妹がエルフじゃないかと疑ってるんだが
終業のベルが鳴り、今日の授業がようやく終わった。
担任の先生が教室から退室し、生徒たちの喧噪に包まれる。明日が連休ということもあり、いつもの放課後よりもクラスメート達は幾分はしゃいでいるように見える。
俺は机の上に散らばった教科書とノートを鞄に入れ、椅子から立ち上がる。そして教室の出口へ向かおうとすると、男子のグループに呼び止められた。
「おい、金田これからカラオケに行くんだが、一緒にどうだ? 」
「悪いな。今日は久しぶりに家族全員が揃って飯を食う予定なんだ。また今度誘ってくれ。」
「あの美人の妹さんと、一緒に食事かうらやましいな。俺たちに紹介してくれよ。」
「断る。」
俺は男たちの提案を切り捨て、鞄を手に持ち歩み出した。なおも背後で男たちははやし立てるのが耳に入るが、無視する。
当然だ。あんな奴らに大切な妹を紹介してたまるか。
校舎の玄関で靴を交換する。校門付近まで歩を進めると、人だかりが目に入った。
その人だかりの中心に俺の妹がいた。
騒めく人々を無視して、妹は恥ずかしそうに目を伏せていた。
しかし俺の姿を見つけると嬉しそうに駆け寄って来た。
「お兄ちゃん、待ってたよ。一緒に帰ろう。」
「俺が帰るのをずっと待っていたのか。先に帰っても良かったのに。」
「だって久しぶりに家族全員で食事なんだからいいでしょう? 高校生になってから一緒に帰ってくれないじゃない。」
妹が俺の左手を掴む。
少し前ならば喜んで一緒に帰ったものだが、今日は思わず身を引いてしまう。
高校生にもなって妹と帰るのが恥ずかしいという思いもあるが、それだけじゃない。最近妹に対してある重大な疑念を抱くようになったからだ。
それは妹はエルフじゃないのかという疑念。
荒唐無稽だと自分でも思うが、一週間ほど前に友達から借りた漫画に描かれていたエルフという種族。その容姿が妹にそっくりなのだ。
金髪に、青い目、それだけで日本人離れしている。しかしそれだけならば外国にもその特徴を持った人間がたくさん存在している。それだけでなく妹にはエルフであるという決定的に特徴ある。
耳が長く尖っているのだ。
これは目立つ。
それに加えて妹の顔立ちは人間離れするほど美しい。彼女の行く所人だかりが出来るのも当然といえる。
それに対して俺は髪も瞳も真っ黒。顔も特別美形ではない。両親も同様。
あまりに俺たち兄弟の外見が違いすぎる。
妹は血が繋がっていないのではないか。
そんな黒い猜疑心さえ頭に浮かんでしまうが、もちろんそれを誰かに漏らせるはずがない。
そもそも俺はどうして最近まで変だと思わなかったのか不思議である。妹を取り巻く人々もその美貌に見とれることはあっても長い耳に言及したことはない。俺の借りた漫画のエルフは魔法を使って何もない所から火や水を空中に出していたが、これも魔法なのか。そんなバカな。
俺が身を引いたのを嫌がられたと解釈したのか、妹の顔が悲しみに引きつる。
俺は慌てて取り繕う。
「いや、別に一緒に帰るのが嫌じゃないんだ。突然手を握られてびっくりしたっていうか。」
それを聞いて安心したのか再び楽し気な表情に戻る。
素直な子なのだ。時々高校生にしては素直すぎるのはないかと心配するほどに。
妹に手を引かれ、校門を抜ける。
周りを囲む人々が俺たちに注目する。スマホを向けている人もいる。無礼だと思うが、妹が子供の頃から注目の的だったので俺も妹も慣れたものだ。
妹が子供の頃? あれ? 妹の子供の頃の姿が思い出せない? そんな馬鹿な。
戸惑う俺に対して妹が微笑みかける。
「夕食楽しみだね。」
金髪に夕日が反射して、宝石のように輝く。
その顔を見て、自分を落ち着ける。妹の子供の頃の顔を思い出せないんてあり得ない。一時の気の迷いに違いない。
「ああ。最近親父の仕事が忙しかったからな。親父が早く帰って来れる日も俺やお前の用事があって、家族全員が揃う機会がなかったから。」
