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海の娘と砂漠の男と猫の旅  作者: 守雨


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12 初仕事完了     

 すっかり元気がなくなったイーファが、柳魚を一匹一匹ナイフでしめている。


「すぐやらないと鮮度が落ちますから」


 落ち込みつつもイーファの手際がいい。ジーンも不慣れながら手伝っている。


「本当に気にしてないから。元気を出せよ」

「わかってます。自分の愚かさにげんなりしているの」


 猫がピチピチ跳ねる魚にちょっかいを出している。ジーンが一匹を猫の前に置くと、猫はちょっと後ずさってからこわごわ前足で触った。


「美味しいよ。食べてごらん」


 イーファに言われて猫は魚を咥えると、少し離れた場所でのんびり食べ始めた。


「今夜は美味いものを食おう。宿の近くに旨そうな店構えの飯屋があった」

「はい」

「楽に喋れって。なんなら甘いものでも食いに行くか?」

「甘いものってお菓子のこと? 食べたことない」

「一度もか?」

「物心ついてからはないと思う」

「よし、じゃあギルドの帰りに甘い菓子を買ってやる」

「美味しそうな店構えの店は?」

「それも行く。だから元気出せ」

「うん」


 日が傾き始めた。さっさとギルドに届けようと、二人と一匹は帰りを急いだ。



「戻りました」


 大きな袋を担いだジーンと網に柳魚をぎっしり詰め込んだイーファの二人がギルド内に足を踏み入れた。居合わせた冒険者たちが新顔の帰還とあってワラワラと寄ってくる。


「そっちは緑蛇か!」

「柳魚がまた大量だな!」

「Eランクの二人だからどうなることかと思ってたが」

「いい仕事っぷりじゃないか」

 

 イーファは笑顔を返してカウンターへ向かう。


「おかえりなさい。ご無事でなによりです」

「あの、柳魚もついでに獲ったのですが、これからでも契約は出来ますか?」

「まだ誰もその依頼を受けていませんので、引渡しと同時に契約成立・完了にできます」

「よかった!」


 そこでジーンがおずおずといった風に口を挟んだ。


「縞緑蛇は生きたまま持ち帰りましたがどうしましょう。しめた方がいいなら俺がやりますけど」

「あっ! ここで蛇を出すのはやめてくださいね! そのままお預かりして依頼者さんが来たときに判断してもらいますから!」


 受け付けのターニャがワタワタしている。蛇は嫌いらしい。

 素材買い取りのカウンターに緑蛇と柳魚を渡して報酬を受け取った。


 緑蛇四匹で小銀貨十二枚

 柳魚六十匹で小銀貨六枚

 二人で小銀貨十八枚。


 宿代、お湯代、馬の飼い葉代、夕飯代を支払えば、残るのは二人で小銀貨七、八枚である。


「冒険者はなかなか厳しいな」

「たいして苦労してないのに? いい仕事だと思うけど」


 ぼやくジーンに対してイーファは顔が明るい。


「まずは夕飯を食べながら反省会にするか」

「おなか空いてます!」


 笑顔でギルドを後にする二人がいなくなり、さっそく冒険者たちの間で賭けが始められた。


「ありゃ夫婦でも恋人でもないな」

「男のほうも色男ではあるんだが」

「女のほうがとんでもない美人だからなあ」

「それより年の差だろ。あれはずるい」


 その場の全員が「ずるいよなあ。うらやましすぎるぜ」と同意している。


「どうだい? 俺はひと月のうちにいい仲になる方に小銀貨一枚」

「じゃあ俺は変わりなしの方に小銀貨一枚」

「俺は今月は懐が厳しいから、大銅貨五枚をいい仲のほうに賭ける」

「変わらないほうに大銅貨五枚だ」


 そこで受付から声が飛んできた。


「みなさん! 他の冒険者の個人的なことに立ち入るのはご法度ですよ!」


 ターニャが釘を刺したが、皆「へいへい」と言うだけで、それぞれの掛け金を紙に書き留めるという態度が酷い。

 出ていった二人は、ジーンが選んだ黒山羊くろやぎていに入り、特にイーファがワクワクしながら料理を待っていた。

 ジーンはイーファが元気になってくれて正直ほっとしている。海から離れて久しぶりの水場だ。はしゃぐのは当たり前だと思っている。


(俺の泳ぎが拙なかっただけだ。生きてさえいればいい。単なる旅の連れだと思っていたが、二人だと楽しいもんだな)


 そんな思いが繰り返し浮かんでは消える。

 当のイーファは運ばれて来た肉の串焼きと煮込み料理を無心に食べている。


「相変わらず気持ちのいい食べっぷりだな」

「だって美味しいもの。ジーンさんも冷めないうちに早く食べればいいのに」

「そうだな。初仕事完了に!」

「初仕事完了に!」


 二人で拳を合わせる。


「それにしてもイーファ、あの水着はやめとけ。人に見られたらどうする気だ」

「なんで? あれは速く泳げる優れものの水着ですよ?」

「いやいや、あれじゃ裸よりアレだぞ?」

「アレってなんですか! うちの村ではみんな着てますよ」


 ジーンが困り顔で自分の顎を撫でた。


「そういうことではなくてだな……うーん」


「ジーンさん、水の中で一番大切なのは見た目じゃないの。速く泳げることよ」

「正しいようでなんか違うぞそれ」


 二人は言い合いに夢中で気づいてないが、男の客たちは耳に神経を集中していた。そしてヒソヒソ声でやり取りをする。


「おい、裸よりアレな水着って言ったか?」

「言ったな。あの美人が裸よりアレな水着を着たってことか?」

「くー。なんだよあの男、うらやまし過ぎるだろうがよ」


 店のあちこちでそんなヒソヒソ話が交わされていた。



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