10 森の町ナーシャで初仕事
ナーシャの冒険者ギルドは、他の町と同様、町の中心部にあった。
最近はそれが当たり前みたいになっているが、イーファが先に入ってジーンは後ろからついて入る。イーファギルドの建物に入ると、中にいた男たちがおしゃべりをやめてイーファを見る。
イーファはとりあえず気づかないふりをした。帽子を被ってるから銀色の髪は見えないはずだし服装も今は普通だ。
(見慣れない人間が注目されるのは仕方ないかもね。船村にはよそ者が来ることはなかったから、こういう雰囲気にはまだ慣れないな)
二人で並んで掲示板を見る。適当な依頼はないかと探したら、ランクEの初心者向けの依頼がそこそこあった。
【柳魚の捕獲 百匹まで 十匹につき小銀貨一枚】
【薬草採取 月光草一本につき大銅貨三枚】
【縞緑蛇 一匹につき 小銀貨三枚】
「ジーンさん、柳魚がいるのは湖?川?」
「湖だ」
「わかりました。縞緑蛇は?」
「森だ」
「縞緑蛇に毒はありますか?」
「噛まれても死にはしないが腕が腫れ上がって二、三日は寝込む」
「わかりました」
「柳魚にするのか?」
「ううん。縞緑蛇にします。私、たぶん得意です。海蛇なら散々捕まえていました。噛まれたらすぐに死ぬやつです」
ジーンはちょっと遠い目になったものの、何も言わずにイーファと一緒にカウンターに向かった。
「こんにちは。はじめまして。ナーシャギルド職員のターニャです」
「はじめまして。私はイーファ。この人はジーン。縞緑蛇の依頼を受けたいです」
剥がしてきた依頼書を差し出すと、ターニャと名乗った女性がチラリとイーファたちを見た。
「お手数ですがランク証の提示をお願いします」
「そっか。忘れてたいました。はい、これ」
タニの町で貰った木札のランク証をポケットから出すと、ジーンも隣にそれを並べて出した。
「失礼します。お二人ともランクEですね。縞緑蛇の捕獲は経験済みですか?」
「いいえ。毒がある海蛇なら数え切れないほどありますが、縞緑蛇はまだ見たことがありません」
「海蛇……。そうですか。では依頼受付のサインをお願いします」
二人で一枚の紙にサインをした。
「はい、受け付けました。捕獲の成功と無事なお帰りをお祈りします」
ターニャはそう言って右手を心臓の上に当て、頭を下げた。
「かっこいい」
イーファがそう言うと、ジーンが赤くなり、そんなジーンをイーファが不思議そうな顔で見上げた。
「さっさと行くぞ。他の連中に注目されていて居心地が悪い」
「わかった。ターニャさん、ありがとうございます。行ってきます」
イーファたちはもう一度掲示板のところに行き、地図を眺めた。
「かなり大雑把な地図だけど、まあ、行けばわかるさ」
「うん。海だったら目印がなくても星と太陽があればたどり着くのが当たり前だったし。行けると思う」
「なるほどな」
森の入り口までは馬車で向かった。猫も一緒だ。
ジーンは猫を仕事に連れて行くことに渋い顔だったが、イーファが粘った。
「宿にも入れられないで仕事にも連れて行かなかったら一緒にいる時間がない」
「なるほど。それもそうだな」
ジーンがあっさり受け入れた。
「ジーンさんは頭が柔らかいですね」
「まあな」
森に入り、道から近い開けた場所で馬を木に繋ぎ、馬車が盗まれないよう、街道から見えにくいように枝葉をかけた。
イーファが猫に「どうする? 待ってる? 私たちと一緒に行く?」と尋ねると、猫はさっさと馬車から下りてイーファとジーンの間を歩く。
「うん、おりこうさんだね」
「ナァー」
ジーンによると陸の蛇がいるのは湿気のある草むらだそうなので、イーファはそれらしい場所を探した。どのくらい探したか、ついに一匹目をイーファが見つけた。
素早く逃げていく後ろ姿から目を離さないようにして、イーファが先回りをする。何も打ち合わせていなかったが、ジーンが蛇の後ろからわざと足音を立ててイーファのいる方向へと蛇を追い立てた。
イーファは左手に白星鮫の皮で作られている分厚い手袋をはめ、右手には滑り止めのための細縄を巻いてある。
今見た緑色の蛇は長さがイーファの身長くらいで、先回りしていく手を阻んだイーファと鉢合わせすると、上半身を持ち上げて威嚇してきた。
ユラユラと頭を左右に振って舌を出し、距離を測ってイーファに飛び掛ろうとしている。
「おい、大丈夫か?」
「静かに!」
ジーンが黙り、イーファが手袋をつけた左手を素早く正面に突き出した。すると縞柄の緑色の蛇はジャンプしてイーファの手袋に噛み付いてきた。イーファがすかさず右手で縞緑蛇の首をつかんだ。
蛇はイーファの左手に噛み付いた上で、彼女の腕に身体を巻きつける動きに出た。
「なあ、俺、お前を助けるべき?」
ジーンがのんびりした声で聞き、イーファも世間話みたいな口調で返した。
「袋の口を広げて持っていてくれたら助かります」
「了解」
「うっかりして聞き忘れましたけど、この蛇は生け捕り? 死んでいてもいい?」
「生け捕りとは書いてなかったから、死んでいてもいいんじゃねえか?」
「でもまあ、生きてるほうが鮮度はいいですよね」
どちらが正解か自信がないイーファは生け捕りすることにした。まずは一匹。縞緑蛇は袋に入れられるとおとなしくなった。
「ほお。なかなかに重いね」
「あっ! 猫ちゃん? いる?」
「ナー」
猫は近くの木の枝の上から見物していた。
「尻尾がコップを洗うブラシみたいになっているね。怖かったのかな」
「ナァー!」
「ねえジーンさん、これで小銀貨三枚ですよ。すごく簡単ですよね?」
「いや。宿代と馬の餌代、俺たちと猫の食費を考えたら厳しい。湯桶代もあるぞ」
「あっ。そうか。柳魚にするべきだったかしら」
ナーシャには小さな湖がある。
「他の冒険者が受けてなければ、今からでも現物持ち込みと同時に契約してくれるんじゃないかなあ」
「じゃあ、そうしようかな。ダメって言われたら柳魚を売っても食べてもいいんだし」
気がつくとイーファの口調がこなれてきてる。
(ジーンさんは楽にしゃべっていいと言ってるし、いいかな)
イーファたちは縞緑蛇を探しながら、森の獣道を湖に向かうことにした。
「仕事なのにいい加減かな」
「これでいいと思うぞ」
「ジーンはやっぱり頭が柔らかいですね」
「大雑把とも言うがな」
やがて湖についた。そこでイーファはジーンにかなり呆れられてしまった。