「私はお兄ちゃんさえいれば、それで幸せなんだけど。」
「お前ももう高校生なんだからいい加減兄離れしろよ。」
「嫌。」
妹がむくれる。高校生になってからこの手の会話を幾度繰り返しただろう。
しかし妹と会話しながらもどうしても妹の長い耳に目線がが吸い寄せられる。以前なら楽しかった妹との掛け合いにも集中出来ない。
俺が耳ばかりに注目しているのを妹も遠からず悟るだろう。そうなった時に俺はどうするのか。妹がエルフだと告白した時に、俺はどうような態度で接すれば良いのか。
答えは出ない。
しかしまずは妹がエルフなのかを確かめるのが先決だ。
その意味では今日親父が久しぶりに家に帰ってくるのは妹のことを聞く絶好の機会だ。さすがに実の父親ならば妹の出生の秘密を知っているだろう。
久しぶりの家族四人での食事は和やかに進んだ。親父が料理を褒め、お袋が誇らしげに調子に乗る。それを見て妹が笑う。我が家のお決まりの家族団欒の光景だ。
そう、いつもの光景なのだが今の俺には違和感しか感じられない。やはり妹の浮きっぷりが半端じゃない。なんたって妹の容姿には両親の面影がまったく残っていないのだ。鏡で見る俺の顔は嫌になるくらい両親に似ているのに。
食事をあらかた平らげた後、親父がトイレのために席を立った。
チャンスだ。俺は親父の後を追った。
トイレから出た親父が俺を見つけて足を止める。
「親父、相談がある。妹のことだ。」
親父が少しズレていた眼鏡の位置を直す。その奥の目が僅かに鋭くなる。
「なあ、あいつは人間なのか? エルフじゃないのか? 親父ともお袋ともこれっぽちも似てないし、何よりあの長い耳は何よりのエルフの証拠じゃないか。」
俺は単刀直入に親父に訪ねた。
しかし疑問を叩きつけても親父は動揺の素振りすら見せない。もしかしたらいつかこの質問が来ることを覚悟していたのだろうか。その風貌に威厳さえ漂う。
「我が息子よ。」
俺は唾を呑み込み、次の言葉を待った。
「異世界っていいよね。」
へ? 異世界だって? あまりに唐突な言葉に頭の中が真っ白になる。
「特にチート能力を貰った異世界転生は素晴らしい。やりたい放題出来る。女の子もより取り見取りだよ。お前も年頃だ。ハーレムには興味あるだろう? 」
どうしよう。親父が言ってる意味がさっぱりわからない。
親父は至って大真面目に話を続ける。
「しかしいつまでも女の子の間をふらふらしていかん。最後には一人を選ぶべきなのだ。では選ぶべきなのは誰なのか。私はやはりエルフをお勧めする。エルフはいいぞ。一度惚れさせたらずっと一途にお前を思い続けてくれる。」
俺は慌てて親父の独演会を遮る。
「だから親父、さっきから意味がわからないんだけど。どうしていきなりそこで異世界の話題が出てくる。俺は妹のことをだな。」
「私に言えるのはそれだけだ。それじゃな。」
親父は手を上げ、ささっとどこぞへ去ってしまった。
俺が引き止めようと手を伸ばすが、あと少しというところで逃げられる。廊下に一人ぼつんと取り残される。
頭を抱える。親父のあの態度はどういうことなんだ。異世界とか非日常としか言いようがない。いや、妹がエルフだと疑っている時点で今さらの話ではあるが。
俺は大きなため息をつき、皆が夕食を取っている部屋へと戻ることにした。成果がまったくなかったどころか、余計に訳がわからくなったが、ここでぼけっとしていてもしょうがない。
「あら、どうしたの? 」
振り向くとお袋が怪訝な顔で俺を見ていた。
親父がダメだった以上、お袋に聞くしかない。
「親父と話したんだけどさ。なんか変じゃなかった? こう、いきなり中二病を発症するというか。」
「特段変わった所はなかったけどねぇ。あんたあの人とどんな話をしたの? 」
俺は妹に疑念を持っていることとそれについて親父に相談したことを話した。
話し終わった瞬間、お袋が小刻みに震え始める。そして頬に涙が伝わる。
あれ? 今の話のどこに泣く要素があったの?
