第3話 見た目が優しそうな女の子には気をつけて。
かくして、ラオナとオレの槍の修行が始まった。
ラオナ曰く、幸いにも他国との戦争は始まったばかりで、まだ敵が攻めてくる気配は無いようだ。
この期間に充分に訓練を積んでいくことになる。
「あなた武術の経験とかあるの?」
修行に入る前にふと聞かれた。
「高校の時にボクシングをやってたよ」
「ボクシング?」
こっちの世界ではボクシングは無いみたいだ。当たり前か。
「革で作られた手袋を両手にはめて殴り合う。そういう訓練だ。」
「敵と対峙した時を想定した訓練ってこと?」
「そうだ。但し、得物は使えない。両手の拳で相手を殴り倒したら勝ち。そんな競技だ。」
「それいいじゃない!」
急に大声で叫んできたから、かなりびびってしまった。
俺は内心ドキドキしながら何が良いのか、頭に疑問符を浮かべながらラオナを見た。
「何が良いんだ?」
「これから修行するけど、いきなり槍の扱いなんてあなた出来ないでしょう?」
もっともな意見である。
「だから、あなたがやっていたマクシングって武術で実戦積みましょう!」
「ボクシングな。」
確かにいきなり槍捌きを教わっても役に立だないどころか、足を引っ張って共倒れになると思う。
ならここは俺のやっていた武術で彼女と稽古を積んでいく方が合理的だな。
「はい。革じゃないけど手袋ならあるわ。」
ラオナが棚からふかふかした生地の暖かい手袋を用意してきてくれた。
気持ちは凄く嬉しいのだが、これから女の子を殴るのは何か気が引けた。
だが蘭々とした表情で、どこか嬉しそうな彼女を見ていたら断る理由が見当たらなかった。
「よし。それじゃあやるかー。」
気怠げな声と共に手袋を装着して俺は彼女の豊満なバストを殴ろうとした。
最初にお触りをして、ごめーん、ついうっかり触っちゃった!って感じになれば美味しい思いでセクハラが合法的に出来る!
などどいう邪な魂胆の元触ろうとするが
「あれ?どこに……」
視界から急に彼女が消えた。そして次の瞬間、
「ーっあああああああああああああああああああ!」
ハンマーで殴られたみたいな衝撃が来た。視界が揺れて、頭がクラクラする。
いやいや、可笑しいだろ。見失ったのは確かだけどいきなり衝撃がきて気づけば天井を見て足にも来てる。
下から殴られたことは分かるが、鈍器で殴られたように錯覚するってことはパンチ力が尋常じゃない。
見た目が天使みたいだから忘れていたが、異世界の女の子だってことを忘れていた。
死ぬ気で避けなければならない。
俺は必死の形相になって距離を取る。見るとラオナが俺に向かって二撃目を食らわそうと突進してきている。
動作は見えているが、恐怖心からか上手く躱すことが出来ず、両腕を締めてガードする。
そのまま俺のボディめがけて連打連打の嵐。
ガード越しでも効いて朝食べたご飯を戻しそうになる。
このパンチの威力、次顔にもらったら確実に倒れる自信がある。
だがこの猛攻の中(といっても俺は防御で精一杯)ラオナは息が上がらない。むしろ嬉々とした表情で殴る彼女を見てぞっとした。
このままだとジリ貧だ。何とか手を出して距離を取らないと。
後ろは壁。前には敵、横には何もない。
俺はフック気味に彼女の肩を叩いてそのまま位置を入れ替えた。
「あれ!攻めてたのにー。逃しちゃった。」
余裕そうな表情に少し苛ついた俺は、下からボディめがけてアッパー気味に攻撃する。
「痛い!やったなーこの野郎!」
いやさっき俺を殺しかけてたのはどちら様でしたっけ?などと言えるはずも無く、今度は相手の攻撃に自分が被せる形でジャブを打つ。
とりあえず彼女はパンチ力はやたらと強いが動きが直線的で読みやすい。こちらに攻撃する時はストレート系のパンチを屈んで躱して俺の顎めがけてアッパー。外したらボディめがけてストレート系のパンチ。リーチに差がある分、俺は不用意に詰めていかずジャブで距離を取りつつボディにフック、アッパーを打ち込んでいく。
ラオナは攻撃を貰うたびに不機嫌な表情になっていく。攻撃している最中は天使のような笑みだからタチが悪い。
半刻は過ぎたであろう時、ラオナがとうとうへそを曲げた。
「そっちばっかり当ててズルいよ。」
汗だくになって死にそうな顔の俺は答える。
「そりゃあ必死だからな。」
避けるのに夢中になりながらも何とか手を出していた。俺は今まで判定で勝ちに持っていくプロボクサーを馬鹿にしていたが、今後一切そんなことはしないと心に誓った。
何故って今がそんな気分だからだ。
「とりあえず少し休憩しないか?」
このままだとバテるから提案してみた。
「いいよー。いつ再開する?」
また天使のような笑顔だ。やり辛い。
「半刻ぐらいは休ませてくれ。体が保たない。」
「これぐらいでバテて、だらしのない人ねー。でもいいわよー。庭に水を飲む場所があるからついてきなさい。」
案内してもらって水を飲んでそのまま寝た。