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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第三章 大停電
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夜明け

降りしきる雨、合羽にゴム長靴、母に繋がれた手にぶら下がるように力を入れ、濁った水溜りへ足を伸ばす。通りがかりの車に驚き、拍子で水溜りの中に転び落ちる。慌てて引き起こす母の姿。繰り返される映像、夢と覚醒のはざまに・・・母の顔が浮かぶ。心配する母の隣に笑顔で僕を見つめる父の姿、その右手がつなぐ先には、兄の琢磨が呆れた顔をしている。


  目覚めると、そこは真っ白な病室だった。


「残ってたんだ・・・」

「何が残ってたの?」


左に顔を向けると、額に擦り傷、右の口端に殴られた痛々しい傷跡が残る真理が、幾つもアザの残る両手で頬づえをついて座っていた。


「痛そう・・・。大丈夫?」

「たいしたことないわ。・・・ありがとう、また、助けてもらったわ」

「ゴメン、到着がものすごく遅れた」

「うううん、県警の天野さんから事情を聞いたわ。ねえ、それより何が残ってたの?」

「うん、・・・家族の記憶。蘇生以来、時々見る夢。いつもは、母らしき女性が差し出す手までは見えるんだけど、腕から先は霧がかかったように判然としないんだ。でも、今日の夢は、母の顔がはっきり映り、それから、父と3つ年上の兄の姿もあった。そう、あれは小さい時の家族の記憶、・・・残っていた」

「思い出したのね?」

「うん、思い出した」


真理は、いたずらそうな表情で水島に問いかける。


「私の義理のお母様、お父様、それにお兄様になるんですか?私、『フィアンセ』になったそうなんですが?」

「ゴホン、え〜、ゴメン。頭パニクってる時に『真理さんって誰ですか?』って、県警の人に聞かれて、つい間違えて・・・」

「間違えて?」

「いや、間違ってないけど」

「フフ、じゃあ、謝らないで。私は嬉しい」


真理は、左手で水島の頬を優しく撫でると顔を近づける。


「アッ、痛ッ」

「大丈夫?」

「口の傷、忘れてたぁ、痛ぁ〜。・・・今日のところは、キスはクレオに任せるわ」

「クレオは?」

「家で起動してもらうの待ってるわ」

「停電は終わった?」

「ええ、終わったわ。もう充電されてる頃よ。あ、そうそう、上杉先生から伝言。『昨日は本当にありがとうございました。感謝の言葉もございません』って。それから、『目覚めたら、クレオちゃんを起こしてメルクーリに出勤するよう伝えてください』ですって。上杉先生、復旧作業でてんやわんや。私もなんだけどね、抜け出して来ちゃったけど。さて、そろそろ、仕事に戻らないと!」

「そうだよなぁ」


水島は、起き上がると病室の隅に置いてあった2つのヘルメットとリュックを持って病室を出た。


「あっ、そうそう、今日の午後から自動運転再開されるから、お昼からはバイクに乗っちゃダメよ。あ〜あ、もう一回、バイクに乗りたかったな!」


そう笑顔で手を振ると、真理は小走りに駆けて行った。


  水島が一夜を明かした第八病棟の正面、第七病棟の玄関は、既に昨夜の痕跡はなく、ガラスも新しく入っていた。第七病棟の玄関脇に停めたトライアンフのエンジンをかけ、キャンパス内をゆっくり走る。火災が発生した第二病棟だけは、立ち入り禁止になっていたが、既に昨夜の痕跡はほとんどなかった。キャンパスを出て海岸線の道を走ると砂浜を歩く人の姿がちらほら見える。街中へ入る道で右折し、商店街の近くで一旦停める。昨日までとは比較にならないほど人出のある街を少し歩くと、その先の小物屋では紺の作務衣を着た竹細工士が老婆と一緒に商品を棚に陳列していた。その姿を確認すると水島はバイクへ戻り、渡辺の家へ向かった。