「まだまだ子供だと思っていだけど、もうそんな年なのね。」
「え? 年齢なんてまったく話に出て来なかったよね。」
思わずつっこむが、お袋は意に返さない。ハンカチを取り出して涙を拭いた。
おかしい、俺の両親はここまで人の話を聞かない人じゃなかった。実際に先ほどの食事でもそんな素振りはなかった。二人きりになってからの態度がおかしいのはどうしたことだ。
「この時を待っていたの。この剣を受け取って。」
いつの間にかお袋は両手に長大な剣を持っていた。
ちょっと待て。その剣どこから取り出した。
お袋がその剣を俺の前にずいと押し付けてきた。満面の笑みだ。
胸にぐいぐいと押し付けるものだから、つい受け取ってしまった。うお、この剣重てえ。
「伝説の始まりね。」
で、伝説? この古ぼけたが剣がどうしたって?
言うだけ言うと、お袋もすたすたとどこぞへ去って行った。親父と同様声を掛ける暇もない。
両手にずっしりと重い剣を抱えたまま俺は途方に暮れた。
その夜は両親の不可解な態度のおかげでほとんど眠れなかった。
「お兄ちゃん、目の隈がすごいけどどうしたの? 」
眠い目を擦りながらキッチンへ入ると、妹が俺の顔を見るなりそう指摘した。
「ハハッ。ちょっと張り切って勉強しすぎたかな。」
引きつった笑みで誤魔化そうとする。妹だけには悩んだ原因を喋るわけにはいかない。
その時、ようやく俺は妹が制服の上にエプロンを着ていることに気が付いた。朝飯を作るのはお袋の役目のはずだが、両親とも姿が見えない。
「親父とお袋はどうした? どうしてお前が朝飯を作ってるんだ? 」
妹はテーブルの上に置かれている一枚の紙を指さした。手に取って眺めると、両親からの書置きだった。
曰く、半年ほど旅行に出るから留守にする。金は毎月振り込むから心配するな。後はよろしく。
おいおい、二人とも昨日までは旅行なんて一言も言ってなかったじゃないか。仕事とか大丈夫なのか。
衝撃内容に紙を持った手が震える。昨日の態度が変だったこと関係があるのか。
「心配ないよ。家事とか得意だから、私が料理も洗濯もしてあげる。だからお兄ちゃんはこれまで通り暮らして。」
妹が朝飯の料理を次々とテーブルに運ぶ。味噌汁の良い匂いがキッチンに漂う。
俺は妹に何か言わねばと思った。そういう問題じゃないと。
しかし口を開ける直前に、
「ねえ、早く食べないとご飯冷めちゃうよ。」
妹が微笑みながら、小首を傾げた。その青い瞳がうっすらと潤るんでいる。
俺はそのあまりの美しさに息の呑む。美人だとは思っていたが、今朝の妹は神々しささえ感じる。違和感を憶えていたはずの金髪も長い耳もそれがむしろ特別な美点のように思えた。
「あ、ああ・・・。」
結局俺の口からは意味をなさない相槌のような言葉しか出て来なかった。
俺は朝飯を食べ、妹を一緒に高校へ向かった。
「二日続けてお兄ちゃんと登下校出来るなんて嬉しいな。」
「これが最後だからな。」
「またそんな意地悪言う。あっ、そうだ。私最近すごい特技を憶えたんだよ。見てみて。」
そう言うと、妹は隣の家の塀の上をのん気の歩いてる野良猫に向けて手を振った。
すると野良猫は塀を飛び降りると、一直線に妹の元に駆けつけた。そして妹の足元に座った姿勢のままで固まった。妹がその野良猫を撫でても嫌がるそぶりすら見せない。
「すごいでしょう。色んな動物が私の命令をを聞いてくれるようになったんだ。猫だけじゃないよ? 犬とか動物園のライオンも試したけどちゃんと命令を聞いてくれるんだよ。」
妹は無邪気な笑みを浮かべ、誇らしげに手を胸に当てた。
俺は思わず一歩後ざすった。
