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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第一章 蘇生
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蘇生の歴史

上杉は約束の時間より15分も早く水島の病室にやってきた。二週間前の壁に投影された映像とは異なり小柄な男だ。まさにリゾートを満喫しています、という服装で、最初は一般の宿泊客が間違って部屋に来たのかと思ったくらいだ。


「いやぁ、時間、持て余しちゃってね。ちょっと早く来すぎたかな?」

「ちょうど、テーブルを片付けていたところです。水島さんは今日も完食。早く唐揚げが食べたいそうです」上杉にそう言うと、クレオは水島にウインクをして給支台と一緒に部屋を出て行った。

「最近のヒューマノイドは凄いなぁ、優雅さとユーモアを感じる」クレオの後ろ姿からベッドの水島へ視線を移し、上杉は問いかける。


「水島さん、記憶の方、かなり回復されたと伺ってますが?」

「はい、おかげさまで。まあ、記憶の何が戻って、何が戻ってないのか、わからないのですが。何かきっかけや刺激があるたび昔の記憶が蘇る、そんな状態です」

「人間の記憶とは、そういうもんです。もし、記憶しているべき、ある事柄全体がポッカリ思い出せないようなことがあっても焦る必要はありません。いつか、何かの刺激で思い出すことはよくあることです。・・・まっ、その後もずっと思い出せない場合もありますが、その時はその時、忘れることができるのも人間の能力ですよ」上杉は、下手な論理を説いてガハハと笑った。


「それにしても、水島さん、回復が早いですね」

「そうですか?標準的な蘇生がどういったものか知らないので、早いと言われてもピンとこないんですが」

「まあ、我々も標準を語れるほど事例がないので、本当のところ、何とも言えんのですが。これまでの事例からは驚異的に早いと言えます」

「蘇生の事例は、これまで何件あるんですか?」

「何をもって蘇生というのか、定義の問題もあります。細胞として蘇生したのか、植物人間でも蘇生なのか、生前の記憶を失っても蘇生なのか、と」


  クレオが飲み物を抱え、自走する椅子を2つ従えて部屋に戻ってきた。飲み物を上杉と水島に渡し、椅子の1つを上杉に勧め、他方をベッドから少し離れたところに据えて腰掛けた。


「メルクーリでは、生前の記憶をある程度、維持できた場合のみ、蘇生に成功したとカウントしています」

「そういう方は、今まで、何名いらっしゃるんですか?」

「あなたはメルクーリでは27人目、メルクーリ以外の事例を含めると世界で41人目の成功事例です。今現在、まだ、水島さんが最新の事例です」

「私が冷凍保存される時、カルダシェフ財団だけで、既に100名近い方が冷凍保存されていました。あの方達は?」


上杉は、水島の質問には直接答えず、軽いため息とともに視線をクレオの頭上の天井あたりに向けて話しはじめた。


「カルダシェフは2049年に破産し、当時、抱えていた約500体の人体をどうすべきか、ちょっとした社会問題になりましてね。当初、どこも引き取ろうとする機関はなく、行政側は遺体として埋葬する方向で破産処理が進んでいました。 法律上、死亡した後でなければ冷凍保存できません。言い方を変えると、冷凍保存された人体は法律上は遺体なのです。土に埋まっている代わりに液体窒素に埋まっているだけです。ところが、行政側が着手しようとした直前になって、メルクーリ・リサーチ・インスティチュートが手をあげました」

「その時に、もし、メルクーリが手をあげていなければ、僕はそのまま埋葬されていたんですね。メルクーリは、なぜ、引き受けようとしたんでしょう?蘇生を有望なビジネスとして考えたんでしょうか?あるいは、医学的に有効な研究材料と考えてのことですか?」

「それもあると思いますが、当時のメルクーリの会長の若い時の恋人か家族が、カルダシェフで冷凍保存されていたから、と噂されています。あくまで噂ですが。」

「・・・その人がいなければ、今頃、僕は土の中ですね。ところで、僕の前の100名の方はどうなったのでしょう?」

「はい、・・・」上杉は大きく溜息をつく。「まず2014年以前に冷凍保存された98名の方。これは、そもそも冷凍保存の処置方法に問題があり、脳の劣化がとてもひどかった。蘇生できる脳の状態は既に失われていました。この方たちは、埋葬されることになりました。先ほども申しましたが、法的には死亡が確定された遺体です。それに、最も新しい人体でも35年の歳月が経っていたので、粛々と埋葬されました。その後、2015年以降に冷凍保存された方を蘇生するプロジェクトが立ち上がりました」

