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海の娘と砂漠の男と猫の旅  作者: 守雨


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18 湖の街 ソトナ     

 イーファとジーンとチルダを乗せた馬車が、湖の町ソトナに着いた。

 ソトナは森の町ナーシャと同規模の大きな町だ。

 ソトナ湖は町の中心部から少し離れた場所にあり、町から緩やかに下る草原の先の森を経てソトナ湖がある。大きく深い湖らしい。


 ジーンは今夜の宿を探す前に湖に立ち寄った。


「水の匂いがする!」


 イーファはだいぶ前からそわそわしている。まるで小さな子供のようだ。


「またあの水着を着るのか」

「水着はあれしか持ってないけど」

「裸に近い水着だっていう認識はある?」

「まあ、ある、かなぁ」


 それ以上は何も言わなかったがイーファがジーンの心配にピンと来てないのは顔を見ればわかる。


「今度から私が水に入る時は、出かける前に着替えておくようにするね」

「わかった」

「それか、水に入る時も出たあともシーツを羽織って着替える」

「それがいいと思うよ。どこで誰が見ているかわからん」

「見るかな」

「見る。絶対に見る」


 ジーンは「あの水着を着るな」と言う気はないが、自分の隣で全裸になって着替えられると落ち着かない。心が穢れてる自分と純粋なイーファという絵を想像してしまう。

 それに全裸のイーファを遠くからでも人目に晒すのは面倒ごとを招く。


(俺はそれが心配なだけだ。それだけ)


 毎晩同じ部屋で寝ていても、イーファとジーンの間には何もない。だがあの水着はどうにも「色々ととんでもない」と思う。


 ソトナ湖はまるで海かと思うほど大きかった。ジーンでも、この世を創った神は気まぐれな性格なのかと思ってしまう。

 猫のチルダは絶対に濡れない場所でクンクンと水面を渡る風の匂いを確かめている。チルダは一緒に暮らすようになってずいぶんがっしりしてきた。メス猫にしては大柄な方だ。


「ジーン、チルダ、行ってくるね!」


 言うが早いか、馬車の中で服を脱いだイーファは、水に滑り込むように入って行く。ジーンは水中に潜ったイーファを見送って、今回は落ち着いて待とうと決めている。

 しかし自分が泳ぎが得意ではないせいか、待っている間、どうにも落ち着かない。


 イーファは「二百数えるくらいで戻る」と言っていたから、先ほどから数を数えているがそわそわする。


(二百? ちょっと長くないか? 遅い。でもまだ八十だ)


 やめたはずのタバコが恋しい。


(遅いな。まだ百十か)


 いっそイーファの潜水に立ち会いたくない気もするが、自分が他の場所にいる間に水中のイーファに何かあったら、一生後悔する。


(百八十。そろそろだよな?)


 ザバリと水面に銀の頭が浮かび出た。手に持った網に魚が入っている。

 絹糸蜘蛛シルクスパイダーの糸で編まれたという網の中に、縞模様の大きな魚が二匹、細長い蛇のような魚が一匹入って暴れていた。


「ひと潜りでこれを?すごいな」


 驚く俺にイーファが手を差し出して、透明なものがはめられている。指と指の間に膜がある。触ると薄い膜はプルンとした感触だ。


「ガラスウオの皮の水かきよ。これがあると倍以上速く泳げるの」


 嬉しそうに語るイーファにシーツをそっとかけた。濡れた水着を脱いで服を着る時のためだ。かける動作が速すぎれば説教くさい意味になるかと神経を使う。


(俺は娘のご機嫌を窺う父親かよ)という心の声を頭を振って追いやった。


 ソトナの街は商売が盛んで、通りの両側は様々な店が並んでいる。道は馬車がすれ違ってもまだまだ幅に余裕があった。イーファたちは宿屋を探しながらゆっくりと馬車を動かしている。

 この国の宿屋はたいてい同じ意匠の看板をぶら下げている。『三日月と丸パン』だ。

 三日月は宿泊する夜を表し、丸パンは食事を表している。しかしその看板を下げている建物が何軒もあってなかなか決められない。


「ジーン、宿はギルドで聞いてみようか?」

「そうだな」


 冒険者ギルドはやはり町の中心部にあった。黒塗りの両開きのドアを片方だけ開けて中に入る。イーファはちゃんと帽子を被り、銀髪は隠している。


「冒険者ギルドへようこそ! 受付のハルです」

「初めまして。私はイーファ、こちらはジーン。今日はお勧めの宿屋があったら教えて欲しくて来ました」


 ハルが小首をかしげて考えている。


「宿ですか。ギルドとしてお勧めしている宿は特にはないのですが」


 そこからは声を小さくして続けた。


「私のお勧めを幾つかお教えしますね。『銅鍋亭』は料理自慢でお値段普通、『白猫亭』はお風呂無料が売り、『宿屋ダリル』は防犯と部屋の広さが充実。てとこですね」

「わ! ご親切にありがとうございます」

「どういたしまして。それと、良かったら掲示板の仕事の依頼もチラッと見てくれるとありがたいです」

「わかりました」


 二人で掲示板を見てみる。魚の需要が高いらしく魚関係が何枚もあった。


「あれ? イーファ、この縞黒鯛って、さっきの魚じゃないかな? ヌメリウオもさっきのアレだと思うけど」

「ほんとだ。しかも一匹から可だって」


 二人で馬車に引き返し、シメておいた魚を網ごと持って素材受付に声をかけた。数が少ないから宿屋に持ち込もうかと思っていた。

 イーファがいそいそと受付の女性に話しかけた。


「これ、さっき湖で獲ったんですけど縞黒鯛とヌメリウオで間違いないでしょうか」

「捕まえたんですか! ええ、間違いないです。助かります」

「じゃあ受付の方に納品と同時に契約出来るか聞いて来ます」

「出来ますよ、ずっと困ってたんですから」


 困ってたとはどういうことかな、と思いながら、イーファはジーンを引き連れて納品用カウンターに向かった。

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