(人)土鍋
学業の為上京してすぐに不慣れな土地で体調崩した時の話。
病院も分からず救急車呼ぶ気力もなく1週間程ほぼ寝たきりになった
漸く峠を越し登校しようと玄関を開けると見覚えのない土鍋と置き手紙が。
仕方なく自室に引き上げ手紙を読むとギリギリ面識があるかないか?レベルのクラスメイト♀からだった
「俺君、学校休んでて心配だったから来ました。これ食べて元気になってね」
うーん、こんな事をされる理由もないけどな…と困惑したがこれが何時から置かれていたのかが分からない
とりあえず土鍋だけでも洗って返そう、と流しで中身を捨てようとするとその異常さに気がついた
キノコ雑炊、とおぼしき中身の所々から黒い糸が飛び出ている
よくよく見るとそれは糸ではなく結構な量の「髪の毛」だった
「うへぇぇ…」
と我ながら情けない声を出してしまったが直ぐに待ち受けている問題に気付いてしまった
(どんな顔して土鍋を返せば良いんだよ?)
普通に?いやいや、反応が怖い。
「髪の毛入ってたよ、アハハ」
…笑い事で済むレベルの量じゃない
暫く考えたが結局答えが出ないまま久しぶりに登校してみた
教室に入ると皆の目の色が好奇心の塊の様に刺さる。仲良くなった数人はいそいそと近寄ってきて興味津々で聞いてきた
「ねぇ、○実と同棲してるんだって?」
。。。は?それは一体何の話でしょ?
問いただすと恐ろしい展開にビックリした
聞くと俺が休んで直ぐに○実(土鍋の持ち主)が俺の容態を心配していたらしく事務所で住所を聞いていたらしい
(当時は個人情報保護なんてなかった)
で、その後は○実が友人達に語った話らしいが見舞いに行ったその日に結ばれて以降押し掛け女房をしている、と
聞いていて目眩がした俺は即帰宅する事にした
心配からなのか興味からなのか二人程家まで付き添ってくれる事になった
駅を下り数分でアパートに戻ってきたが部屋に友人達を招き入れると予想とは違った様でガッカリされた
「なぁんだ、てっきり○実がエプロン姿で待ってるのかと思った」
もう反論する程の体力が残っておらずソファーに腰掛けたまま黙っていた
「折角だから(?)少し片付けしてあげるね」
と女友達がキッチンに向かった直後、ヒッと軽く悲鳴を上げた
忘れていたがあの(髪の毛入りキノコ雑炊)はまだ三角コーナーに放置されたままだったのだ
瞬時に空気が変わったので要らぬ誤解を生まない様に事の次第を話した
一通り、と言うか分からない事だらけだったが見たままを話すとその場の全員は○実の異常さに気がついた
「え?だって彼女…毎日俺君の世話してるとか幸せそうに言ってたよ?」
「俺も休み時間になるとのろけ話聞かされてて…全部嘘かよ?」
誤解が解けると今度は一種の恐怖が襲ってきたらしい、皆静かになった
俺が知っているのは土鍋だけだからどうしたら良いか分からない
そうこうしている内に夜になり一人を除いて皆帰る事になった。
一人は心配して今日は見張ってくれるらしい
単なる興味本位だろうが弱ってる時には頼もしい、彼には夕飯を奢って引き続き警備係?をして貰った
ビデオを見たり授業の話をしたりして10時を過ぎた頃だろうか、玄関先でドアについている郵便受けがカタンと鳴った
こんな時間に?と思ったが気付いた友人が足早に玄関に向かうとドアを開けて外を見てくれた
「誰か向こうに走っていったけどよく見えなかった」
いきなり不審な物音だからそれも仕方ないよ、と慰めたが本人は捕まえられなかった事が悔しそうだ
諦めて部屋に戻る時に郵便受けから封筒を持ち帰ってきた
淡いピンクの封筒に丸っこい文字で「俺君へ」と書いてある。
当然だが直接投函なので宛名も送り主の名もない
多分○実だろう、もう気力も失せたので放置しようとしたが即席警備員はそうはいかない
「俺君、開けていいかな?」
えぇ、ご随意に、と言う事で開封する事になった
「…何これ、気持ち悪ぃ…」
内容もどうでも良かったがご親切に読み上げてくれた
「俺君、今日はお友達がいるのかな?」
という書き始めの後は俺と○実の(愛の日々)が延々と書いてあった
顔と名前が一致しないから現実味もなかだたのにこれまたご親切に警備員は自前の集合写真を見せてくれた
非常階段に設置された喫煙所、皆くわえ煙草でポーズを取っている中に○実が写っていた
この後は何の展開もなく即席警備員の武勇伝?
と共に○実のストーカー事件が暴露され居たたまれなくなった○実は退校、
俺も身内の事情で地元に新設される学校への転入の為に程なくして学校から去る事になった
モノには罪がない、という持論でその土鍋、まだ手元にあったりする




