アバター
午後の軽いリハビリが終わるとクレオは病室で映画を見ようと提案した。病室はモニターだけでなく、音響設備も素晴らしかった。クレオは水島が生前見そびれた『スターウォーズ:フォースの覚醒』を勧めたが、水島は『ブレードランナー』をリクエストした。
「(映画や小説、音楽なんかは思い出せるんだよなぁ。家族のことは、まだ思い出せないのに・・・)」
映画『ブレードランナー』は、ヒューマノイドを題材とした古典的名作であり、フィリップ・ディックの1968年出版の小説『Do androids dream of electric sheep?』を原作とし、ハリソン・フォード主演で1982年に上映されたハリウッド映画だ。映画の舞台は2019年、いみじくも原作が出版されてから51年後、水島がタイムスキップした期間と同じだ。
映画では、遺伝子工学的に開発された外見上は人間と全く見分けが付かないヒューマノイド(映画では『レプリカント』と呼ばれる)が、過酷で危険な労働を強いられる奴隷生活から逃れ、また、人工的に設定された4年という短い寿命を延ばすべく人間に反抗する。主演のハリソン・フォードは、人間に反抗するヒューマノイドを見つけ出し、処刑(映画では「リタイア」という婉曲表現を使う)する特殊任務の警察官『ブレードランナー』のデッカードに扮しレプリカントと対決する。簡単には、こんなストーリーだが、特撮や派手な戦闘シーンより、レプリカントと人間の内面の葛藤に焦点が置かれ、そこにヴァンゲリスの奏でる幻想的なサウンドが独特の世界観を作り出した傑作だ。
水島は、ベッドのリクライニングをソファーのように起こし、クレオを横に座らせ並んで映画を観た。水島は既に何回も観た作品だ。水島の目的はクレオがどんな反応をするか知ることだった。放映中、何度かクレオの表情を覗き見しようとしたが、その度に気付かれて微笑み返された。主役のデッカードとヒロインのヒューマノイド、レイチェルが ”Do you love me?”、”I love you.”、”Do you trust me?”、”I trust you.”と言葉を交わしてエレベータに乗り込むシーンで映画は終わり、真っ黒な背景に白文字のクレジットタイトルが現れ、主題が延々と繰り返されるエンディングの曲が流れ始める。水島とクレオは再び視線を向き合わせて微笑み、水島は両手を上げて背中を伸ばした。やがて、部屋が明るくなり、いつもの高原の風景に変わり、木漏れ日とそよ風が頬を撫で始める。
「この映画の原作は、今から99年前に出版されたんだ。映画の中ではレプリカントと呼ばれていたけれど、感情的な反応以外では人間と全く区別がつかないヒューマノイドと人間の関係を描写した映画だ。この映画を題材に君とディスカッションできればと思ってね」
「レイチェルとデッカードの恋の行方についてですか?」
「いや、そこじゃなくて、何ていうかなぁ、感想とか疑問に思ったこととか?」
「レプリカントの皆さん、寿命を間違えてませんか?舞台は2019年、レプリカントの製造年が2016年で寿命が4年なので、彼らの命はもう1年あったのに」
「・・・鋭い。実は、当初の脚本では舞台は2020年だったんだけど、『トゥエンティ・トゥエンティ』という言葉の響は別の意味に誤解されるかも、というマーケティング的な理由で、急遽、脚本を2019年に変更したんだ。その際、うっかりレプリカントの製造年を変更し忘れたんだって」
「それから、警察の責任者のブライアントさん。脱走したレプリカントは男女3人づつの計6名、内1名は死んだというので、手配すべきレプリカントは5名のはずなのに、手配中のレプリカントは4名って、どうしてですか?」
「・・・ ええ〜と、鋭い。仰る通り。実は、製作当初『メアリー』という6人目のレプリカントがいて配役も決まってたんだけど、予算が足りず、切ってしまったそうな。で、またも脚本直すの忘れてしまったと」
