【3分で読めるホラー】暁紅に燃ゆる駅
夏、明け方の光によって東の空が真っ赤に染まりはじめた時間。
所属している野球部の朝練に向かうために、ユニフォームを着たまま、古めかしいローカル線の始発に乗った。
そうして、田んぼのど真ん中。
誰もいない無人駅のさびれたホームに、俺は降り立つ。
(こんなに早い時間に学校来てるのは、俺ぐらいか……まだ二軍だから練習ぐらい頑張らないと……)
朝の新鮮な空気を感じた後に古い駅舎を通ると、錆の匂いが鼻について仕方がない。
ちょうど電車が次の駅へと出発し、ガタゴトと音を立てながら遠くへと消えていった。
駅の名前は、俺が通う地域唯一である高校の名をとって「野火高校駅」。
かつて空襲があり、辺り一面が焼け野原になった際の、街が燃える様子から「野火」という地名がついた逸話が残る場所だ。
爆撃があったのは朝方だったそうで、多くの者たちが路面電車でにぎわっていた時間帯だと教えられている。
「おい、そこの」
降りたのは俺一人だと思っていたが、背後から男に声をかけられた。
振り返ると、笑顔が気持ちいい黒い学ランを来た男子高校生だ。
「すんません。方向音痴じゃからか、今日が一軍に上がって初めての試合だからかは知らんが、どうしても駅に戻ってきちまうんよ。自分の学校なのに情けない。あっちの位置で合ってるんかな?」
そいつが指差した方向は、高校とは全然別の場所だった。
(何年生だろう? こんなやついたかな? 田舎だから、大体の生徒の顔は分かるのに――それに一軍? 野球部みたいな言い種だな)
「いえ、違いますよ。こっちです」
相手は先輩かもしれないから、一応敬語で答えた。
すると相手は満面の笑みで、手を軽く上げて田んぼの細道を走り去って行く。
「ありがとう! お前も、野球をしよるんか? 軽打が得意なんよ、俺! 今度、お前もうちの野球部に入部しぃ」
(軽打……ボールが得意なんだな。それにしちゃあ、田んぼの一本道で道に迷うとか変な話だし、俺も野球部なんだが……)
少し考えた後、男が去って行った場所を見る。
――そこにはもう、誰もいなかった。
一面に広がる田畑を通り抜けるには、あまりにも俊足すぎる。
そして、俺はあることに思い当たった。
自分たちの高校の制服はブレザーなのに、彼は学ランを着ていたな――と。
後で聞いた話だが――。
空襲で燃える前、あの青年が指差していた何もない場所に、自分たちの高校の前身である旧制中学校があったそうだ。
当日、野球部の練習試合が設けられていたらしい。
一軍での初めての試合を楽しみにしていた生徒も中にはいたのだろう。
――暁の空の下で出会った彼がいったい何者だったのかは、今となっては知る由もない。
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