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9 海の村の掟

 あんまりイーファが恐縮するから

「じゃ、お互い様でイーファも話すか?」

 と言ったら「わかりました」と話そうとする。


「いや、冗談だよ、話さなくていいよ」

 と慌てると、


「あそこまでつらい話とは思わなかったんです。あまりに申し訳ないから私も話します」

 と言い張る。


 重い過去競争じゃないんだから、とジーンは苦笑したが、仕方なく受け入れた。





 私の村には掟が色々あって、そのひとつが「海に血を流さない」ってことでした。


 血が出る怪我をしたら海には入らない。女の人は月の障りがある間は絶対に海には入らない。


 海に血を流すと、はるか遠くから鮫が来るから。鮫だけならまだしも、大口魚ビッグマウスが来ちゃうと船ごと海に引きずり込まれるんです。


 なのにうちの父さんと母さんが次々に咳と血を吐く病気になりました。二人とももう海に入れないから私が二人を養ってました。



 私の狩りの腕は良かったんですけど、二人はだんだん弱って咳と一緒に以前より血を吐くようになりました。



 治療法はひたすら寝て栄養のあるものを食べるだけ。一番効くと言われるのは少し離れてる磯場の紫牡蠣を食べさせることなんですけど、その磯場は年にひと月は大海蜘蛛シースパイダーが産卵に来て卵を守ってるから近寄れないんです。


 大海蜘蛛シースパイダーの産卵期に磯場に行かないのも掟のひとつ。


 そのうち父さんが死んで、母さんはいっそう弱って。磯場に近寄っちゃいけない時期でしたけど、母さんの残り時間を考えたらどうしても我慢出来なくて、夜中にこっそり行って牡蠣を採りました。


 大海蜘蛛には気づかれなかった、そう思ってたけど、気づかれていて、あとをつけられて……村が襲われました。



 たくさんの船が沈められて、怪我人もいっぱい出ました。赤ん坊や年寄りも海に落ちて、死人が出なかったのは村のみんなのおかげです。



 リーダーに全部見ろって言われました。お前が引き起こしたことを、最後まで見なさいって。


 溺れかけて泣いてる赤ん坊や子供、年寄りたちをリーダーの船の上からじっと見させられました。




 そのあと、母さんが息を引き取るまでは看病させてもらえました。追放されたけど、私には何も文句はないです。


 ジーンさんも私も追放されたことは同じだけど、全然違います。ジーンさんは騙された。


 私はわかっていて掟を破ってみんなを殺しかけました。



 だからって言うのも変だけど、ジーンさん、つらいことがあったらいつでも聞きますから。気持ちがしんどい時は私になんでも言って吐き出してくださいね。





「いやぁ、俺は今、人生最高に怯えてるよ。海はやっぱり苦手だ。中にいる生き物が恐ろしすぎる。なんだよ船を引きずり込む蜘蛛って!」


「え。そこですか?」

「ああ、そこだよ、恐ろしすぎるわ!」




 そんな感じで俺たちは馬車を進めた。

 俺はイーファを笑わせたかった。

 惨状を見ている時のイーファの気持ちを想像したら、俺が危うく泣きそうだったよ。


 夜には森の街ナーシャに着いた。

 



 まずは街の警備隊詰所に向かった。

 奴らを引き渡し、警備隊と交渉して、罪人引き渡しの報奨金の代わりに奴らの馬車を少しの上乗せ金で引き渡して貰えることになった。


 俺たちは馬車で宿を探した。


 見つけた宿は一部屋しか空いてなかったが、俺とイーファだ。まあいい。猫は馬車で留守番だ。


 イーファが「この子はわかってるから。いなくなったりしない」と断言した。


 そう願いたい。土地勘の無い場所で猫探しは勘弁だ。


 


 鍵を渡された部屋は二階で、ベッドが二つ、テーブルがひとつ。外套かけがひとつ。


 俺がベッドの下や壁の隅をチェックしてる様子をイーファが不思議な物を見る目で眺めている。


「これからはお前も気をつけろ。ベッドの下に誰か隠れてるかもしれないし、壁に覗き穴が無いとも限らない」


「え。まさかそんなことが?」


「たいていは無い。でも一度でもあればそれが命取りになる。さっきの馬車みたいに」


「なるほど。わかりました。気をつけます」


「で、お前はこれからどうする?俺はしばらくはここに腰を落ち着けるつもりだが」


「私もそうするつもりです。仕事を探そうと思います。せっかく冒険者登録したから明日、冒険者ギルドに行こうと思います」


「あー。まあ、冒険者はお前に向いてるか」


「ここに湖か川があれば私、結構いけると思うんです」


「冒険者ったって最初は採取の仕事からだぞ?」


「えっ?」


「やる気満々の初心者が腕に見合わない獲物を狩りに行って、次々死んだらギルドも困るだろう」


「あー。なるほど。じゃあ、早く獲物を狩らせてもらいたかったら実績を積むことですね」


「そういうことだ。俺は、そうだなぁ。冒険者でもいいし、用心棒専門でもいいかな」


 イーファがじっとりした目で見てくる。


「心配するな。俺だってこの歳までそれなりに色々と鍛えてきてる」


「その歳だから心配なんです」


「やめろ。俺を年寄り扱いするな。でもまあ、陸の生活に不慣れなイーファが心配でもあるから、俺も一緒に冒険者ギルドに行ってみるか」

 


 イーファがパァッと顔を明るくした。


 あれ?

 ナーシャに着くまで、って話だったか。

 

 まあいいか。

 俺もイーファも急ぐ用事は何もない。


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