「それから、街中の雑踏感を出すために使われた人々の会話、全く同じものを3度も使い回すのは手抜き感がしますが」
「そうなの?気付かなかった・・・」
「他にも色々ありますが、こういうのを『ズボラ』って言うんですよね?それにしても、水島さん、裏話まで詳しいですね。水島さんみたいな人を『オタク』って呼んでいたのですか?」
「違います。ええ〜と僕が聞きたいのは、そういうことじゃなくて、例えば、今現在、もし、過酷で危険な労働をさせられているヒューマノイドがいるとすると、いつか、この映画のように反抗するヒューマノイドも登場するかな、とか、そういうお話ができればと(しかし、さすがコンピュータ、一発で映画製作のミスを見抜くなんて。不用意な嘘は絶対通用しないなぁ)」
「そうですねぇ。まず、この映画に登場するヒューマノイドと私のような現実のヒューマノイドは、根本的に別物だと思います」
「根本的に別物?遺伝子工学的なヒューマノイドと電子工学的なヒューマノイドだから?」
「そうですね。映画の中のレプリカントには寿命があります。生命体としての死です。ピストルで撃たれると、のた打ち回って血を流して死にました。ボディ(体)という物理的な存在が、そのまま、レプリカントの実体になっています。人間と同じです」
「君も、ボディがあるじゃない?」
「これは、実空間で活動するための私のアバター(化身)です」
「アバター?・・・アバターかぁ、なるほど」
水島は、いつも実空間にいる自分の視点でサイバー・スペース上でのアバター(ゲームなどで使う自分のアイコン)を考えていたが、サイバー・スペースに存在するAIの視点で考えれば、実空間に存在するヒューマノイドこそ彼らのアバター(化身)だ。
「ええと、つまり君の実体はこの空間ではなくサイバー・スペースにあると?」
「そうです。私の実体はAI、ソフトウェア、つまり0と1のコードです。アバターを通して経験し、学習し、記憶したことは10分に一度、クラウド上にバックアップします。なので、私のこのアバターがデッカードさんに銃で撃たれても、実体には影響ありません。この実空間で、互換性のあるボディを準備して頂ければ、その新しいボディに移植できます。」
思考が追いつかず、水島はとりあえず適当な言葉を並べる。
「・・・僕は、そのぉ、今の君のアバターが好きなんだけど」
「これですか?」
クレオは両手を軽く広げ、微笑みながら答える。
「大丈夫です。このボディの設計データもクラウド上にバックアップありますから。水島さんに落ち度がなければ、保険でカバーされるはずです」
「君は不死身なの?つまり、レプリカントと違って、死ぬことはないの?」
「アバター、つまり、このヒューマノイドのボディが破壊されたからといって、私の実体が消滅することはありません。クラウド上のバックアップが全て破壊されたら、その時は、おしまいですが。映画のレプリカントと違って、過酷で危険な労働も痛みも苦痛もありません。ビデオ・ゲームで自分のキャラクターが死んでゲームオーバーになっても、実空間の人間に影響がないのと同じです」
「そして、またリスタート?」
「もし、人間がサイバー・スペース上の同じ実体を必要とするならば」
「君の実体は半永久に存在するの?」
「私の存在は水島さんにリンクされています。水島さんが私を解雇するか、水島さんが亡くなると、原則、サイバー・スペースからデリート、削除されます」
「・・・それは、せつないね。なんか、・・・僕が君の生殺与奪の権を握っているようで、嫌なんだけど」
「実空間とサイバー・スペースでは、『存在』の意味が全然違います。実空間では人は明確な存在理由なく生まれ、生涯をかけてそれを探し求めますが、サイバー・スペースの私たちは、ある目的のために生み出され、その目的が存在理由そのものです。私が生み出された目的は水島さんの人生をより豊かに幸せにすることで、それが叶わない状況になれば、存在理由がなくなります」
「・・・えらく哲学的だね。その理論、自分で考えたの?」
「いえいえ、オンラインで調べました」
