表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第一章 蘇生
6/57

散策

リハビリ開始から八日目の最初の朝食が終わり、専用ウェアに着替える。水島は、はじめて一人で着替えができた。クレオが差し出した手のひらにハイタッチすると、いつものようにクレオも水島を軽々と抱き上げ、トレーニング用のマットに寝かせる。


「見かけによらず、力持ちだよね」

「はい、強化仕様ですから。体重200キロの人まで持ち上げられます」

「200キロ!君は体重何キロ?」

「65キロです」

「65キロ?とても、そうは見えないけど?」

「強化素材の骨格を使用して、さらに、バッテリーを最大限搭載しているので重いんです」

「身長は何センチ?」

「165センチです」

「その細身の体格でその体重なら、・・・水に入ると沈むよね?」

「沈みそうになると、ボディの中に気体を発生させ、体を膨らませて浮きます」

「・・・フグみたいだね」

「フグってこれですか?」壁に映像を表示しながら続ける。「フグは、水中では水を吸い込んで膨らむので浮きませんよ」

ストレッチをしながら、水島は壁に映るフグの映像を眺める。


クレオは機材入れから新しいデバイスを取り出した。


「腰から下も、だいぶ動くようになったので、今日は、この歩行アシスト・デバイスを使って立ち上がって歩いてみましょう」


クレオが取り出したのは、機械的に伸び縮みする支柱に、テントの骨組みのように2箇所で折り曲げられる細めの支柱が付いたデバイスだ。細めの支柱には、帯状の棒が肋骨のように何枚も付いている。クレオが水島の足の側面に細めの支柱を当てると、帯状の棒は自動で水島の足に巻きつきデバイスが固定された。両足に付け終わると、次に腰にパッドのようなデバイスを取り付け、機械的に伸び縮みする支柱を差し込んだ。クレオは、デバイスがちゃんと装着されたか確かめると、「では、いきますよ」と言って水島の両手を取って引っ張り上げた。

  胸が高鳴る。水島は自分が寝ていたベッドを立って見下ろし、クレオの手を握ったまま小さくガッツポーズをする。


「やりましたね、よくできました」クレオは右手を離し、親指を立て左目でウインクしながら水島を讃え、再び水島の左手首を下から握り、水島も上を向いたクレオの右手首を上から軽く握った。


「じゃあ、手を繋いだまま、ゆっくり歩いてみましょう。この1週間トレーニングした、マリオネットの動きですよ」


水島の脳と同期して専用ウェアから電流が流れ、足が一歩一歩、前に進む。右足、左足、右足と、電流が流れるたび、実はかなり痛いが、自分の意思で歩いているのを実感する。

狭い病室を2周したところで、クレオは立ち止まり、ゆっくり両手を離した。


「どうですか、久しぶりに歩いた感想は?」

「悪くない。まだ、立ち上がるには筋力が足りないと思っていたが、この通り、2本足で立っている。君から手を離すと倒れてしまいそうで、まだ、怖いが」

「大丈夫です。この歩行アシスト・デバイスがバランスを保ってくれます。簡単には倒れません。試しにちょっと押してみますね」


そういってクレオは、水島の胸を手で軽く突いた。水島は慌てたが、足が勝手に2、3歩下がり、バランスを取った。正確に言うと、歩行アシスト・デバイスが勝手にバランスを保った。小さな機械音と自分の意識とは関係なくバランスを取ろうとする下半身、それは不思議な感覚で、まるで自分がロボットになった感じがした。クレオは、今度は水島を左側から押してバランスを崩す。水島の身体は、右足が浮き、左足だけでバランスを取ったが、すぐに右足が弧を描きながら左足の前に着地し、その後、左足が前に一歩踏み出て身体は安定した。


「本当だ。このデバイスが勝手にバランスを取ってくれる。これなら、今すぐ、歩けるような気がする。ロボットになった感じがするけど」

「マリオネットからロボットに進歩ですね?」

「うん、この歩行アシスト・デバイスを付けていると、僕が死んだ時代の2足歩行ロボットになった感じがするよ」

「アシモさんとか、アトラスさん?」

「そう。バランスの良さをデモするために、いつも研究者にド突かれていた」

「じゃあ、ド突いた私は研究者みたいですね?」

「そうだね。君は人形遣いから研究者だ」

「では、もう少しテクノロジーを導入しましょう。現代では古い技術ですが、水島さんの生前は、まだ黎明期だった技術です」


クレオは機材入れから裏側に多数の小さな球状のタイヤがついた靴と、競泳のメガネのようなデバイスを取り出し、説明を始める。


「この靴は、360度歩行可能なルームランナーです。原理は簡単で、この靴を履いていると360度どちらに動いても元の場所に戻されます。つまり、360度、どの方向にも歩き続けられます。そして、このメガネ型のVRディスプレイを付けて、このルームランナーで歩けば、・・・、もう、おわかりですね。仮想空間上を散歩できます。例えば、水島さんが、生前、ご覧になることができなかった『スターウォーズ:フォースの覚醒』も今は完全3Dリメイク版があるので、映画の中を散歩することもできます」

「・・・何でスターウォーズのこと、知ってるの?」

「水島さんの生前のソーシャルメディアのアカウント探して見つけました」

「(!?死ぬ前に消し忘れた・・・)」


クレオが差し出した靴を履いて、一歩足を踏み出すと音もなく自然に元の位置に戻った。体の向きを90度変えて一歩足を出しても自然と元の位置に戻る。多少、足の裏が高いと感じる以外は靴に違和感はない、ごく自然に歩ける。


