第八部
それからは何故か一階一階ごとに「メリーさん」からの電話が掛かって来た。
「もしもし、私メリーさん。今貴方のマンションの二階にいるの」
「もしもし、私メリーさん。今貴方のマンションの三階にいるの」
「もしもし、私メリーさん。今貴方のマンションの四階にいるの」
「もしもし、私メリーさん。今貴方のマンションの五階にいるの」
「もしもし、私メリーさん。今貴方のマンションの六階にいるの」
「もしもし、私メリーさん。今貴方のマンションの七階にいるの」
「もしもし、私メリーさん。今貴方のマンションの八階にいるの」
こんな感じでわざわざ階段を使い一々報告してくれる「メリーさん」。割と礼儀正しいのかもしれない。
ーープルルルル、プルルルル
玄関の壁に備え付けられているカウンターの上に乗せてあるスマートフォンが振動する。無言で緑色の丸いボタンを押す。
「もしもし、私メリーさん。今貴方のマンションの九階にいるの」
ーーガチャリッ!
(……ついに、来たか)
九階というと、俺の住むすぐに下の階。つまり次の電話はーー
ーープルルルル、プルルルル
ポチッ。
「もしもし、私メリーさん。今貴方の家の前にいるの」
ーーガチャリッ!
「……き、奇遇だなメリーさん。俺も扉のすぐ前にいんぜ?」
鉄製の扉の向こうに伝わる訳がないというのにーー
(怖がっている証拠か……)
意識せずとも手に持ったお玉に力が入る。なぜお玉を持っているかは、せめてもの武装のつもりだ。頭には鍋を被っているし三重ほどに着重ねした服の中にはダンボールも巻き付けてある。
大の大人が情けないと思われるかもしれないがそれでも怖いと思ってしまうのが人間ではないだろうか。
「いつでよ来いよ、メリーさん」
wiki様だとこの後にも電話があるはず、というかその電話で物語が終わる。結末の憶測は刺される、殺されるなど様々だが殺傷だけは勘弁願いたい。
冷や汗が頬を伝って落ちる。夏場だというのに寒気が襲う。
「……まだか?」
段々と頭の鍋を支える手も怠くなってきた。つい振り上げていたお玉も下ろしてしまう。
二十数年の人生の中これほど早く来て欲しい、来ないで欲しいという気持ちが同じくらい輝いているのは初めてかもしれない。精々高校の頃クラスの女子に告白した時くらいか。
他の物事に思考が向かってしまうほど焦らされたその時。
ーープルルルル、プルルルル
今日一日で数え切れないほど聞いた、あの無機質で乾いた音が玄関に響いた。
(来たッ……!! は、背後だよな? 電話聞いたらすぐに後ろ向いて……)
緩んでいた構えを再度固め、スマートフォンの画面をタッチする。
ーーガチャ!
黒電話かと錯覚するような音のあと案の定あの少女ーーメリーさんの声が聞こえて来た。既に聞き慣れてしまった声。幽霊しては何処か儚げなその声音が俺を悩ませる。
そして今回の内容はというと……
「もしもし、私メリーさん……。開けてよぉ……」
「……は?」
涙ぐんだ声でそう言って来たのだった。