行くと、がっしりした白髪の男性がいた。
「コルビーだ。マイクから話を聞いた」
「イーファです」
「海の民と聞いたが、お前さんは相手をどう見る?」
「光が届かない深い場所に棲んでいて、肉食。泳ぎは速い。魚、または魚に近い生き物ですかね」
「魚はたまに、条件さえ良ければ常識を超えて大きくなるのがいるからなぁ。冒険者として潜るのに、場所を変えるんじゃダメか?」
「東側の漁場以外、あちこち変えました。でも、何日かすると出てくるんです。執着されてるんだと思います。それに、最近はだんだん浅い場所まで来ているんです」
そこで私は、子供の頃からの経験を話した。
ヨチヨチ歩きの頃、我が家である葦船に沢山の水鳥が集まって騒ぎになった。
何をするわけでもなく、水鳥たちは私を眺めていたそうだ。それは頻繁に繰り返され、私が狩りを始めるまで続いた。私が八歳になって狩りを始めたら鳥たちはピタリと来なくなったが。
船村の近くで小魚を獲っていたら、独り立ちしたばかりの若い海獣が私の周りを泳ぎ、ヒレのような前足でそっと肩を撫でられたこともある。
村のみんなで鮫狩りを計画して網を仕掛けた時は、鮫が勢子役の私を追い回してしまい、網が役に立たなかったこともあった。
どうやら私はいろんな生き物を惹きつけるらしかった。鳥や海獣、海亀などは私が狩る気になってる時以外は好意的だった。
しかし魚や鮫、大海蜘蛛たちは私に惹きつけられて寄ってくるところまでは動物たちと同じだったが、いざ、私を前にすると食欲を刺激されて『捕まえたい』『食べたい』となってしまうようだった。
話を聞いていたコルビーさんは気の毒そうに私を眺めて
「なんとまあ、難儀な」
とつぶやいた。
「そんな私のせいで此処の人たちを危険に巻き込むわけにはいかないんです。誰かが襲われる前に『それ』をなんとかしなくちゃならないんです」
「そうか。なるほど。大体わかったよ。どんな奴が潜んでいるのか俺も知りたいしな。しばらくお前さんと一緒に湖に行きたいが、いいか?ここの湖のことなら詳しい。少しは役に立てると思うが」
「お願いします!それと、出来れば、ですが『それ』をただ殺すのではなくて食べられるなら食べたいし皮や骨も使えるなら使いたいです。薬草採取のために勉強しましたが、「石化け」というキノコが使えるのではないかと考えています」
「なるほど。了解した」
こうして『それ』との戦いが始まった。