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海の娘と砂漠の男と猫の旅  作者: 守雨


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15 大木の陰から     

 チルダが立ち上がって「シャーッ」となにものかに向かって威嚇した。振り返るとだいぶ離れた大木の陰から男が現れた。


「なあんだ、もう見つかっちまったか。今日は一人なんだろ?」


 男は、そう言うと手に持っているナイフを見せた。


「大人しくすれば怪我はさせないよ。大人しく俺について来い。貧乏くさく木の実なんか食べなくても済むようにしてやる。金持ちに可愛がってもらえるから」


 イーファもナイフを抜いた。


「人間相手にナイフを使ったことがないから手加減はできないわよ」


 イーファの返事を聞いて男が笑う。


「やめとけやめとけ。せっかくの美人さんに傷をつけたくないんだ」


 互いにナイフを構えて睨み合う。ジリっと男が動いた時。


「あっ」


 男の後ろを見て驚くイーファ。すると男が馬鹿にしたように笑う。


「そんな手に乗るかよ」

 

 うすら笑いの顔のまま、男の身体が横に吹っ飛んだ。


 ゴッ! と重い音を立てて男が近くの木の幹に叩きつけられ、そのままズルズルと地面に崩れ落ちた。


「お猿さん!」


 男が立っていた場所には、先日の黒毛大猿とおぼしき大猿が立っていた。

 イーファはまず男に駆け寄り、息があるのを確かめると、ポシェットから取り出した細縄で男を縛り上げた。それから大猿に近寄る。


「助けてくれてありがとう!この前のお礼なのかな?」


 そう笑顔で話しかけた。大猿は無表情だ。


「そうだ、あなたも一緒に食べない? ギィワが食べごろなの」


 そう言って手近なギイワの実を二つもぐと、ひとつを大猿に左手で差し出した。イーファが皮を剥いてからかぶりつくと、大猿も受け取って皮ごと食べる。

 そうやって互いに何個食べたか。おなかいっぱい食べて、今度はお土産の分をもぐ。男はまだ意識を戻さない。


 チラリと男を見て「自業自得」とつぶやき、イーファはギィワもぎに精を出す。大猿はしばらく様子を見ていたが、ギィワの木に登ると、枝先の大きな実を次々ともいで投げてよこした。

 イーファは笑いながらそれらを全部受け取り、袋に満杯になるまで詰め込んだ。


「もういいよ、ありがとう。助けてくれてほんとにありがとうね。私はもう帰るから。あなたも人間には気をつけて!」


 そう言ってチルダを探した。チルダはだいぶ離れた木の上で様子を窺っていた。


「チルダ!おいで!」


 声をかけられた猫が頭を下にして幹を駆け下り、ぴょんとイーファの胸に飛び込んだ。


「よしよし、今日も知らせてくれたね。ありがとう」


 胸の中の猫に頬ずりすれば、チルダはゴロゴロと喉を鳴らしてイーファの顎におでこをこすりつける。

 とても面倒だったが連絡しなくてはと、男を置いて警備隊詰所に向かい、事情を話して男の居場所を伝えた。縛って置いてきたと聞いて警備隊員が少々慌てる。


「早く回収しないと。森の獣に襲われても困るな。一緒に行って男の場所を案内してくれないか?」

「えぇ……」


 大迷惑だが、仕方ない。チルダを抱きギィワの実でズッシリ重い布袋をぶら下げてイーファは警備隊の馬車にうなだれながら同乗した。

 運がいいのか悪いのか、出発してすぐにジーンを見かけ、窓から声をかけるとジーンも同乗すると言う。


「別に一緒に来なくても良かったのよ?」

「そんなわけにいかないよ。イーファをさらおうとした男なら顔を覚えておかないと」

「まあ、おそらく三年は重労働ですよ」 


 警備隊員が取りなすように言うが、ジーンの怒りは収まらない。


「三年なんてあっという間ですよ」

「今回は未遂ですからね。実際にさらったら十年になりますが」

「被害に遭ってからでは遅いでしょう」

「おっしゃるとおりです」


 ジーンは腹を立てている。

 先ほどの場所に戻ると男の姿が見当たらない。もう獣に食われたかとイーファは慌てたが、男はなぜか倒れていた木の高い枝にうつ伏せで乗って助けを求めていた。


 意識が戻ったものの縛られている。動けば枝から落ちそうでジッとしていたようだ。頭から落ちれば間違いなく首を折る高さだ。


「これは……イーファが?」


 ジーンが聞く。そんなわけあるか、とイーファが呆れた。


「私をどんな力持ちだと思ってるの。私じゃないわよ」


 そう答えてから口の動きだけで(たぶん大猿)と答えると、ジーンが小さくうなずいた。


「これはどういうことだい?」


 警備隊員が三人揃ってイーファを見る。


「さあ。私は地面に転がしたままにしてましたけど。それよりどうやって下ろしましょう」


 警備隊員たちが相談して一人が木を登って縄で吊るして下ろすことになった。しかし木の幹が太すぎて抱きつけず、誰も登れない。


「あのぅ、私が登っても?」


 イーファの提案を聞いて汗だくになった男たちが手のひらを彼女に向けて「登れるものならどうぞ」と言う。

 イーファがジーンにナイフを借りて自分のと二本にすると、両手のナイフを力強く幹に突き立てながら腕の力だけで幹を登った。、下にいる男たちは全員が目を丸くしている。

 イーファは警備隊員に借りた縄を、男に巻いてある縄に通した。


「頼む、一回縄をほどいてくれよ。自分で降りる。あんたが俺を下すのは無理だ」


 男は縄をほどいてくれと繰り返しているが、イーファは毛ほども表情を変えない。男に結んだ縄を何度も引っ張ってほどけないのを確認してから手袋をはめた。その手袋の上から男に結びつけた縄を巻くと男の背中に足をかけた。


「やめろ! 落ちたら死ぬ! 頼む!」

「お前は私が頼んだら拐うのをやめたか?」


 無表情にそう言ってイーファは足に力を入れた。バランスが崩れてズルッと男は頭を下にして落ち始めた。


「うわあああああっ!」


 男はそこそこの速度で落ちたが、すぐガクンと止まり、あとはゆっくり着地した。首は折れなかった。



 

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