表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海の娘と砂漠の男と猫の旅  作者: 守雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/42

9 海の村の掟     

 イーファは泣き止んでもまだ「私のせいで、鞭打ちの傷口が開いてしまった。ごめんなさい」と恐縮する。ジーンは慰める代わりに、イーファに提案をした。


「じゃ、お互い様でイーファもなんで船村を離れたのか、話すか?」


 おそらく重い理由があるのだろう、言わないだろうなと思いながらジーンがそう言うと、あっさり「わかりました」と言って、イーファが話し始めようとする。自分で言い出しておいてジーンが慌てた。


「いや、冗談だよ、話さなくていいよ」

「いえ、大丈夫です。ジーンさんが国を出た理由が、そこまでつらい話とは思わなかったんです。あまりに申し訳ないから私も話します」

「重い過去競争じゃないんだから、いいって」


 ジーンは苦笑して止めたがイーファは譲らない。仕方なくイーファの話を聞くことになった。


 ◇


 船村には掟が色々あって、そのひとつが「海に血を流さない」ってことでした。

 血が出る怪我をしたら海には入らない。女の人は月の障りがある間は絶対に海には入らない。


 海に血を流すと、はるか遠くから鮫が来るんです。鮫だけならまだしも、大口魚ビッグマウスが来ちゃうと船ごと海に引きずり込まれるんです。

 それなのに、うちの父さんと母さんが次々に咳と血を吐く病気になりました。二人とももう海に入れないから私が海に潜って二人を養ってました。


 私の狩りの腕は良かったから、食べ物には不自由しなかったんですけど、両親はだんだん弱っていきました。咳と一緒に以前より多く血を吐くようになりました。


 あの病の治療法は、ひたすら寝て栄養のあるものを食べるだけです。一番効くと言われるのは少し離れてる磯場のむらさき牡蠣がきを食べさせることなんですけど、紫牡蠣が採れる磯場は年に二ヶ月は大海蜘蛛シースパイダーが産卵に来て卵を守ってるから近寄れないんです。大海蜘蛛シースパイダーの産卵期に磯場に行かないのも掟のひとつでした。


 そのうち父さんが死んで、母さんはいっそう弱りました。磯場に近寄っちゃいけない時期でしたけど、母さんの残り時間を考えたらどうしても我慢出来なくて、夜中にこっそり行って牡蠣を採りました。


 大海蜘蛛には気づかれなかった、そう思ってたけど、気づかれていたんです。私はあとをつけられていて……船村が襲われました。

 たくさんの船が沈められて、怪我人もいっぱい出ました。赤ん坊や年寄りも海に落ちて、死人が出なかったのは村のみんなが協力して救い上げてくれたおかげです。


 族長に全部見ろって言われました。お前が引き起こしたことを、最後まで見届けろって。

 溺れかけて泣いてる赤ん坊や子供、波間で苦しんでいる年寄りたちを、リーダーの船の上からじっと見させられました。


 そのあと、母さんが息を引き取るまでは看病させてもらえました。母さんを海に帰した日に船村を追放されたけど、私には何も文句はないです。母さんは結局紫牡蠣を食べる元気もなかった。私がやったのは、全部無駄どころか災いを引き起こしただけでした。


 ジーンさんも私も追放されたことは同じだけど、全然違います。ジーンさんは騙された。

 私はわかっていて掟を破ってみんなを死なせかけました。

 だからって言うのも変だけど、ジーンさん、つらいことがあったらいつでも聞きますから。気持ちがしんどい時は私になんでも言って吐き出してくださいね。


 ◇


 イーファの話が終わり、ジーンは両腕を自分でこすっている。そのがっしりした腕には鳥肌が立っていた。


「いやぁ、俺は今、人生最高に怯えてるよ。海はやっぱり苦手だ。中にいる生き物が恐ろしすぎる。なんだよ船を引きずり込む大海蜘蛛って! 人間のあとをつけてきて村を襲う知恵があるのが恐ろしいわ!」