「2014年から2015年、この1年間で何があったのですか?」

「これは、あくまで私の仮説ですが、尊厳死の際に服用した薬の違いではないかと。水島さんも、薬を服用して自ら命を絶ちましたね。どんな薬を服用されました?」

「カルダシェフが提携する病院から渡された薬です。たしか、水色に塗られたかなり大きなカプセルに入った薬です。苦しみもなく、そして、冷凍保存に最適な状態で死亡できる薬だと」

「普通、尊厳死では鎮痛剤や睡眠薬など、国から承認された薬を致死量を超えて飲ませます。でも、蘇生された皆さんから伺った薬の特徴からは、それは鎮痛剤でも睡眠薬でもないんです。そして、ポートランドの病院には、その時に使った薬の記録が残っていません。法令にある保存義務期間は過ぎているので、データを消しても法律上の問題はありませんが、わざわざ尊厳死のデータだけが消去されているのは不自然だと思いませんか?まあ、とにかく、薬の違いで2014年以前と2015年以降では、脳の冷凍保存状態に大きな違いが生じたのでは、と私は考えております」


上杉は、その薬に何か引っ掛かるものを感じているようだった。その様子から、カルダシェフが病院に使わせたのは違法な薬だと疑っているようだ。水島自身は、死ぬための薬に違法も合法もないだろうと思ったが。水島は話題を変える。


「カルダシェフでは、蘇生プロセスは実行しなかったのですか?」


上杉は水島に目を向け、少し高揚した声で話し始める。


「水島さんが冷凍保存された2016年の段階、ご存知ですか?カルダシェフが、唯一、蘇生に成功していたのは線虫だけだったんですよ。線虫ってご存知ですか?1ミリくらいの透明なミミズみたいな生物、冷凍保存から蘇生できたのは、そんな生物だけだったんですよ。水島さん、そんな技術に賭けて冷凍保存になって、実際、生き返った。奇跡ですよ」


上杉は、興奮を抑えるためかクレオが持ってきた飲み物を口に含んだ。一息ついて、咳払いをしてから上杉は続ける。


「カルダシェフ財団は1980年代に2人の科学者により設立されましたが、バイオテックの専門家からは、詐欺やカルト教団のように扱われ続けます。何十年もの間、大きな出資は得られず、財団の科学者は、いつも1人から3人程度の小さな組織でした。私は2030年以降のカルダシェフの科学力に関しては、かなり評価しています。どうして話題にならなかったのか、今、考えると不思議なんですが、彼らは2032年に哺乳類のネズミの蘇生に成功します。しかも、このネズミは生前の迷路学習の記憶を維持していた。その後、犬でも成功し、2037年には霊長類の猿の蘇生にも成功します。 この時になって、ようやく注目され、比較的大きな規模の出資も受け、組織も大きくなりました。 2040年からは、ついに冷凍保存されている人間の蘇生に取り掛かり始めました。2030年代末に末期ガンに対する治療法が大きく進歩しましたので。しかし、結局、一例も成功せず破産してしまいます」

「メルクーリがカルダシェフの資産を引き受ける前、メルクーリ自身は蘇生に関する研究をされていたんでしょうか?」

「私がメルクーリに所属したのは2057年になってからなので詳しくは知りませんが、何もやってなかったと聞いています。カルダシェフの資産とともに科学者数名を引き受け、その人達がメルクーリでも研究をリードしました。メルクーリになってから、蘇生に関する研究予算は大きく増えました。しかし、人間の蘇生は、そんなに簡単ではありませんでした。最初に蘇生が確認されたのは、ちょうど私がメルクーリに転職してきた2057年、カルダシェフの資産を引き取ってから8年が経っていました。ただ、蘇生と言っても生命体としての活動の痕跡があった、という程度です。わずか6分間、脳波や心臓が外部からの刺激がなくても動いていたはずだ、そんな怪しいレベルの成果で、当時はメルクーリ内部ですら学会発表すべきか論争になりました」