  渡辺の家に近づくと、エンジン音で気付いたのか、渡辺と純朴そうな若者ヒューマノイドが門の外まで水島を出迎えた。


「お疲れさまでした。ようやく停電が終わりましたな」

「はい、ようやく終わりましたね」

「ネットのニュースで見ましたよ。メルクーリも大変だったようだけど、幸い入院患者に被害はなかったそうだね。医師一名と職員二名が軽傷を負ったそうですが」

「はい、幸い何とか無事でした(ハハ、その職員二名は僕と真理だな)」

「お茶でもいかがです?」

「はい、折角ですが、私のヒューマノイドを起動して、職場のメルクーリに向かわせないと行けませんので、また、後日、お礼に参らせて頂ければと思います」

「いつでも遊びにいらっしゃい。あなた方は大歓迎です」


借りていたトライアンフとヘルメット2つを渡辺に返すと、水島は丁寧に挨拶をして門を出た。


  マンションの手前の野菜工場は、扉が開け放たれていた。窓ガラスが一枚失われたままだが、路上にガラスの破片は一つもない。中を覗くとショールームも綺麗に整頓されている。店員のヒューマノイドだろう、スカーフをお洒落に巻いた綺麗な女性が水島と視線が合うと上品な微笑みを浮かべた。水島も微笑み返し、道を渡り、マンションへ向かった。集合玄関のガラスの自動ドアが最後まで開くのを見届け、久しぶりにエレベータに乗って五階まで登る。水島の部屋のドアには、野菜工場の経営者、山本から丁寧なお礼のメッセージがあり、追伸には『お口に合うか分かりませんが、冷蔵庫にささやかなお礼をさせて頂きました」と綴られていた。


  玄関を入るとすぐに書斎に入り、クレオの眠るロッキングチェアの横に座る。充電シートのインジケータは充電完了を示している。水島はクレオの右耳に手を近づけたが、その汚れに気付いて手を引っ込め、まずはシャワーを浴び、髭を剃り、歯を磨いた。バスタオルを首に掛け、濡れた髪のまま、再び、書斎に入る。ロッキングチェアの傍に立ち、優しい表情で眠り続けるクレオの姿を見下ろす。額に湧き出るシャワー後の汗を首にかけたタオルで軽く拭い、心の中で呟く。


「(この子は、僕の・・・人生の伴侶、・・・なんだよなぁ)」


しばらく上から眺め続けてから、思い出したようにタブレットを拾い上げ、真っ白い部屋を高原の風景に変え、クレオの寝ているロッキングチェアが木漏れ日の差す木陰に入るようにセットし、そよ風がクレオの頬を撫でるように調整する。風で微かに前髪が揺れる、微笑んだまま表情を変えない美しい寝顔、微動だにしないボディ、そこに命は宿っていない。


「(アバターに過ぎない・・・僕の愛しいクレオは、・・・0、1のコード)」


水島は、ひざまずき、右手でクレオの左頬をそっと撫でる。そこに生命感はない、誰もいない。ロッキングチェアの肘掛けに置かれたクレオの右手を取り、その細く繊細な人差し指に軽くキスをして、少し緊張しながら、クレオの耳たぶと耳の中のスイッチを同時に押す。


  微動だにしなかったボディに、ゆっくり力が入りはじめる。子猫が伸びをするように両手、両足を細かく震わせながら伸ばし、深呼吸するように胸を膨らませると、胸まで掛けられていたタオルケットがお腹のあたりまでずり落ちる。目を瞑ったまま顔を気だるそうに右に左にゆっくりと傾け、ロッキングチェアの手すりに肘を突き、肘から上を立てる。その右手を水島が両手で包むように握るとクレオは目を瞑ったまま微笑んだ。


「おはよう」


水島がそうささやくとクレオは目を開けて水島の瞳を見つめた。水島は、クレオの頬を撫で、右手の甲にキスをし、自分の頬に軽く押し付ける。


「おはようございます」


そう言って、クレオは立ち上がろうとしたが、まだ、システムが起動途中のためかバランスを崩す。


「あら、あッ」


水島も慌てて立ち上がり、クレオを背中から抱き支えた。


「すみません、水島さん」

「いや、たまには僕が君を支えたい」

「でも、私、機械だから重いですよ」


クレオは、水島の腕の中で振り返り、水島を見つめる。


「おかえり」

「ただいま」


水島は、右手でクレオの頬を包むように引き寄せてキスをする。


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