確か友達から借りた漫画に描かれていたエルフは森に住んでいて、森の動物のと意思疎通が出来る。妹がエルフならば、同じような能力を持っているのか。
しかも最近憶えたと言った。突然両親が旅行に行ってしまったのと関係があるのだろうか。
俺に対する妹の態度は一切変わっていない。そして俺の方にも妹が大切だという気持ちもある。
それなのに俺は妹に対してぼんやりとした恐怖さえ感じるようになっていた。俺がエルフであることを疑い出し時から日常が崩れだしたような気さえする。
学校に到着し、授業が始まっても先生の話がまったく話が耳に来なかった。
授業の間、俺はこの状況を打開する手段を悩み続けた。
そして午前の授業が終わった時、俺はある決意した。
結局の所、直接妹にエルフであるか問いただすしかないと。
俺が昼休みに校舎の屋上へ行くと、妹はすでにそこに佇んでいた。長い金髪が風に吹かれ、たなびいている。妹の他には人影は見られない。二人きりだ。
俺は妹と向かい合う。グラウンドから生徒が発している歓声が小さく聞こえる。
「お兄ちゃん、突然呼び出したりしてどうしたの? 学校が終わればいつでも会えるのに。」
「どうしても確かめたなければならないことがあるんだ。」
俺はお袋から貰った古ぼけた剣を妹に向かって掲げた。相変わらず重い。
「なあ、この剣知ってるか? 昨日お袋から託されたんだが。」
「うん。知ってるよ。それ伝説の剣だよね。」
衝撃が走る。
妹はこの剣のことを知ってたか。ということはやはり親父やお袋が変になってしまったのと、妹がエルフであることに関連がある。
「ねえ、その剣、鞘から抜いて。」
予想だにしない妹の提案に、俺はあらためて掲げた剣をまじまじと観察する。どう考えてもただの古ぼけた剣にしか見えない。
鞘に手をかけ、中身を引き抜こうと力を込めた。カチリと小さな音がして、思ったよりも簡単に鞘から抜き身の剣が抜かれていく。古ぼけた外見とは異なり、今から人が切れそうなほど鋭利な状態を保っている。
最後まで鞘から剣を抜き切り、鞘を地面に置く。
その途端、剣が輝き始めた。最初はぼんやりとした光だったが、見る見るうちに光が強くなり、蛍光灯のように輝く。
「う、うわぁ! 」
俺は反射的に剣を落とした。手から離れた瞬間、剣から光が消える。
なんだこれは? 手品か何かか?
「さすがお兄ちゃん。手に取っただけで伝説の剣が覚醒するなんて。」
剣が覚醒? エルフに異世界に剣の覚醒。俺は漫画の世界に迷い込んだような気分になる。
妹が俺の方へ歩き出す。そしてお互いの吐息がかかるほど傍まで寄ると、俺の胸に人差し指をそっと突き立てた。その表情は微笑に固定されたままだ。
「お兄ちゃん。私に言いたいことがあったから屋上に呼び出したんでしょう? 」
正直恐ろしい。しかしそれでも俺は言わねばならない。
「な、なあ。お前って人間じゃなくてエルフなのか? その長い耳はエルフの証なのか? 」
「そうだよ。私、エルフなんだよ。」
妹が何でもないような調子て答えた。
まさかという気持ちと、やっぱりそうかという気持ちで引き裂かれそうになる。俺はこれからどうするべきなのか。どんな言葉を妹にかけるべきなのか。
不意に妹が俺に抱き着いた。僅かばかりの胸が当たる感触がする。俺の耳元で妹が囁く。
「だから私と一緒に異世界に来てくれない? 」
「い、異世界? 」
「そう、異世界。チートスキルを使ってやりたい放題。楽しいよ。私は魔法が使えるし、お兄ちゃんは伝説の剣があれば無敵だよ。」
妹が俺の胸に顔を押し付けた。
異世界? 俺が? 妹は俺を異世界に連れて行こうというのか?