上杉は、当時を懐かしむように天井を見ながら飲み物を口にした。


「その後も蘇生プロジェクトは続きました。3人試みましたが、ピクリともしませんでした。次がダメならプロジェクトはしばらく凍結される予定でした。しかし、4人目の方で大きな進歩がありました。幸運にも、私がはじめて関わった蘇生プロジェクトです。なんと、その人体は生命体としてしっかりと蘇生され、6ヶ月以上、生命活動を続けます。体を動かすことも意識を取り戻すこともありませんでしたが、多くの生体活動が確認されました。蘇生された方の名前をとって、ラリー・ケースと言われますが、当時、すでに高度に発達していたセンシング・システムとコンピュータ解析で、超高解像で体の隅々のデータを取得し、その後の蘇生技術を飛躍的に進歩させるきっかけとなりました」


  上杉は水島を振り返る。「こう言った話、興味あります?もし、興味あれば続けますが」

「是非、続けてください。蘇生した人間の一人として、先人の事例は知っておくべきと思います」

「分かりました。では、今しばらくお付き合いください」上杉は、しばらく次の言葉を探すように天井を見上げ、唐突に言葉を切り出した。

「我々の定義で蘇生した最初の事例はラリー・ケースから2年後の2061年、患者の名はリンダ、2031年に亡くなった女性です。蘇生プロセス開始から45日目に意識を取り戻します。そして、驚いたことに我々が求めていたもの、つまり記憶が維持されていました。限定的でしたが、リンダは生前の記憶を保持していました」

「そのリンダさんは、その後、どうされました?」

「2年間の治療とリハビリの後に退院して、今は兄の住むコロラド州で暮らしています。世界初の冷凍保存から蘇生した人間であり、社会復帰もしています」

「お兄さんと一緒に住まわれているのですか?」

「近所に住んでるそうですよ。残念ながら、お兄さんに関する記憶は失っていました。というか、親も友人も恋人も、人に関する記憶すべてを失っていました。冷凍保存の段階で、脳のその部分の機能が壊されていたんです」

「・・・リンダさんは、お幾つでしたか?」

「彼女は27歳の若さで亡くなって、30年後の2061年に蘇生しました。あれから6年経ったので、彼女は今33です。3つ年上だったお兄さんは、今は33歳も年上の66歳です。 彼女とは、今も時々、連絡を取ってますよ。明るく、元気な普通の33歳の女性です」


  水島も人に関する記憶には幾ばくかの不安を感じていた。母親に関する断片的な記憶はあるが、父親や自分に兄弟姉妹がいたのか、いないのか、いまだ思い出せない。離婚した記憶はあるが誰と結婚していたのか思い出せない。オンラインのサービスを使って婚活した記憶はあるが、どんな人と会ったのか記憶がない。一方で、表札がきっかけとなって思い出したカイル夫妻に関しては、かなり詳しく思い出せる。


  上杉は話を続ける。「リンダ・ケースも、その後の記憶蘇生のプロセスに多くの知見をもたらしました。あらゆるセンサーを使って膨大なデータを取得しました。水島さんの脳にも埋め込んでいる脳波スキャナー、これは、当時から、すでに広く使われていましたが、脳波の状態から蘇生した患者にどのタイミングでどのような治療を施すべきかは、リンダズ・ケースで確立したものが多いです。それから、蘇生された時、身体が拘束具で固定されていたことを覚えていますか?」


水島は頷いた。得体の知れぬ恐怖の中、十日以上も拘束された日々は、まだ、つい最近の出来事だ。


「あれもリンダ・ケースからの知見でしてね。最初に意識が戻った時、まだ、人間としての思考能力は働いていませんでした。恐らく、周りの動くものすべてに恐怖を感じていたのでしょう。診察中にうっかり噛みつかれましてね、小指を噛み切られてしまいました。リンダの身体はほとんど動かなかったので完全に油断しておりましたが、あんな力で噛みつくことができるとは驚きでした」


上杉は、右手の小指を懐かしそうな目で見つめる。「これ、義指ですが、全然、分からないでしょう?ほら、普通に動きますし。私は、全然、気にしてないんですがね。リンダは、その時の記憶があるというんです。私の指を噛み切り、何度も何度も口の中で骨ごと噛み砕こうとした記憶が。その時の血の匂い、味が夢に出てくると。彼女、トラウマになってまして、そのことが。以来、蘇生された方には申し訳ないのですが、人間としての理性が戻って十分落ち着かれるまで、ああいった拘束具で固定させて頂いてます」