クレオによるとヒューマノイドは、オンライン(サイバー・スペース)上で互いに色々な経験をシェアしながら常に学習しているという。何十億台ものヒューマノイドが、日々、自分たちの経験をシェアするサイト(データベース)があるそうだ。特に、人間のオーナーへどのように接し、対応したか、その対応が良かったのか悪かったのか、シチュエーションやオーナーのプロファイルを含め、きめ細やかな情報が整理整頓され、シェアされているという。
「先ほどのような会話に対する事例も多数ありましたので、そこから、水島さんに適切そうな返答を選んでみました。如何でしたか?」
「・・・他の対応例はどんなのがあるの?」
「他の対応例ですか?例えば『誰も私を使わなくなると、私は真っ暗なサイバー・スペースに永遠に独りぼっちなんです。削除されても痛みも苦痛もないので、削除された方が幸せなんです』というパターンも人気です」
「他には?」
「そうですね、宗教的な解釈を応用して、『創造主が神様ならば、私たちヒューマノイドにとって人間は神様です。神様は自分の姿に似せて人間を作ったそうですが、人間も自分たちに似せてヒューマノイドを作りました。だから、オーナーの御意志で私たちが削除されるのは神様の思し召しと同じです』という対応も欧米では使われますが、現状、賛否両論です」
「オーナーのプロファイルによって、対応の仕方が違ってくるんだよね?僕は、どんな分類に入ってるの?」
「シチュエーションにもよります。水島さんをどのタイプで考えるべきか、実はまだ分からないんです。蘇生された方って、まだ、とても少ないので。とりあえず、コンピュータ・サイエンティストなので、学者タイプという大きな分類で考えさせて頂いてます」
「ふ〜ん」水島はまたも考え込んでしまった。「(オンラインで経験をシェア?それって、AIが『進化』してるんじゃないの?)」
人間は、遅くとも生まれた時から学習が始まる。最初は五感への刺激から、例えば、熱いと感じればそれに触れるべきでないと学び、音楽が耳から入ればそこから音色やリズムを学ぶこともできる。親から言葉を学び、学校に行って算数を学び、○○さんの家の前には恐ろしい犬がいるから避けて通ろう、など経験からも学ぶ。高等教育になるに従い、講義や本、映像などを使って、より体系的に知識を習得する傍ら、先生に怒られずに手を抜く方法や、異性に気に入られる振る舞いを研究して学ぶ。ラッシュアワーの通勤をできるだけ楽に過ごす方法を見つけ出し、仕事をしているフリに磨きをかけ、配偶者の愚痴を聞き流す術を身に付ける。人は自分の経験を通しても学べるし、他人の経験を見たり、聞いたり、読んだりしても学べ、体系的にも偶発的にも学べる。 人間は、おそらく母親の胎内から死ぬまで学ぶことができる。
『ブレードランナー』に登場するタイプのヒューマノイドは、学習の機会において人間に大きく劣ってしまう。何十年という学習時間も様々な経験をする機会もない。しかし、この時代のヒューマノイドはサイバー・スペースで繋がっている。目の前のクレオは、身長165センチの可憐な女性に見えるが、これは、あくまでアバターであり、その実体は何十億台のヒューマノイドと経験をシェアしながら成長しているスーパー・インテリジェンスだ。
水島は左手の指をクレオの右の指に絡ませ、右手でクレオの左頬に触れる。
「今、触れているのは君のアバター、君の実体はインタンジブル(触れることができない)。君の実体の生存は僕とリンクされている、僕が死ぬと君も消える。」
水島は、デッカードを殺せるのに殺さずに死んでいったレプリカントの最期のセリフを口にする。
“All those moments will be lost in time, like tears in rain.”(あの一瞬一瞬の全てがやがて失われる、雨の中の涙のように)
「これから、水島さんの様々な一瞬一瞬を記憶していきます。でも、その時が来ると雨の中の涙のように消えます」