11 森の町の小さな湖
「ねえ、ジーンさんは蛇を捕まえないの?」
「捕まえるさ。いくらなんでもイーファの稼ぎを当てにはしないよ。陸の蛇は初めてだろうから、万一を考えて様子を見てたんだ。大丈夫そうだから次は俺も捕まえるよ」
「なるほど。さすがは大人ですね!」
イーファは素直に感心し、ジーンは苦笑した。
湖までの道の途中でジーンは緑蛇を二匹、イーファが一匹捕まえた。二股に分かれてる枝を使って蛇の首を押さえる方法をイーファは初めて知った。
「地面に押さえつければいいのね」
「いきなり噛み付かせるのを見た時は冷や汗かいたよ」
「そんな方法があるなら初めに教えてくれても良かったと思うわ」
「やる前からいちいち指図されるのは嫌がるかと思ったんだよ」
「わかってますね。さすがは大人!」
イーファはもう一度感心した。
イーファはジーンを改めて見直した。頼りになるし思いやりもある。ずいぶん良い人に出会ったものだと幸運に感謝した。
やがて前方から水の匂いがしてきた。イーファは思わず足が速くなる。
湖面が見えたら走り出した。体全部が水を恋しがっていた。
「こらこら、水は逃げないぞ」
そう言いながらもジーンはイーファから離れずに走っていた。猫はイーファに付いて小走りだ。
一瞬でも早く水に飛び込みたかったけれど、今着ている服は濡らすわけにいかない。イーファは素早く服を脱ぎ始める。
「へっ?」
変な声に振り返ると、ジーンは顔を背けて困惑している。
「え?なに?」
「いやその、脱いでるから」
「服を着て入れって言うんですか?」
会話しながらブーツの紐を解く。革のパンツを脱ぎ、最後にポシェットから大海蜘蛛の白い糸で編んである網を取り出した。
「ああ、水着は着てるから大丈夫。湖の町だから、こんなこともあるかと着てきましたから」
そう言われて視線を戻したジーンが再び目を逸らす。
「え?水着は着てますって!」
「それは、着てるうちに入るのか?」
イーファが着ているのは風船魚の皮で作られた、ごく薄くぴったり肌に張り付く水着だ。
紐を首の後ろにかけ、紐から続く風船魚の皮が両の乳房をどうにか覆い、二本の帯状の皮がへその下で面積を増してやっと腰回りの下半分を隠している。背中は丸出しで尻はギリギリ隠れている。
「ね?だから安心して」
そう言うが早いかイーファは水に飛び込んで行った。
「ね?って。どこが安心出来るんだよ。素っ裸の方がまだマシに見える代物だ」
「ナーオウ」
足元で猫が首を傾け、ジーンを見上げて鳴いた。
「お前もあれはどうかと思うだろ?」
「ナッ!」
それが同意かそうでないか、ジーンにはわかりかねた。
陸地の女性が着る水着は長袖長ズボン、首まで覆って日焼けを防ぎ、腰回りにはたっぷりの飾り布が付けられて、肌を見せることは無い。
岸辺で膝あたりまで水に浸かる時に着るのが水着だ。
しばらくして。
「えーと。ずいぶん長く潜るんだな。ええ?大丈夫だろうな。俺は水の中は得意じゃないんだが?」
しかしすぐにジーンの顔色が変わり、服を脱ぎ出した。下着一枚になるとナイフを咥えて水の中にザバザバと入って行く。
(おいおいおい、水の中は得意だったんじゃないのかよ)
ぼやきながら首まで水に浸かったところで深く息を吸い、ザバリと水中に頭を入れた。
そこでジーンは人魚を見たかと思った。
銀色の長い髪をなびかせ、両脚を揃えて身体全体を上下にゆったりうねらせながら泳ぐ生き物がいた。
どう見ても人魚にしか見えない。
銀髪の人魚は華奢な網の中に白銀色の柳魚を大量に入れて、目で笑いながらこちらに向かって泳いでいた。
ホッとしたジーンが立ち泳ぎしながら呼吸して水を飲んでしまい、咳き込んだ。
すぐに隣にイーファも顔を出し、ヒュウッと笛のような音を立てて空気を吸い込んだ。
「どれだけ長く潜れるのか、聞いておけばよかったよ」
「言えばよかったですね。船村の人間は陸の人間の三倍は長く潜れるって教わったけど」
「まあ、無事でなによりだ」
気道に入った水がなかなか取れない。咳が続いた。
この娘に振り回されてるなぁと苦笑する。
ジャブジャブと浅瀬を歩き、岸にたどり着くと、ジーンは両手を後ろに着いて腰を下ろした。
しつこい咳がおさまってやっと息が整った。
「ごめんなさい。心配させたんですよね」
ピチピチ跳ねる柳魚たちをぶら下げたまま眉を下げて謝るイーファ。
ジーンの動きを見れば、泳ぎが得意ではないことは一目瞭然だった。たしか砂漠の育ちと言っていた。あの深さでは下手すれば溺れたかもしれない。
「まあいいさ」
笑顔で答えるジーン。
イーファが網を下に置いてジーンに近づき、彼の右肩におでこをくっつけ、下を向いたまま謝った。海の民の謝罪の姿勢だ。
「心配させました。ごめんなさい。今度からはもっと気をつけます。ジーンに心配をかけないようにします」
「いいって。無事ならそれで。でも、次は俺たち、もう少し話し合いをしてから動くことにしようか」
肩におでこを乗せたまま、コクコクと頷くイーファは自分の学ばなさに打ちひしがれていた。
(全部失くしたのに、またジーンさんまで失ったら……)
陸で初めてできた仲間のジーンを失う怖さに気がついてしまったのだ。