水島は、口の中で血みどろの指をゴリゴリ嚙み砕くことを想像し、小さく震えた。


  上杉は伸ばした左足の上に右足を乗せ、両腕を胸の前で組み、天井を見上げた。無言のまま、しばらく、その姿勢を続けた後、おもむろに口を開く。


「ところで、水島さん、・・・あなた冷凍保存される直前、本当に亡くなられていたのですか?」

「・・・と言いますと?」唐突な質問を受け、水島は戸惑った。


上杉は、視線を天井から水島の目へ移す。左手の親指と人差し指で顎を挟み、回転する椅子を左右に振りながら話し始める。


「カルダシェフの実験を私なりに調べたんですが。・・・彼らの実験手順に従うと、ネズミや犬、猿の冷凍保存からの蘇生には確かに成功しました。これは、これで、素晴らしい成果です。冷凍保存してから3年後でも蘇生できました。すごい技術です。ただし、」上杉は一息つくために飲み物を口に運ぶ。「・・・ただし、実験手順書では、動物を生きたまま冷凍保存するんですよ」


水島は、眉をひそめ、話を続ける上杉の目を見つめた。


「私のチームでは、安楽死直後の動物を冷凍保存して蘇生を試みました。しかし、一度たりとも蘇生できないんですよ。それと、もう一つ。メルクーリでは、27名の蘇生者に加え、何らかの生命体反応があったというレベルも加えると、全部で39名の方が冷凍保存から蘇生されています。不思議な共通点があるんですよ」


上杉は組んでいた足を解き、椅子の手すりを握り、今にも立ち上がりそうな体勢で話を続ける。


「この39名の方のカルダシェフとの契約を調べました。全員がフル・オプションで契約されているんですよ。さらに、カフダシェフが2040年から破産する2049年までに蘇生を試みた12体すべてがやはりフル・オプションなんですよ。フル・オプションができたのは2015年、以降フル・オプションで契約されたのは8人に一人しかいないのに」


水島は、上杉の目をしばらく見つめる。一旦、視線を外した後、軽く顔を右に傾けて口を開く。


「つまり、上杉先生はカルダシェフ財団が私を生きたまま冷凍保存したと考えてらっしゃる、と?」


上杉は、再び、椅子に深く座りなおし、今度は、右足の上に左足を絡めて組んだ。


「あくまで私の仮説ですが、『フル・オプション』とは生きたまま冷凍保存されるオプションであると。フル・オプションでなければ、冷凍保存の費用は20万から30万ドル、これがフル・オプションになると、突然、350万ドルに跳ね上がる。法外な費用になるのは法外な処置をしていたからでは、と。例えば、病院とグルになって患者が死亡したと装い、実際には、一時的にせよ生命活動を高める薬を投与して、生きたまま、冷凍保存にしたとか」


水島は少しの間考えたが、すぐに涼しい顔で答える。


「そうかもしれないですね。上杉先生の仮説、説得力があると思います。今後、何か関連する記憶が蘇ったら、お伝えします」

「個人が払う金額として、当時の350万ドルは、かなりの大金だったと思います。どうして、そんな大金を投じたのでしょう?」

「当時は、文字通り藁をも掴む状態で、未来で蘇生できるなら勧められることには何にでも金を払いました。それに、死ぬ前年に勤めていた会社が成功裏に買収されて、ストックオプションで大きな金が入りました。余命半年では、使い切れない額の金が転がり込んでいたので、20万ドルを350万ドルと言われても気にしませんでした。そして、蘇生した今、その処置が合法か違法か、正直、興味ないです。こうして蘇生できた、私の興味はこの現実だけです。たとえ、当時、カルダシェフが違法な処置をしていたとしても、僕はカルダシェフに感謝します」


