奪還
天野を後部座席に乗せた水島のバイクを十二人の警官を乗せたパトカーが追尾する。一行が海岸線の道からメルクーリのキャンパスへ左折する頃には、夕陽は遠く富士の裾野へ隠れはじめていた。パトカーがサイレンを鳴らしながら第七病棟へ近づくと数十人の輩が一斉に逃げ出す。が、一方で動じることもなく病棟に入っていく輩もいる。二階の窓から上杉が手を振って何か叫んでいる。
(上杉)「水島さん、まもなく電気が切れる。そのパトカーの電気をこの棟に回せないか、聞いてください!」
水島は、天野がヘルメットを外すのを手伝いながら上杉を紹介する。
(水島)「あの方が医師の上杉先生で、この場の責任者です」
(天野)「県警の天野です。すぐに電気を回します。電気を強奪してる輩は、何名くらいいますか?」
(上杉)「二百名はいると思います。五階の東隅の大部屋に多数集まってます」
五階の東隅の大部屋は、ヒューマノイドの看護師や医師の詰所で、大きな無線電源があり、ヒューマノイドは、その部屋にいるだけで充電できる設備を備えている。
(天野)「他には、どこがクリティカルですか?」
(上杉)「第二病棟、向こう端のビルの地下です。燃料電池による非常用の発電設備がありますが、燃料タンクが奪われてます。奪われた燃料タンクを取り戻して発電を再開できなければ、パトカーの電気だけでは夜を乗り越えられません」
天野はテキパキと指示を出す。四体の警官を第七病棟五階へ、二体を第二病棟の地下へ、二体を正門へ向かわせると、パトカーの側に控えていた警官に指示を出す。警官は、パトカーの屋根から大きなアンテナを取り出した。
(天野)「いい、電波発信レベルを周囲5キロ程度にして緊急対策本部としてメッセージを送信してね」
そういうと、天野は周囲5キロのヒューマノイドに対して緊急時協力モードに入るよう信号を送信した。①燃料タンクを持っている人物を見かけた場合、緊急対策本部からの指令として没収し、至急、メルクーリの第二病棟地下へ持ってくること、②メルクーリ第七病棟で充電したと思われる場合、ここに戻り、緊急対策本部の犯人逮捕に協力すること。
(水島)「素敵なアイデアですね、盗んだ電気で充電した自分のヒューマノイドに捕まる、世にも間抜けな電気泥棒」
(天野)「いいでしょ?褒めてくれてありがとう。病院の中、案内してくれる?」
そういうと、警官の一体にパトカーを警備させ、一体を玄関周辺の警備に、残りの二体を同行させた。
(天野)「まず、あの先生たちの部屋に連れてって」
水島と天野、それと二体の警官が上杉の部屋に入ると、そこにも、ふてぶてしい盗電犯が七、八人、自分のヒューマノイドに充電していた。
(天野)「さあ、盗人くんたち。人命のかかった緊急事態なんでね。五つ数える内に出て行くか、それとも痛い目にあうか、どっがいい?一、二、三・・・」
(盗電犯A)「うっせいなぁ、あと一時間もすれば出てっから、ほっとけよ、ババァ」
(天野)「四、五。・・・エレカフ」
そう言って警官から手首に巻きつく電子デバイスを受け取ると、天野に楯突いた男に近づく。男は立ち上がって天野をど突こうと手を伸ばす。あまりの早技で何が起きたか見えなかったが、ドン、と音がしたと思ったら男は背中から床に転がっており、手首にはエレカフと呼ばれるデバイスが巻き付いていた。
(盗電犯A)「イッテェ、何しやがんだ、・・・アタァ!あぁ、が、ぐぁ〜」
その男は、悶絶して顔を真っ赤にさせながら床を転げ回った。
(天野)「ごめんねぇ、優しくできなくて。でも、電気ショックは十段階あるレベルの1よ。もう少し強めようか?」
(盗電犯A)「ガァ〜、ア〜、・・・、や、やめ、・・・」
男は、さらに、のたうちまわり、それを見る盗電犯たちの顔は青ざめはじめた。
(天野)「ここで入院してる患者さんたちの苦しみ、こんなもんじゃないわ。さあ、君たち、次は三つしか数えないよ。一、・・・」
そういうと他の盗電犯はヒューマノイドを置き去りにして、一目散に逃げ出した。天野は、床に寝転がっている男に話を続ける。
