第五部
窓から差し込む光は無く、青白い蛍光灯が少女の背中を照らしていた。
時刻は午後九時。
「……ひっぐ……ずるっ……うぅ」
部屋には少女の啜り泣きが響いている。三回目の電話の後、力任せに電話のコードを抜いて部屋に戻ってきた少女は小さな身体を丸め泣き始めた。
(私が無くしちゃったせいなの? ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ……!!)
明らかに尋常ではない出来事を目撃してしまった少女。少女にはそれが呪いの類にしか考えることができなかった。
そう、自分が失くした人形が復讐のため自分を襲いに来るのだとーー
おかしいではないかと、少女は考える。
例え自分が聞いたことのない声だったとしても、それはボイスチェンジャーを使った友人や、友人が友人などに頼んだイタズラで済む。
同じように自分の家を目指していることも。
だがしかし、着信音が永遠に続き、挙句の果てに切ったはずの電話から何故かスピーカーフォンで声が聞こえるなどーー
まるで呪いだ、と。
一方で、少女の中には安心する気持ちもあった。なぜなら電話はもう通じないから。
流石に幽霊、妖怪と呼ばれる存在でも電話を介すなら電力がなくては使えない筈。
そんな考えから家電話のコードを抜いた少女だった。
だが少女はポケットの中の存在を忘れていた。中学入学祝いに貰った愛用の電子機器をーー
「……お母さんお父さん、早く帰ってきてよぉ」
そんな事を言ったって一泊二日なのだからどうしようもなく……。その時は存外に早く訪れてしまう。
唐突に、少女のポケットから世界のハジマリの新曲「Lain」のサビが流れ出した。
〜〜虹がラララ 空には線が引かれたんだ
どこか機械音の混じったような声がダレかからの着信を告げる。ついこの間上映されたばかりの映画の主題曲で、少女はこの曲をとても気に入っていた。
しかし今この瞬間は恐怖を煽る材料でしかなくなっている。
「いやぁっ!!」
ポケットからスマートフォンを投げ出すと同時に机の方へ座ったまま飛び退く少女。その目尻には大粒の雫が溜まっていた。
〜〜虹はラララ消えるけど 線は後を残すんだ
少女の心情とは裏腹に曲は呑気に流れ続け、床に落ちたスマートフォンはぶるぶると振動をする。
「いやっ……いやっ! やめてよぉ!」
〜〜ゆくんだ 虹がラララ 空には
曲は二回目のサビメロデイへと突入した。少女は自らの両手に命の限り力を入れ耳を塞ぐ。
(やだやだやだ……! 電源切ってたのになんでかかるのっ!?)
髪を振り乱してこの歪な現実に涙する少女。その光景は、あたかも必死に何かから逃げようとしているようでーー
(……あれ、音)
〜〜……ん…… か…が………っと
(おっきくなって……る?)
〜〜ぼ……は そ…をみぁ…げ…
部屋の中央に鎮座するスマートフォンから聞こえる曲の音量は段々と上がっていく。この部屋に少女以外の人は居ないのに、だ。
そして二回目のサビメロディも終わりーー
曲は繰り返される。
〜〜に…が架か… そら…… …ん引か…んだ
第三者として聞けば既に耳を覆いたくなる程の騒音とかしている着信音、少女からすれば段々はっきり聞こえ出すそれは一層少女の恐怖心を煽り立てる。
「……なんで、なんで勝手に……!」
震えた声で、着信音を消すかのように叫ぶ少女。だがそんな少女のか弱い叫び声で消えるほど甘いものではない。
〜〜に…は いずれ消える…ど 線は
遂に少女の手の壁を超えた着信音。それと合わせて少女の限界も超えてしまったようでーー
「もういやあぁああああああ!!!!」
少女は立ち上がり、閉めてあった扉の鍵を開けながらと突進する。バンッ!と開いた扉をくぐり少女は階段を目指す。
だが階段の目の前まで来たところで不意にその背中が止まった。
ーーガチャッ!
なぜダレかは少女が手を耳から離したところで電話を繋げるのか。タイミングならいつでもあったはずなのに。
少女の家は玄関を開けるとすぐ前が階段、という造りになっておりその上を見上げることができた。つまり階段の上からはーー
「もしもし、私メリーさん。今、あなたの家の前にいるの」
部屋から爆音で聞こえてくるダレかの声。
少女の身体は前向きに崩れ落ちた。
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