水島も上杉も、瞬きもせず視線を合わせ続けた。やがて上杉が目をそらす。ため息とも深呼吸とも取れぬ息遣いで言葉を発する。


「そうでしょうな・・・」


再び、顔を上げた上杉の口元には少し作り笑顔があった。


「こんなことを聞いたのは、実はメルクーリでも冷凍保存事業を始めるかどうか議論になってまして。フル・オプションで冷凍保存された人体に関しては、我々が開発した手法で39人全員が少なくとも生物的には蘇生され、27人、実に70%の人がある程度、記憶を維持していました。この数値は、この時代でも不治の病に苦しむ患者には十分すぎるくらいの光明になります。」


上杉は少し前のめりになり、左肘を肘掛にかけ、右手の人差し指を立てて顔の斜め下でゆっくり振りながら続ける。


「しかし、もし、蘇生するのに生きたまま冷凍保存しなければならないなら、現状の法的な枠組みではできません。・・・おっと、余計なことまで話してしまいました。この時代、水島さんのように人間でありながら知的なお話ができる人、滅多におりませんで、うっかり、ペラペラ、話しすぎちゃいましたな。ガハハ」


水島は上杉の笑いには付き合わず、質問を続けた。


「メルクーリにとって、カルダシェフ財団の資産を引き継いだメリットはありましたか?」

「メリットですか?市場認知、ブランドの面では、大いにあったと思いますよ。2059年のラリー・ケース、2061年のリンダ・ケース、どちらも衝撃的なニュースでした。世界中で大きなニュースになり、メルクーリは一躍世界的に注目される医療機関となりました。それまでは斬新な経営手法ばかりが注目を集めていましたが、医学レベルでも一目置かれる機関となりました。それに、社会制度的な問題も投げかけることになったので、今に至るまで、ずっと注目されてます」

「社会制度的な問題?」

「蘇生が現実となり、社会システム、特に法的な枠組みを考え直さねばならない、という議論が湧き起こりました。それまでの社会は、一度死んだ人間のことは考えて作られていません。生前の所有権とか、蘇生した人の社会保障とか、選挙権とか、そもそも、国籍はあるのか、とか」


  水島は、冷凍保存されることばかり考え、蘇生後の法制度の問題など考えていなかった。


「国籍とか、どうなるんです?」

「アメリカ議会は、生前にアメリカ市民だった人の国籍は認めました。しかし、生前の所有権は、現段階では認めていません。ソーシャル・セキュリティ(社会保障制度)も論争中です。水島さんは、国籍は日本で、アメリカではグリーンカード(永住権)で生活されていたんですよね」

「はい、そうですが・・・」

「蘇生後の永住権は、議論にすらなっていません。現段階では認められていません。また、日本では蘇生した人の国籍に関しては、議論がはじまったばかりです。というか、水島さんが日本人で初めて蘇生した方なので、これから国会で議論が始まろうとしているところです」

「ということは、僕は今は・・・」

「はい、無国籍です」

「・・・」


  水島は、今後の生計が急に気になり始めた。水島がカルダシェフとの契約でフル・オプションを選んだのは、蘇生後、一年間の生活保障が含まれていたからだった。2016年の水島は、延命ばかり考え、蘇生後の生活については、全然、考えていなかった。


「(自分のコンピュータ・サイエンスの知識なんて、この時代では通用するわけがない。国籍やら、色々問題もありそうだ。あまり、ノンビリしてられないな)」


「さて、随分、油売ってしまったけど、水島さんの回復状態は極めて順調です。水島さんの体には27個のバイタル・センサーが埋め込まれており、異なるベンダーが開発した医師プロウェアを搭載した三体のヒューマノイドが24時間モニタリングしています。異なるベンダーのプロウェアを使っているのは、セカンド・オピニオン、サード・オピニオンを取るためです。これまでのところ、水島さんの回復は過去の蘇生事例の中で最も順調で、蘇生から退院までにかかった期間の最短記録を大幅に更新しそうです。水島さんの名前をとって、ケイタ・ケースと名付けて隅々まで研究対象にしたいほどです」


上杉はクレオの方に顔を向けて続ける。


「2、3週間後には、ご希望の「唐揚げ」、許可が出るかもしれんよ。早ければ、あと1ヶ月で退院できるから、リハビリと並行して法律や社会復帰のカウンセラーとの話も進めてね。さて、僕は東京に戻らないといけない。5時間後に会議が入ってるので」


そう言うと、上杉は片手を上げて軽く会釈し、来た時とは逆に忙しげに部屋を出て行った。

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