(霊)川遊び
子供の頃、夏となれば川で泳ぐのが海無し県住みの俺達の楽しみだった
ただ大人からは「お盆になったら絶対に泳ぐな」と執拗に言われていた
何で?と聞くと「お盆になったら仏様が川を下ってくるから連れていかれる」という
子供心に(んなバカな…)とは思っていても何度も聞かされると自ずと自制する様になった
ある夏の日、父方の実家で葬儀があって母親が手伝いにかり出された
葬儀の拘束時間は俺には拷問に近く忙しく動く大人達の目を掻い潜って従兄弟と川に向かった
盆の河原には人気もなく釣り人の姿もなかった
俺はおもむろに海パン一丁になると従兄弟を誘ったが親にバレるのを怖れてモジモジしだした
と、アブが従兄弟の近くをブンブン飛び回りだして彼は暴れながら家の方に走って行ってしまった
仏様が川を…という伝説よりも盆近くになるとアブが多くなるから近づかなくなる
これが子供達が言い付けを守る本当の理由だったのかも知れない
とにかく海パン一丁でアブの襲撃を受けたらひとたまりもない
水中メガネを装着してすぐさま浅瀬に体を沈めた
いつも遊ぶ場所より少し上流だったが川下りすれば行ける、とバカ丸出しで下り始めた
近いと思っていたが小一時間掛かってようやく目的地に辿り着いた
案の定誰もいない上に日が傾いて来ていて少し肌寒くなっていた
一人で泳いでいてもそんなに間が持つ訳もなく飽きて河原の石に腰を下ろして体を乾かしていると
右(上流)の方からガサガサ…と草をかき分ける様な音がした
風かな…とボンヤリ見つめているとソレはいきなり現れた
何と形容したら良いか分からないが無数の人?っぽい塊が上流から流れる様に迫ってきた
声を上げようとしても声が出ず体がすくんで身動きすら取れない
その塊は川面を覆い尽くす勢いでゆっくり動いている
(あぁ、連れて行かれるんだな…)
固唾を飲んで見つめているとその塊は俺の存在には目もくれずそのまま下流へと下って行った
体が動く様になるまでに時間を要したせいで日はすっかり落ち薄暗くなっていた
流石に帰りに河原を上って帰途につく気にはなれず遠回りして畦道を歩いて戻った
実家が近付くと叔父さんが走り寄ってきてフルパワーで殴られた
どうやら従兄弟が俺を売ったらしく大騒ぎになって葬儀どころではなくなったらしい
とりあえず俺が戻って良かった良かった、となったが殴られた痕が晴れてちっとも良くなかった
その夜、叔父さんが俺を外に連れ出した
また殴られるのかと身構えていたらやり過ぎたと謝罪された
俺は今日見た事を伝えアレは何だったのか質問をしたら叔父の顔色が曇った
お盆に仏様が川を下って帰って来るという話は叔父が子供の頃から言われていた事で
俺が見たモノも噂では聞いていたらしい
当然ただの言い伝えだと信じてはいなかったが俺の告白に驚いていた
叔父の同級生も盆中に川に入り溺死したという
「河原にはな、お盆に帰るに帰れない無縁仏さんが集まるんだよ」
「だから寂しくて生きた子供を見ると連れて行くんだ」
しんみり話す叔父に何か真剣味の様なものを感じ以降お盆に水辺に行かなくなった
毎年、ニュースで水死の報を聞く度に先人の言い伝えは理屈じゃなく何かを含んでいるものだ、と
しみじみ思い返す




