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10話:宗田恒夫に赤ちゃん誕生と父、健蔵の心筋梗塞

 そして2013年9月には鶴見家の車が10年を迎えて9人乗りのハイエースを購入して、寮生、寮を訪れる人の送迎にも使える様にした。その後、寮生が元町中華街、石川町、関内へ行く場合、1人バスと同じ料金で送るようにし橫浜駅まで片道300円、新横浜まで片道500円で送迎するようにした。そして2013年11月にオリックスを売り2013年12月にSMCを売って宗田恒夫の資産が1億円を回復し1.1億円となった。


 そして姉の須磨子も2千万円の株の売却益をあげ今迄の女子寮と駐車場の累計利益をいれて、鶴見夫妻の資産も1億円の大台に乗り、その中でも駐車場の収入が大きい事がわかった。そうして2014年を迎えた。この年は2014年1月15日に宗田恒夫の奥さんの栞さんが体調が悪いというの内科に行くと問題ないと言われ、産婦人科で妊娠がわかり出産予定日が2014年7月27日とわかった。その後も本牧の寮で宗田恒夫さんとずっと一緒に過ごした方が安心できると一緒に過ごした。


 そして暖かくなってきた4月に、やけに大きなを見て姉の須磨子さんが、もしかしたら双子かも知れないねと言った。そして5月の検診で双子の可能性が高いと産婦人科の先生にも言われた。そして7月24日にかかりつけの産婦人科病院で双子の女の赤ちゃんを出産した。その後、名前を長女を慶子と次女を祐子と名付けた。その後は姉の須磨子が栞さんの身の回りの世話を引き受けてくれた。そして双子用の大きな乳母車を買い。検診の時は須磨子さんと宗田恒夫の3人で出かけた。


 その後も順調に育ちミルクが足らない時のためにミルクも買って3人で双子ちゃんを育てた。そして車を持っていなかったが寮での送迎寮にも使える様にベルファイヤというと与太の最高級ワゴン8人乗りを500万円で購入した。しかし、その後、姉の須磨子が名義をこの寮のものにして、会社の経費で落とすように提案すると同意して、寮の所有の物とした。以前のハイエース9人乗りもそうした。そして頻繁に免許を持ってる人で手の空いてる人が送迎するようにした。


 そのために7月から近所住んでいて通える中高年女性のパートさんを4人雇い、毎日切れ目なくローテーションを組んで働いてもらった。宗田恒夫さん夫婦は、この寮の食事を頼んで食べるようになり、非常に重宝していた様だ。この年は双子誕生で忙しい1年が、あっという間に過ぎ、大きな問題も起こらず2015年を迎えた。2015年の冬も双子ちん達は風邪をひかずに元気に泣いていた。ミルクの飲みも良く健やかに育っていた。


 その合間をぬって宗田恒夫は株を買って値動きを注視していた。そして日東電工株の売買でも利益をあげて順調に利益を積み上げていた。2015ねん夏には双子ちゃんが伝い歩きから、よちよち歩きになり10月にはしっかりと歩き始めたが、部屋には鍵をして外に出られないようにして宗田の室内だけで歩いていた。やがて離乳食が始まり順調に育っていた。やがて2016年と迎えて鶴見須磨子の息子、敦夫も中学生になり体が大きくなり背丈は須磨子を超えた。


 

そうして高校は近くの緑が丘高校なら歩いて通えると言い希望していたがレベルが高いので入れるのかと言われるのが悔しくて中学1年生から勉強し始めて、中学1年でクラスベスト3、学年ベスト10以内をキープしていた。その後もフェリス女学院大学の寮生の人に主要5科目「英語、数学、理科、社会、国語」を教えてもらっていた。やがて2016年も夏休みになって敦夫の高校進学があり、どこへも出かけずにいた。やがて秋になり11月12月を経て2017年になった。


宗田恒夫は、まだ小さな慶子と祐子を将来、フェリス女学院中学から高校に入れて、将来は有名大学に入れたいと夢を描いていた。そして2017年4月に入りなり、入寮生の出入りがあったが、今年も欠員が出ずに済んだ。そして敦夫が2年になると学年のベスト5に入り数学はトップになった。このまま順調に行けば緑が丘高校が射程距離に入った。そして夏休みもクーラーのきいた図書館で敦夫は勉強を続けていた。秋になり、やがて年末を迎えて2018年を迎えた。


 2018年1月8日、寒い朝6時過ぎ、須磨子の父、宗田健蔵、70歳が急に胸がいたいともがき苦しみ始め、伊勢佐木町のマンションから救急車でみなとみらいのけいゆう病院に運ばれたと連絡が入り宗田恒夫と鶴見須磨子がハイエースに乗って出かけ6時半過ぎにけいゆう病院に到着し、手術の状況を聞くと、気づいたのが早かったので大事にはいたらない可能性が強いと若い医師に説明された。7時過ぎに手術した先生が出て来てステント手術で細くなっていた心臓周辺の血管を広げたので、まずは心配ないでしょうと言われた。


 ただ他の心臓周辺の血管と脳血管をCTスキャンかMRIで見てみないと細かいことがわからないので5日間入院する事になると言われた。そのため、母の織絵さんは本牧の女子寮の須磨子の部屋で生活する事にした。手術後9時半に宗田健蔵の入院している部屋を訪ねると世話かけてすまないねと言い意外に元気そうで安心した。5日間かけて悪い所がないか詳しく検査するようだと説明した。織絵は、まだ、あんたに死なれては困るんだよと、涙ぐんで言うと、俺だって、まだ、死ぬ訳には行かないと笑いながら言った。


 すると織絵がそれを聞いて安心したと語った。そして1月13日退院の日、宗田恒夫と鶴見須磨子と母の織絵が、けいゆう病院に行き、主治医の診察を受けると、心臓周辺の血管の3ヶ所に細いところが見られるので、ステントを入れる手術が必要で、半年に1回のペースで1年半で全部処置しますと言った。脳の方は、幸い、年相応の状態で特につまってそうなところは見られないと言った。そして今後の食生活では油物、アルコール、塩辛い物を控え、野菜を置く取りましょうと言い、適度な運動も継続して下さいと言われた。

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