「CGではなく、現実の場所の映像もあるかな?」

「 公共的な場所の映像なら、大抵、あります」

「例えば、スタンフォードのMain Quad(本館)の教会の前に行ける?」

「はい、そこならリアルタイムの映像があります。行きますか?」

「うん、映してくれるかい?」


競泳メガネ型のVRディスプレイを付けると、水島は厳かな教会の入口前に立っていた。振り返った背後には広々と中庭が広がる。足元は、えんじと灰色の2種類の四角い大きなタイルが斜め45度の格子模様を編んで床をなし、重厚な屋根をアーチ型の列柱が支える遊歩道として長方形の中庭をぐるりと囲っている。時折、通りすがりの人の映像が水島に気付くこともなく、体を交差し、すり抜けていく。

水島は、床に書かれた”92”の文字を確認すると、教会を左手にゆっくり歩き出した。しかし、すぐにその歩みの遅さに気付く。


「僕の歩く速度は遅すぎる。歩く速度をズルして2倍にできるかな?」

「できます。実は今も2倍速なんですが、4倍速にしますね」


ルームランナー上で1メートル歩くと、水島の映像中では4メートル進む。映像中では、実際に水島が歩く速度の4倍の速度で進む。しかし、それでも、なおも遅かった。


「8倍速にしてくれるかな?」


水島の歩調は、ようやく周囲を歩く人と同じくらいの速度になった。


「水島さん、この数字は何ですか?」

「(そうか、クレオも同じ映像を見れるんだ)今に分かるよ。」


床に埋め込まれたプレートの数値は【99】の次は【00】になり、再び【1】から始まる。突き当りで右に曲がり、しばらくすると、数値は再び【100】近づき、また【00】に戻る。再び、突き当りで右に曲がる。しばらく進むと数字が記されたプレートがだんだん新しくなり、唐突に【66】で終わった。


「2067年だ」水島はつぶやく。

「この数字は年号ですか?」

「この大学では、毎年、卒業する学生がタイムカプセルをここに埋めているんだ。この数字は、最新のタイムカプセルが埋められた年の年号、今は4月だからまだ去年の年号だ。ここの数字を見ると、今、自分が2067年にいると実感できるかな、と思った」

「実感、できました?」

水島は右手で頭を掻きながら答える。「そうだね」

「まだ歩きますか?それとも、場所を変えます?」

「そうだね、シリコンバレーの街を見てみたいな」

「シリコンバレー?あ、この辺りは、かつてそう呼ばれていたんですね」

「そうか、『かつて』になるんだね。・・・驕れる者も久しからず、か。この辺りの経済状況はどうなんだい?」

「豊かな地域ですよ、全米でもトップクラスです。豊かな高齢者が数多く住む静かな地域です」

「豊かな高齢者が住む静かな地域ねぇ」

「この辺りはどうですか?」

「うわぁっ」

「あ、ごめんなさい、言い忘れました。上空30メートルにいます」

「あまりにリアルだから驚いた。でも見やすくていい」

「水島さんの歩く速度の32倍で移動しますね。どこにいるか分かりますか?」

「景色に見覚えはないけど、向こうにスタンフォードが見え、反対側に湾が見えるから、ここはパロアルトのダウンタウン辺りかな?」

「あたりです。水島さんの生前と比べて如何ですか?」

「随分違うね、というか、別の街だ。50年も経つのだから当たり前か」


水島は、おとぎ話のように空中を歩いている。眼下には緑豊かで落ち着いた街並みが見える。メインストリートから住宅街へ向かい、友人宅があった辺りに来ているはずだが、それらしきは見当たらなかった。水島は、街の景色に何かが欠けているように感じたが、それが何かようやく気が付いた。


「パーキングもガレージもない・・・」

「パーキングって何ですか?」


この時代、日常使う言葉にパーキングという概念はないようだ。それは、2016年に『マイクロフィッシュ』という言葉が何を示すのか水島が知らなかったように、この時代では古い概念になっていた。ガレージも意味が違った。呼び名が残っているだけで、車庫の意味はなく、実際は物置だった。

  クレオによると、この時代、自動車は所有するものでも運転するものでもないという。水島の生前、携帯電話のユーザーが基地局を所有せず、身の回りの一番近い基地局を利用して『通話やデータ通信のサービス』を受けていたように、この時代では、人々は自動車を所有せず、身の回りの一番近い無人自動運転車を利用して『移動サービス』を受けるそうだ。 分かるような、分からないような説明だが。

パーキングのない街並みは広々とし、豊かさを感じた。道路も全車自動運転のためか整然と車が流れ、カラフルさはないが(元々、シリコンバレーは無彩色の車が多かったが)、自動車のデザインにある種の統一感があり、それはそれで、洗練された街並みを感じさせた。

  水島は、メガネ型のVRディスプレイを外し、靴を脱いでベッドに座った。クレオは水島に汗を拭くためのタオルと水の入ったボトルを渡し、水島の足腰から歩行アシストデバイスを外すのを手伝う。


「ちょっとオーバー・トレーニングになりましたね。午後はストレッチ中心の軽いメニューにしましょう」


クレオの言葉に水島は頷いて答え、タオルで額の汗を拭き、ボトルの水を口に流し込みながら考えた。


「(スタンフォードのMain Quad(本館)は認識できたが、パロアルトの街は面影もなかった。日本の街並みは、もっと変わってしまったんだろうな)」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