漁師の娘と実験体
森の開けたところまで半ば小走りに来て、ナギは立ち止まった。私は体の使い方にだいぶ慣れてきたのか、軽く走る分には問題なかった。胸のポヨポヨと股間の感覚にはなれなかったが。とはいえ、二人とも息切れしていた。特にナギの息切れの仕方は異常と言っていいレベルだった。やっぱり私の蘇生に魔力を消耗しすぎたんじゃ。
「ナギ、どうしたの? すごく息切れしてるけど」
と言うとナギは、返事の代わりにまた詠唱を始めた。
「『我は凪を従えるもの。一陣の風よ再び吹け』」
「はあ、はあ」と息を切らしながらナギは説明する。
「今の魔法は姿を隠すもの。とっても魔力を消耗するの。あなたのせいじゃないわ。私の可愛い妹」
「先ほどの話が本当ならまずいわ。4500ゴールドの賞金となれば、傭兵団がひとつ動くに十分な額。できるだけ早い段階で私とは別行動をしましょう。安全なところまで案内するわ」
「私のことはいい。私の心配よりもナギの心配をしよう。ナギが私のことを蘇生していたのなら、ナギが罪を犯したはずがないのに、どうして賞金首なんかに」
「そもそも、ナギはどうして、あんなところに一人で住んでいたの?」
「私のは本来は漁師の娘。本名も別の名前だった。でも、私には生まれつきある能力があったの。それがさっきの凪の力。私が海に出ると風は止み、波は止まり、船は進まなくなる。漁師にとって凪は致命的なの。私が10歳になるまでには村は魚が取れなくなり、廃村一歩手前だった。でも、それが誰のせいかまではわからなかった。
ある時、旅の魔法使いが訪れて、真実を村人に告げたわ。村が凪いでいるのは私のせいだと。
その後すぐに、私は村から追放された。10歳の身なのに先立つものもの何もなく、野に放たれた。父も母も守ってはくれなかった。むしろ積極的に私を追い出そうとしたわ。前の日までは私を可愛がってくれていたのに。愛していた妹さえも私に石を投げたわ。
真実を伝えた魔法使いは不憫に思ったのか私についてきてくれた。私はあの人をまだ憎んでいるけど、あの魔法使いは私の師。私に魔法の使い方を教えてくれたの。
ある程度力の使い方がわかったら、魔法使いと離れて森のなかで一人で暮らすことにしたわ。もう誰かと関わることはないと思っていたのに。不思議ね。あなたは私のもう一人の妹よ」
昔話が長くなったわね。あなたの話も聞かせてくれる?」
「私は記憶のほとんどを失ってしまったけど覚えていることを話します。私は異世界で学生の身分をしていました。どうしてかはわからないとこの世界に紛れ込み、私が目をさますと、拘束されていた。そこで、体と魂を分離され、悪魔のような実験にあわされ、気がついたらあの川にいた。だから、この体は私のものじゃない誰かのもの、実験前に聞いたところによると様々な実験で魂がおかしくなっているらしい。詳しいことは全くわからないけど」
と言うと、ナギが私をぎゅっと抱きしめてくれた。優しく優しく抱き抱えるように。私はその優しさに身を委ねた。
「私のことはお姉ちゃんと思ってね」
「あなたが元々男だったなら、キスしてもいい?」ナギからの魅力的な提案に唇を合わせる。
このままこうしていたいと思った矢先、おかしな音が聞こえた。これは……火の音? そしておかしな音。
狼の耳になってから耳が良いのだ。
「ナギ、敵が近づいているかもしれない」耳をピクピクさせながら私は忠告した。