これまでの妹との生活がフラッシュバックのように頭をよぎる。妹の勉強を見てやった時の思い出。妹が高校に合格した時に二人でお祝いした思い出。どれも大切な思い出だ。
俺は妹と一緒に異世界に行くべきなのだろうか。妹が本当のことを言っている保証はない。
いくら考えても答えなど出そうにない。
しかしそれでも心の中に一つだけ確かな思いがある。
それは俺が妹を心から大切に思っていることだ。それだけは真実だ。
ならば俺はその真実を元に判断を下そう。
「いいよ。一緒に異世界に行こうか。」
俺は静かに語り掛けた。そして妹の頭を撫でた。
異世界がどんな所かまったくわからないが、妹が行くなら一緒に行くのも悪くないような気がする。
それを聞いて妹が俺を見上げる。そして俺に抱き着いていた腕を解いた。
そして安堵したように俺に囁く。
「お兄ちゃんならそう言ってくれると思っていた。やっぱり私のお兄ちゃんだ。」
そして微笑ではなく、にっこり笑った。
「でも異世界には行かないから。お兄ちゃんを試したかっただけだから。」
笑みに悪戯っぽい表情が混じる。
「はあ? 」
俺は阿呆のように口をあんぐり開けた。俺の悩みに悩んだ決断があっさりとひっくり返された。
「異世界に行く誘いがあったのは事実だよ。案内人だと名乗った人に熱心に誘われてね。この耳もお父さん達のこともその人の力。私がお兄ちゃんと一緒じゃなくては異世界に行かないって言ったら、二人でも構わないってその人が言うんだよ。それで直接誘う前に外堀を埋めようってことになって色々工作したんだよ。」
長い耳も親父たちの奇妙な態度も俺を異世界に誘うための外堀埋めだっただと。それだけのためにこれほど手の込んだことを?
「お、お前は本当に異世界に行く気がないのか? 」
「ダメだよ。ダメダメ。だって一緒に異世界に行ったら、私もお兄ちゃんもハーレムを作るのが条件て言われたんだもん。お兄ちゃんがハーレムを作るなんて認められない。」
「・・・・でもどうして。」
いつの間にかあれほど目立っていた長い耳が消えていた。金髪も青い目も黒く染まっていた。
顔つきも美人ではあるがどこか俺に似た顔つきになる。そうだ、これが妹の顔だった。
いつから妹に長い耳があると錯覚していたのだろう。
「最近お兄ちゃんは私に対して冷たかったよね。ずっと一緒に帰ってくれないし、手を繋ぐと嫌がるしさ。だから最初から断るつもりだったんだけど、この異世界行きを利用してお兄ちゃんが私のことを大切に思っているのか確かめさせて貰ったんだ。結果は合格。お兄ちゃん、大好きだよ。」
妹の視線に湿り気が増す。
転がっていたはずの伝説の剣も消えていた。
「お、俺が異世界に行くのを断っていたらどうなってたんだ? 」
「そしたら私一人で異世界に行っていたかもね。だってお兄ちゃんに大切にされないなら、この世界に未練なんてないもん。」
さらりと妹は言った。
妹が去ってしまう。その可能性など未だかつて考えたことすらなかった。ずっと傍に居るものだと思っていた。それが俺が選択を間違えていたら妹が異世界に去ってしまっていたとは。
妹がもう一度俺を優しく抱きしめた。
「大丈夫。お兄ちゃんは合格したからね。だから私はずっと傍にいるよ。」
次の日親父とお袋は何事もなかったかのように家に帰って来た。自分たちが言ったことをまるで憶えていないようだった。
結局俺は異世界についても妹を異世界に誘った人に関しても深く聞くことが出来なかった。怖かったのだ。聞けば妹がこの家を去ってしまう気が気がして。
それどころか時間が経つにつれ妹がエルフであった記憶も急速に薄れてきた。それもいいかなと心のどこかで思う。
「お兄ちゃん。そろそろ時間だよ。一緒に学校に行こう。」
隣に座っていた妹が立ち上がり手を差し出した。俺はその手を恭しく取った。
俺は妹が傍に居るそれだけで幸福だ。今は素直にそう思える。
手と手が触れあい、妹は微笑んだ。夕方に咲いた一輪だけの花にように。
「ねえ、兄ちゃん。私、エルフなんだよ。魔法が使えるんだよ。だからずっと私のことを大切にしてね。」




