天下焔壁(フラマ・ワル・デ・カレロ)
世界の様相が一瞬で変わった。空から火の柱が降り注ぎ、森全体を囲んだのだ。
「これは天下焔壁。商人の王神殿がどうしても滅さねばならぬと決めたものだけに使う封印術よ。この術には、天の富ではなく、地上の富を莫大に消費すると聞くわ。なぜそこまでして私を……。
ごめんなさい。アルテミシア。私のせいであなたを巻き込んでしまって。壁の内側には、大勢の神官が配備され私たちを追い詰めるでしょう。私のせいでごめんなさい」
ナギはしょげている。
「まだ諦めるのは、早いよ」ナギの頭をポンポンとしながら私は言った。
「音が、するんだ。隙間風の音。狼の耳は人よりずっといいからね。隙間風が来るということはあるいは外につながる地下道かもしれない」
「でも、そんな可能性」
「低いのはわかっている。でも、行かなきゃいけないんだ」
森の中はだんだんと気温が上がっている。暑い。
「こっちについてきて」と今度は私が先導する。
5メートルほど向こうにそれはあった。それは地下へと続く木製の蓋。閉まった状態では、森の一部とカムフラージュされ、ほとんどの人は気付かない。しかし、狼の耳を持つ私は違う。そこに蓋があることを音で感知した。
「この蓋を開ければ……」中からは黴くさい、冷たい匂いが噴き出してきた。
「お姉ちゃん、一緒に行くよ」
「ええ、アルテミシア」
まずは私が、次にナギが入り、ナギがそーっと蓋を閉める。真っ暗になった。
「暗いね。お姉ちゃん、明かりか何か持ってない?」準備もせずに飛び込んできたため、あかりどころか何の準備もしていない。先ほどまで裸で川を漂っていたのだから当然といえば当然だが。
「携帯松明が5本あるわ、一本につき一時間くらい。切れたら何も見えなくなるわ」
「あの短期間でそんな道具を持ってきていたんだ」もしかして襲われ慣れてる?
「ふふふ、大事なものはいつでも持ち歩かないとね。一番大事なのはあなたよ」
「ありがとう。じゃあ、行こうか」と一歩を踏み出すと、
バリン
何かが割れる音がした。ナギに松明を近づけてもらって何を踏んだか確認すると……
「頭蓋骨」
人の頭蓋骨だった。ひっと言ってナギが私の腕にしがみ付き、胸が当たる。お姉ちゃん風はどこに行ったのだろう。
よく見るとそこかしこに人骨が落ちていた。
「地下墓所……かな」と私が言う。
「そう見たいね」とナギ。
「こういうところには、アンデットが出るものだから気をつけて進まないと」
「死者は生者ほど強くないと前に聞いたことがあるよ」と私。(別世界の記憶だけどね)
わたちは二人でゆっくりと前に進む。今のところ骨が動き出す気配はない。むしろ、後ろから追ってくる商人の王神官の方が心配だ。着々と先に進む。
暗い道は所々骨が落ちており、今にも動き出しそうなほど生々しい。地下墓所の道は真っ直ぐと遠くへ伸びている。この調子なら、何事もなく包囲網の外に出られるかもしれない。