「え。そこですか?」

「ああ、そこだよ。巨大な蜘蛛に知恵があるなんて恐ろしすぎるわ!」

「変な人……」

「なんでだよ!」



 そんな感じでイーファたちは馬車を進めた。

 ジーンはイーファを笑わせたかった。

 惨状を見させられている時のイーファの気持ちを想像したら、ジーンが危うく泣きそうだった。


(この子は、俺の話を聞いて泣いたのに、自分の話をするときは泣かなかったな)


 ジーンはイーファの心の傷の深さを哀れに思う。

 馬車は休み休み進んで、夜には森の街ナーシャに着いた。まずは街の警備隊詰所に向かった。

 男たちを警備隊に引き渡し、警備隊の責任者と交渉した。ジーンの交渉のおかげで、報奨金の代わりに奴らの馬車を引き渡して貰えることになった。ジーンの交渉は巧みだった。聞いていたイーファは(勉強になる)と感心した。


 イーファたちが見つけた宿は一部屋しか空いてなかったが、イーファが「私とジーンさんだから、同じ部屋でも問題ない」と言う。宿の受付係が(この二人の関係は?)という視線を向けてきた。もめればいっそう興味を引いてしまうことをジーンは避けた。


「まあいい。同じ部屋で我慢する。猫は馬車で留守番だぞ」

「はい」


 部屋への階段を上りながらイーファが「あの子はわかってるから。いなくなったりしない」と断言した。


「そう願いたいな。土地勘のない場所で猫探しは勘弁だ」

「だから大丈夫ですって」

「わかったわかった」


 鍵を渡された部屋は二階で、ベッドが二つ、テーブルがひとつ。外套掛けがひとつ。

 ジーンがベッドの下や壁の隅をチェックしてる様子を、イーファが不思議なものを見るような目で眺めている。


「これからはお前も気をつけろ。ベッドの下に誰か隠れてるかもしれないし、壁に覗き穴が無いとも限らない」

「え。まさかそんなことが? 他人の部屋をなんで覗くんですか?」

「理由はいろいろだ。たいていはそんな事態はない。でも一度でもあればそれが命取りになる。イーファを狙ったあいつらみたいなことは、少しの用心で防げるんだよ」

「なるほど。わかりました。気をつけます」


 イーファは素直だった。悪人がいない環境で育ったことも受け答えで伝わってくる。


「で、お前はこれからどうする? 俺はしばらくはここに腰を落ち着けるつもりだが」

「私もそうするつもりです。この町で仕事を探そうと思います。せっかく冒険者登録したから、明日は冒険者ギルドに行って仕事がないか聞いてみようと思います」

「あー。まあ、冒険者はお前に向いてるか」


 イーファが花開くように笑顔になった。


「ここに湖か川があれば私、結構いけると思うんです」

「冒険者ったって最初は採取の仕事からだぞ?」

「えっ? どうして? 仕事を自分で選べないの?」

「やる気満々の初心者が腕に見合わない獲物を狩りに行って、次々死んだらギルドも困るだろう」

「あー。なるほど。じゃあ、早く獲物を狩らせてもらいたかったら実績を積めばいいんですね」

「そういうことだ。俺は、そうだなぁ。冒険者でもいいし、用心棒専門でもいいかな」


 イーファがじっとりした目で見てくる。


「心配するな。俺だってこの歳までそれなりに色々と鍛えてきてる」

「その歳だから心配なんです」

「やめろ。俺を年寄り扱いするな。でもまあ、陸の生活に不慣れなイーファが心配でもあるから、俺も一緒に冒険者ギルドに行ってみるか」

 

 イーファがパァッと顔を明るくした。それを見てジーンはハタと思い出した。


(あれ? 一緒に行動するのはナーシャに着くまで、って話だったよな。ん-……まあいいか。俺もイーファも急ぐ用事は何もないんだし)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