びじれいく・シンドローム
あいつは薄っぺらい奴だから、今すぐ別れてもっと信用できる男を探すべきだ。とは、私の彼氏のことだ。彼が放つ言葉はとても軽い。軽いと言うのはチャラいということでもなく、信用に足らない人間と言う意味。
彼は某電機メーカーの営業をしている。別に、営業をしている人全てがそれに当てはまるわけじゃ無い。単に私の彼氏がそれだったというだけの話だ。
人は褒められたりおだてられたりするのが好きだ。怒られたり、嫌な事を言われて嬉しくなることは稀……というより、それは立派なM気質だと思う。彼は褒める人間だった。ひたすらよいしょする。
しつこいくらいに褒めちぎる。そうすると不思議なもので、段々とその言葉自体が軽くなるのだ。褒められたら嬉しい。けれどそれはあくまでも結果を出した直後、あるいはそれをしたという事象の後のことに対してのことだ。
何の成果も結果も無く何もしていない時に褒められても、なにに対して褒められたのかといった、疑問が浮かぶ。私が当時付き合っていた彼氏はそういう人間だった。だから言われてしまったのだ。薄っぺらい、と。
「なぁなぁなぁなぁ、お前すげーな! アレやったのお前だろ? いやー俺には出来ねえわ! すげーよ」
一体何のことだろうか。何が凄いの? あなたには出来ないことってどういう意味で?
「は? 何が?」
「いやいやいや、だからー……そう! アレだってば! 充電!」
「じゅ……なにの?」
「充電って言ったら、スマホとかタブレットとか、とにかく普段使ってる奴だよ。俺さー充電したことないからさー」
何コイツ……もとい、この人何言ってんの? 充電なんてコンセントに突き刺すだけじゃん! どういうこと? やったことないとかいつの人なの?
「じゃあ、今までどうやって生きてきたわけ?」
「知らね」
あぁそうか。この人の言ってる話に中身なんて何もないんだ。それなのに、話しかけの出だしは意味も無く褒めちぎってからじゃないと入れない人なんだ。
全てが適当。中身なし。嘘でも無ければ本当でもない。要は、何でもいいから美辞麗句を並べたい人。そういえば、私をナンパして来た時もそうだった。今思えば、だけど。
と言うか、何で私はこの男と付きあってるんだっけ。
「ねえねえねえねえ、君さ、タレントのどっかのグループのさ、センターにいたことあるでしょ? いやスゲーよ! あの位置にいるくらい可愛いってことなんだぜ? すごい可愛いって感じてる。良かったら俺と……」
あー……当時の浮かれ私、バカ? 可愛い可愛い言われて、悪い気はしなかった。悪い人にも見えなかったし、実際優しかったからなぁ。でも、当時の自分も考えもせずに付いて行ったって意味だからキツイ。
彼は仕事の出来る営業マン。らしい……偶然にも、現場を見かけたことがあった。その時の違和感はまさにそれだった。
「いやーーさすがです! さすがですよ! その名刺! そのデザインは他じゃ見たことないですよ。さすがですね! わたしでは作れないです。さすが貴社さまは違う! 違いすぎますね!」
人は褒められると嬉しい。でもそれは、意味を伴ってのことだ。その褒め言葉に中身も意味も無ければ、逆にバカにされてる感が半端なく自分を襲う。
とてもじゃないけど、中身の無い美辞麗句では人の気持ちは変えられないのだ。彼は美辞麗句という、ある種の快感……病的なまでの症候群に憑りつかれているのかもしれない。
本人は気付いていないけれど。当時の私の様に、褒められていい気分になってそれに対して何の疑問を浮かべない人間なら、彼と継続して付き合っていたのかもしれない。
美しい言葉、巧みな言葉選び、表面上だけの褒め殺し。美と麗……2つの良き言葉が使われているのに、これほどまでに、人を居心地悪くさせる言葉は無いと思う。何事もほどほどに、そんな男に出会いたい。
美辞麗句とは、うわべだけを飾り立てた、中身が乏しく真実味のない言葉や文句を並べたてることを言います。今回の話はそれよりも中身が無いことで使用しました。




