逃走劇と最初の呪文
地下墓所を抜けると黄昏だった。
海に向けて開けたところに、白い、真っ白い城を持つ都市が一つあった。
近くには神官はいなさそうだ。
後ろをふりかえると炎の柱は未だ煌々と辺りを照らしていた。
「ふぅ、抜け出せたみたい、お姉ちゃん、これからどうする?」
「私たちはここでお別れね。狙われているのは私だけだもの、アルテミシアまで一緒に捕まることはないわ」
「お姉ちゃん、そんなこと私が許すと思う? お姉ちゃんは私を助けてくれた。今度は私があなたを助ける番。あなたと一緒に行く。お姉ちゃんなんでしょ?」本当はお姉ちゃんより恋人が良いということは伏せておいた。
「私がお姉ちゃんだななんて呼ばれる資格はないの。あなたにだって、昔の妹の名前をつけて自己満足に浸っていただけ。本当の私の心はまだ漁村にある。私の生まれ故郷ポーテム。ちょうどあちらの海岸にあるはず。私の心はいつまでもあの村を離れられない」
「私も生まれ故郷から引き剥がされ、その記憶さえ残っていない。だから、私も故郷を失った仲間だよ。お姉ちゃん」お姉ちゃんという響きは悪くなかった。
「お姉ちゃん、これからどうする?」
落ち着いたところで、私は尋ねた。
「白薔薇の城に行きましょう。ほら、あそこに見える城よ」
と言って指差した城は、この夕暮れの橙色の中でもわかるほどに純白であり、先ほどから目立っていた。
「そこは大丈夫なの? 神殿から狙われてるんでしょ?」
「白薔薇の城は商業を司る小神、海洋の王を祀る都市。商人の王を祀る人々とは代々仲が悪いの。だから生き延びる可能性はあると思う。可能性は高くないけど。それに、あの都市ならある程度顔が効くの」
「わかった。ついていくね。この距離なら、2~3時間でつけると思う」
私たちはとぼとぼと歩き出した。
私の記憶に残る異世界と比べてみるとこの世界は自然に満ち溢れている。空気は美味しく、小さいながらも様々な自然の営みが聞こえる。後ろにいるであろう商人の王神官の音は聞こえない。この大きな耳で聞き取れないのならそれは近くにはいないということだろう。
「急ぐよ、アルテミシア」とナギが言う。
「うん」というと私はついていく。
「お姉ちゃん魔法について教えてもらっても良い?」
「どうして急に?」顔の向きを変えずにナギは話す。
「私もお姉ちゃんみたく魔法が使えれば、お姉ちゃんを助けられるのになって」
「魔法は難しいわ。一朝一夕で身につくものじゃないの。様々なパターンがあるしね。そのどれを取っても無知で使うと取り返しのつかないことが起きるわ」
「むー。ぽふっとお姉ちゃんに顔を埋める」
「そんなこと言ってもダメ。危ないのよ」
「はぁい」