よちよち歩きの人狼(チビキメラ)と静寂の魔女(マギス・マレフィカ)
綺麗な白銀の髪に、青い瞳、穏やかな微笑みの少女だった。
「ここは」私はつぶやく。喉に何かがつっかえたような声だった。
「ここは静寂の森よ。静寂の魔女が住む森。普通の人は近づかないわ。あなたはどうしてこんなところに来たの?」
銀髪の少女は穏やかに笑うと私の額に手を当てた。
「……わからない。……おかしな声が実験がどうのこうのといって、体と魂を分離すると」やはり声が変な感じがする。
「そう。あなたは魂も体もあるわ。私に魂を見る力はないけど、五体満足だし」
「ひどい……。ひどい夢だった。ひどく心が消耗している……」体を動かそうとしてみるもうまく動かない。体に神経を集中すると、自分の半身が水の中にいるのだとわかった。
「ええ、あなたは疲れているの。私の家に来なさい。休ませてあげる。でもその前に名前を聞いても良いかな? 人狼ちゃん? あ、私は、ナギよ」
「人狼?」だいぶ意識が戻ってきた。誰が人狼だって?
「あら、あなた人狼じゃないの? こんなに可愛い耳してるのに」
と言ってナギは、私の側頭部を触った。
「きゃん」
何か今までにない器官が触られた感覚がして思わず声が出る。
耳……だよね?
何かおかしいような。
もしやと思って手で頭を触ろうとする。左手に意識を集中して、えいやっと動かすと手が動いた。震える左手で耳のあるはずの位置を触ると……、何もなかった。
左手をもう少し上の方に持って行くと別の何かがあった。これは、動物の耳?
「そうか、私は今人狼なのか。私の体は奪われたんだったな」
「あなた、体を奪われたの? そんな実験があると聞いたことはあるけれど。ここにいたら風邪を引いてしまうわ。とりあえず、家に案内するから名前だけ聞かせてね、人狼ちゃん」
「名前は忘れた」
「そう。辛い目にあったのね。私の力では持ち運べないから、歩いてもらわなければいけないのだけど立てる?」
「試してみる」
ぐっと全身に力を入れてみる。着ぐるみでも着ているみたいにに体がギクシャクする。しかし、ゆっくりとながら体に力が入る。ぐぐいっと立ち上がれた。全身を確認する。また裸だった。
腕……は普通の人間のようだ。大して毛も生えていない。見たくないものは後にして後ろを確認すると尻尾が生えている。茶色くてフサフサだ。髪は腰まであるロングヘアだった。綺麗な栗色をしている。男性だった放っておかない綺麗な髪色だった。身長は随分低くなっているようで、ナギよりも低い。
それで問題は……
胸と、股間だ。
私、女になってる。
「女?」
「あら、あなた女の子じゃないの?」
私の反応を見てナギは言った。
「そう元々男だったの」
「体は無事みたいよ。さあ、行こう」とナギは歩き始める。2、3歩歩くと振り返って、私がまだ立ちっぱなしなのを確認し、「ちゃんと歩ける? 人狼ちゃん?」と声をかけた。
実は私の足は立っているだけでプルプルしている。心臓は自分の体の変化に驚きばくばくいっている。しかし、右足を無理やり持ち上げ、一歩を前へと踏み出す。今度は左足を無理やり持ち上げ、バランスを崩す前に、踏み出す。初めて歩く子供みたいだ。私は、一歩、一歩生まれたての子鹿のように歩み始めた。
ナギの家はそう遠くなかったが、結構時間がかかった。初めのうちは、こけないのがやっとで、歩みが遅々として進まなかったからだ。次第に慣れてきて、ゆっくりとではあるが、前に進めるようになる。胸がプルプル動く感覚にはなれなかったが。とはいえ、体が馴染んでいくようだ。家に着く頃には、普通に歩けるようになっていた。
「ここが私の家」とナギが紹介する。
ナギの家は見たこともない不思議な植物でできていた。大きな木の実のようなものがいくつか太い幹で繋がっている。木の実は直方体に近い形をしており、窓やドアがついていた。
「不思議な植物ですね」
「家の木を見るのは初めて? この木は、人が住める形に成長するの。私も初めて見たときは、驚いたわ」
「へー」
「早く家に入って服を着ないとね」とナギが先導する。
「お邪魔します」と言って家の中に入る。
家の中は森の恵みにあふれていた。家具が全て天然の木でできている。食料庫と思われる棚には、木の実が大量に積んである。
「素敵なおうちですね」と思わず感想が漏れる。
「そう、ありがとう。うーん、人狼ちゃんに似合う服といえば、どれかなぁ。背丈の割に胸が大きいからなぁじゃあ、これにしよう」そう言ってナギが取り出したのは、可愛い服だった。ワンピースっていうのかな? この手の服を表現する言葉はよく分からない。
これから自分がこれを着るのか。着る前に体を弄ってみたいが、ナギの手前そういうわけにもいかない。
「これも何かの植物ですか?」と尋ねる。
「もちろん。服の木と呼ばれているわ。育てるだけで服ができるとても便利な木なの。この服は私には少し小さかったから、きっとよく似合うと思う。
服に袖を通す。確かにこれは可愛いかも。男性時代だったら放っておかなかった。この部屋に鏡がないのが残念だ。
「あなた、川辺でひどく衰弱していたのよ。あのままでは死んでしまいそうだったから、私の魔力を三日三晩注いだわ」
「三日三晩? 私のためにそこまで……。ありがとうございます」
「お礼はいいの。それで、名前が思い出せないのは本当なの? どこから来たかも?」
「名前は無くしてしまった。私が前にいた場所のこともほとんど。ただ、そこがどこだったかは覚えていない。ただ最後に修羅が」
「修羅?」とナギが首をかしげる。
「まあいいわ。じゃあ、私が名前をあげる。あなたは今日から、アルテミシアよ。私の妹になるの」
「妹?」
「気に入らない?」
「ううんいい名前。アルテミシア、アルテミシア。妹?」
「じゃあ、ご飯を作ってあげないとね」と言ってナギが立ち上がった矢先。
ドゴォオォオン
壁が一面吹き飛んだ。
「静寂の魔女ナギ。賞金稼ぎケンの名の手によって身柄を拘束させていただく」