表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/42

20 ソトナ湖の中

 湖の町ソトナは居心地が良くて、私とジーンは楽しく冒険者暮らしをしている。このままここで暮らすのもいいなと話すこともある。


 今日も魚を捕まえるために、私は水着を着込んで湖に来ている。水着は二枚しかないからいずれ新しいのを縫わなくては。


 ソトナ湖に水着に使えそうな皮の魚がいるといいんだけど。根気よく探すしかないなぁ。


 ジーンは湖の仕事だと自分に出番が無いことを気にしているかもしれない。気にしなくていいけど退屈だろうとは思う。


 だから湖に向かう途中の森でも常時依頼の薬草や動物を手に入れることにしている。


 馬車で森に入れる所まで行き、馬車は隠して馬を連れて湖に向かう。馬はルーと呼んでいる。元の飼い主の悪党商人がなんと呼んでいたかは知らない。





 ソトナ湖は二本の川が流れ込んでいて、湖底からも水が湧いていると思う。深く潜っても淀んだ水独特の嫌な味はしなかった。


 私たちは森で狩ったオオネズミを三匹、小角ウサギを二匹、薬草を十数本手に入れて湖岸に着いた。


 

 私が湖に潜っている間は、ジーンが獲物の血抜きと内臓処理をして「内臓で魚が釣れないか試してみる」という段取りになっている。


 

 湖で立ち泳ぎをしながら何度も深呼吸を繰り返す。体の中に新鮮な血が行き渡ったのを感じてから大きく息を吸って潜る。


 今日は深く潜りたかったので石を抱いている。ジーンがとても心配していたけど、「百八十、長くても二百を数える間に必ず戻る」と約束して石を抱えて潜った。縞黒鯛はこの時期深い場所にいるのだ。



 潜れば潜るほど光は届かなくなって暗くなってくる。明るい上の方を魚の群れが影となって通り過ぎていく。


 ほどほどの深さで抱いていた石を落として辺りを探すが、狙っている獲物はいなかった。


 少し上に向かい、さっきより少しだけ浅い位置で魚を探した。


 やがてお目当ての魚がいた。黒縞鯛。

 いったん浮上して呼吸する。岸辺に目を向けると、ジーンがジッとこちらを見ていた。(私は大丈夫!)と手を振ってからまた潜った。


 黒縞鯛たちが進んで行った方向に見当をつけて全力で泳ぐとすぐに追いついた。水かき手袋は本当に便利だ。


 水着の内側から痺れ笛を取り出して鳴らす。

痺れ笛は金属製で上下二つに分かれた筒を組み合わせたものだ。


 これを回すと耳障りな音が出る。水の中だと人間の耳にはほとんど聞こえないが、近くの魚はパニックを起こす。


 黒縞鯛たちは瞬時にバラけてジグザグに逃げ惑うが、筒を回し続けているとやがて失神して動かなくなる。それを急いで網に入れるのだ。ボヤボヤしてると意識を回復してしまう。

  

 黒縞鯛は五匹いた。上々だ。宿のご主人にも一匹分けてあげたい。引き返そう。






(あ!狙われてる……)



 五匹を網に入れて戻ってる時、何かに狙われてることに気づいた。


 どこ?どこにいる?


 腿に縛り付けていた鞘からナイフを抜く。網はギリギリまで手放したくない。


 ほんのわずかな気配。下から不快な『欲望』が感じられる。下を探り見る。


 暗い湖底から何かが『欲望』を持ってこちらを見ているのを感じるが、暗くて姿は見えない。


 


(逃げよう!)

 ぐずぐずしてたら食われる。



 全力で湖岸を目指した。

 網の口は全開にして魚を逃し身軽になった。


 相手は少しだけ追って来たが、すぐに気配が消えた。それほど空腹ではなかったのか。


 

 獲物として追われたのは久しぶりだ。

 岸に戻るとジーンが駆け寄って来た。






「そんな顔して、何があった?」

「なにも」


「おい、イーファ」

「何もなかった。ただ……」


「なに?」

「欲望を感じたから逃げて来た」


「欲望?」

「たぶん食欲?少しだけ追われた、かも」



 そこからはジーンが無口だ。


 互いに相手の考えてることがわかってるから言葉にしないが、それが私には余計に面倒くさい。


 ギルドに行って森の獲物を納め、宿に帰って食事をして、お風呂に入ってもまだ無口。


 だんだん腹が立ってきた。

 だから私から口を開くことにした。



「ジーン。私は水に潜るのはやめないわ」

「わかってるさ」


「でも潜ってほしくないんでしょう?」

「俺が心の中でイーファを心配するのもダメだって言うのかい?」


「ダメじゃないわ。ジーンが全身からイライラした空気を出さなければね。盛大にそんな空気を撒き散らしてるのに、『言葉には出してない』って言うのはずるいと思う」


 ジーンが私を見て二度瞬きした。


「ああ、なるほど。悪かった。確かにそうだ。態度で伝わっていたら口で言ってるのと同じだな。すまない」


 そんなにあっさり認めると思わなくてびっくりした。


「ジーン、私は水の中が好き。船村は陸に比べたら厳しい暮らしだったけど、私はあの暮らしが大好きだった」


「うん」


「危ないから水に潜るなと言われたら、私の今までの暮らしや船人たちみんなの生き方まで『そんな危ない生き方』って否定されてるような気持ちになる」


「ああ……そうだな。イーファ、お前が正しい。でも俺は『そうですか、わかりました』とすぐには飲み込めそうにない。水の中でイーファが危険にさらされるのが恐ろしいんだ」



 それからまた二人で黙り込んだけど、しばらくしてジーンがため息をついた。


「とはいえ、俺たちの職業は『冒険者』だったな。危ないのは今更だったか」

 と苦笑しながら言う。だから私も


「そうね。いまさらよ」

と笑って話はそこで終わりになった。


 ちゃんとした答えは出てないけれど、人間はいつ、なにで、死ぬかわからないのだ。いつまでもギスギスしていてそのままになる方がよほど嫌だもの。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