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1 イーファの旅立ちと出会い     ・

 海面には青海葦シーリードで作られた小ぶりな船がびっしりと並んで浮いている。その数はだいたい五百艘。

 誰かが寿命を終えて海へと還れば船は燃やされて数を減らし、誰かが夫婦となって独立すれば新たに青海葦が編まれて船が増える。船の使い回しはされず、船が増えるときはいつでも新品だ。


 銀色の長い髪の少女イーファは夜が明ける直前、空と海が藍色から青に変わるのを岩場から眺めていた。この海のこの色の変わる様を再び生きて見ることはないだろうと思うと胸が詰まった。

 掟を破って追放されたイーファを見送る人は誰もいない。別れを惜しんでくれたはずの父と母も、もういないのだ。


 本来なら塵一つ残さず燃やして海に還さねばならない船の一部を、布に包んで旅の同行者代わりに持ってきた。どうせ掟を破って追放されたのだ。ひとつ破るも二つ破るも同じことだ。

 水平線の一箇所がカッと白く輝いて、太陽が空と海とを切り分けた。


「ありがとう。さようなら」


 海に背を向け、銀獣ラルーの柔らかい革で作られた靴をキュッと締め直し、イーファは歩き出した。

 遠くへ。海が見えなくなるまで。潮の香りがしなくなるまで。そして船人ふなびとたちの目に触れなくなるまで。

 


 太陽が低いうちに距離を稼がなければならない。身体を冷やす海がないのだ。歩け、歩け。心を無にして北へ北へと歩き続けた。

 ゆるやかな登り下りを繰り返しつつ背丈の低い草原を進む。前方に林がある。あそこまで行けば日陰で休める。

 汗が流れて目に入る。手の甲で汗を拭いながらイーファは歩いた。


「水は一度にひと口ずつ!」


 風と鳥の鳴き声以外の音がしないことに耐えかねて、思わず声に出して独り言を言う。

 自分が入れそうなくらい大きなリュックから海竹草シーバンブーの水筒を取り出して栓を抜き、律儀にひと口だけ水を飲む。

 喉を流れていく水は、ほんの少しだけ生まれ育った海の香りがした。


 夜の寒さに備えて重ね着していた黄色草の上着を脱いで腰に巻いた。少し身体が涼しくなって歩きやすくなった。


 「あとちょっと!あとちょっと!」


 こんなに土の上を歩いたのは何年振りか。父と二人で街の市場に必需品を買い物に行って以来だ。

 泳ぐ時とは違う筋肉を使うから、早くも体のあちこちが張っている。銀色の長い髪が汗で顔や首に張り付いて鬱陶しい。


「たしか、組み紐、あったよね」

 リュックを下ろし、脇にある小さなポケットから赤と黒の細い組み紐を取り出して髪を後ろでひとつに束ねた。

 前方はるか遠くで塊に見えた林も、次第に一本一本の木が見分けられる距離になった。


「あそこに着いたらひと休みしようっと。やっと休めると思うと頑張れちゃうな」


 次第に独り言が多くなってるな、と気づいているけど止められない。

 やがて草の背丈が少し高くなり、そこを歩いて抜けたら林にたどり着いた。


「はい、着きました!あー。つかれたー!」


 日陰を探して地面に腰を下ろした。歩き続けた脚が急に文句を言うように痛み出した。

 太陽はだいぶ高くなっている。食べられる時に食べておこうと、リュックの上部を開けて中から自作の弁当を取り出した。


 焼いて干した硬い魚と船で飼ってた小型山羊の乳を固めた物、海藻を薄味で煮て柔らかくしたもの。

どれも食べ慣れた物ばかりだ。

 ゆっくり食べたけれど、一人の食事はあっという間に終わる。最後に水を飲んで目をつぶった。ほんのちょっぴりだけ眠るつもりで。



大海蜘蛛シースパイダーが来るぞ!」


 あちこちの船で叫ぶ男たちの声。怯えて泣く子供の声。ひときわ大きな波の音がして、船が何艘も海中に引きずり込まれていく。


「俺が行く!」「俺もだ!」


 腰にロープを縛りつけた男たちが次々と海に飛び込み、仲間が巨大な蜘蛛の餌となる前に引き寄せる。船の上の者は助けの者が仲間を掴んだと見るや、急いでロープを引いて蜘蛛から距離を稼ぐ。

 足枷をつけられて動くことも出来ずにそれを眺めている自分に、船の村のリーダーが言う。


「目を逸らさずに見ろ。全部見るんだ。これは全てお前が引き起こしたことだ」



 ハアッハアッハアッ。

 荒い息をして目が覚めた。すっかり眠っていた。慌てて全財産であるリュックを確認して抱き抱え、ホッとした。


「おう、生きてたか。行き倒れかと思ったよ」


 すぐ近くで男の声がしてイーファの身体がピクンと跳ねた。リュックを置いて立ち上がり、ズボンの脇ポケットからナイフを取り出して構えた。流れるような一連の動作は身についている習性みたいなもの。


「おっと。落ち着け落ち着け、何もしやしないよ。ナイフを下ろせ、お嬢ちゃん」


 声をかけてきた男は三十歳くらいか。濃い茶色の髪と茶色の瞳の背の高い男だった。十六歳のイーファはナイフを下ろすべきか否か判断がつかない。


「誰?私に何の用?」



 

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