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まとも

今日は飲酒記念日

大人の階段のぼる

 雨が降っている。梅雨入りまで、もうしばらくあるはずだが気が早いものだ。今日は記念日なのに水が差される思いだ。駅前のさびれた薬局でウコンドリンクを買った。駅前の一等地で家賃も馬鹿にならないはずなのに、いつ見ても客がいない。この薬局は、どうやって息をしているのだろうか。来季は経営学の講義を受講してみようか。そんなことを考えながら、雨の中を歩く。ざざざざと傘が鳴っている。いつもは鬱陶しいだけの雨も今日はリズミカルに聞こえる。


 新しいことに挑戦するときは、いつも心躍るものだ。高校卒業した記念に煙草を吸ったときの事を思い出す。同窓生よりも大人になったようで優越感を感じた。自分だけ一歩進んだように思った。大学の入学式でも、私は君たちとは違うんだ、と高い所にいるような気分だった。


 駅から家までの徒歩15分。私は今朝見た連続ドラマを思い出す。やけ酒を飲んで鬱憤を晴らしていたシーンだ。飲酒をすると楽しいに違いない。普段の辛いことを忘れられるに違いない。きっとフワフワしてクラクラして辛いことを忘れ去らせて、楽しいことだけを切り出してくれるに違いない。別に辛いことにまみれた人生でも無いけれど、楽しいならば楽しいに越したことはない。


 今日、初めて大学に行った。2カ月も延期されるとは思わなかった。せっかく、買ったお酒も冷蔵庫で眠り続けている。買った時よりも熟成して美味しくなっているかもしれない。そう考えると悪い気はしない。どうせ、世間の良い子ちゃんたちは煙草を吸ったことも無ければ、お酒を飲んだことも無いだろう。一昔前までは新入生にお酒を飲ませる伝統があったみたいだが、もうそんな時代じゃない。お酒を飲ませたのが大学にバレれば、良くて活動休止、悪ければ廃部(廃サークル?)になるらしい。と、yahoo知恵袋に書いてあった。だからか、初講義の日なのに私が勧誘活動を受けることは無かった。もしくは喫煙習慣のおかげで私が大人びて見えて、新入生に見えないのかもしれない。あるいは、世間の大学生には私が見えないのか。


 世間の真面目くんたちの話はどうでもいい。私は今日また一歩大人になってしまうのだ。この前メガドンキで買ったウィスキーがある。そこいらの大学生だったら、20歳になって缶チューハイやらビールでお酒デビューするに違いない。私は違う。最初からロックだ。ウィスキーをロックで飲む。


 そんなことを考えているうちに下宿先につく。下宿と言う言葉が時代がかっていて気に入っている。大正か昭和の学生みたいで、大人びているように思う。下宿先で小説を読む。まるで自分はエリートのような気分になる。うちの大学はリベラルアーツ教育に力を入れている。旧制高等学校ではリベラルアーツに重点を置いていたらしい。と、ウィキペディアで読んだ。


 まずは、ウコンドリンクを開栓する。ひどく甘ったるい匂いがする。中を覗くと何とも微妙な黄色をしている。未知の液体を前に少しひるんでしまう。しかしオロナミンCのようだと思えば美味しそうに思えなくもない。戸惑っていても仕方がない。ちびちびと舐めてみる。意外にも甘い。ひたすらに甘い。残りを一気飲みする。ただ甘い。それ以外に感想が無い。勝手に苦いものだと予想していたので拍子抜けだ。これはただの前座に過ぎない。


 冷蔵庫から、スコッチ・ウィスキーの瓶を取り出した。ジャパニーズ・ウィスキーなんかも良いかもしれないが、通はスコッチ・ウィスキーを選ぶ。と、Twitterで見た。


 グラスにロックアイスを詰め込む。どれくらい入れればいいのかわからない。画像検索してみると、ぎりぎり一杯まで入れるようだ。それを真似て、アイスをグラス一杯に詰め込んだ。そして電灯を消し、間接照明をつけた。ウィスキー瓶と氷が一杯のグラスが壁に大きな影を作った。この部屋にいるだけで私は大人になった。


 ウコンを飲んだ、グラスも準備した。私の飲酒記念日は万事万端整った。


 ウィスキー瓶を開け、瓶口に鼻を近づけた。


 ――???


 若干、予想と違う香りがする。あくまで若干だ。想定の範囲内だ。私はこのようなことで狼狽えない。なぜなら大人だからだ。とにかく、これは些細なことだ。これが大人の香りなのだ。いや、きっとグラスに注ぐことで香りが開くに違いない。


 ウィスキーをグラスにとくとくと注ぐ。グラス一杯に注ぎ、瓶を置き栓をした。


 部屋中に濃密な大人の香りが染み付くようだった。グラスに鼻を近づけて香りを堪能する。


 ――???????


 なんだろう。ウコンドリンクが恋しくなった。いや、これが大人の香りなのだ。大人になると言う事はこの香りを受け入れると言う事なのだ。ここで戸惑うのは子どもだ。私は大人なのだから飲める。大丈夫だ。


 意を決して、グラスに口をつけてグイと一口飲みこんだ。


 ぐわっと口から胃にかけて焼けるような感じがする。水だ。水が飲みたい。キッチンかけていくと蛇口から直接、水を飲んだ。たらふく飲んだ。




 はたして私は大人になれたのだろうか。


 そんなことを考える私の目の前には、刺激的な液体正露丸がグラス一杯になみなみと注がれている。

お酒は二十歳になってから

ラフロイグは飲める正露丸

ギネスビールは辛くない醤油

だが、それが良い


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