(天野)「坊や、逃げるんじゃないよ。この警官から百メートル以上離れたら、そのデバイスにまたビリビリッと流れるからね。一階の玄関の外で待ってなさい、いい子にね!」
そういうと警官の一体が男の肩口を掴み、ドアから廊下へ追い出した。
(水島)「(天野さんって、怖いなぁ・・・)」
(天野)「上杉先生、電気の残量はどれくらいあります?」
上杉は手持ちのタブレットを天野に示す。
(上杉)「こちらの画面で確認できますが、既にあのパトカーの電気のみです」
(天野)「え〜、こんなに使ってるの?パトカーの電源も残り四十分?」
(上杉)「盗電、やめさせられたら数倍に増えると思いますが」
(天野)「じゃあ、まず、二十分でこの病棟から輩を全部追い出します」
(水島)「真理は?」
(上杉)「それが、一時間くらい前に加藤先生と第二病棟を見てくると言って、出てったきりです」
(天野)「真理さんって?」
(水島)「えっ、え〜と、あのぉ〜、その〜、え〜、ぼ、僕の・・・フィアンセです」
(上杉)「ええ、そうなんですかぁ?おめでとうございます。真理さんは、うちの研究部門の社員です」
(水島)「(あっ、しまったぁ、そう言えばよかったんだぁ・・・)」
(天野)「へぇ、結婚するんだぁ、古風ですね。じゃあ、守くん、水島さんをガードして、一緒に第二病棟に向かって!」
(警官A)「はっ。では、水島さん、第二病棟へご案内頂けますか?」
天野は、上杉ともう一人の医師に『二十分以内に二百人の盗電犯を第七病棟から追い出して、この部屋に戻る』と言い残して部屋を飛び出し、水島は守くんという名前の警官と第二病棟へ向かった。
メルクーリの病棟の玄関は軒並み破壊されていた。第二病棟のガラス張りの玄関も、その一枚が粉々に破壊されており、水島はそこから中に入る。建物の中は、非常灯が点いているだけで、ほぼ真っ暗だったが、守くんがピンポン球くらいの球状のライトをポケットから幾つか取り出して点灯し、廊下に放り投げると昼のように明るくなった。すると、廊下の反対側から大きなタンクを担いだ小柄な女性が歩いてくる。さらに、もう一人、二人とタンクを担いだ可愛い、美しい女性がやってきた。直後に「ビー、ビー、ビー」という、けたたましい警報音が鳴り響いた。
(女性A)「私は緊急時協力モードで活動しています。地下で火災が発生しました。避難してください」
(警官:守)「水島さん、避難してください」
(水島)「真理と加藤先生は?守くん、行くぞ!」
水島と守くんは、地下へ向かって走り出した。地下への階段では、顔をしこたま殴られた男数名とすれ違う。地下一階の扉を開けると真っ暗闇だった。
(水島)「ここじゃない・・・」
水島と守くんは地下二階へと降りる。途中で煙の匂いがし始め、すぐに煙が充満しはじめた。
(警官:守)「水島さん、ここは人間には危険です。避難してください」
(水島)「三分、三分で探し出す。真理!真理!真理、どこにいる!」
怪我をした男たちが必死の形相で走り去る。
(水島)「真理!真理!」
(警官B)「水島さん、避難してください」
(水島)「身長173センチの女性と白衣を着た男性を見かけなかったか?」
(警官C)「水島さん、加藤先生は、こちらにいます。怪我をされてます。さあ、一緒に避難しましょう!」
加藤は警官に背負われていた。目は腫れ、鼻血を流している。
(水島)「加藤先生、真理は?真理はどこですか?」
(加藤)「真理ちゃんは、私を助けようと連中と戦っていたんだが・・・。分からん。この辺りにいると思う」
(警官C)「この部屋には、おりません」
(水島)「(警官Cに向かい)この人を連れて外に出て、外に真理がいないか探してくれ。それから、正門の警官二人をここに呼んで、一緒に探すよう指示してくれ」
その時、もう一人の警官が現れる。
(警官D)「だめですね。盗電犯は故意か偶然か分かりませんが、防火システムを壊してしまいました。燃料発電システム用の消火剤を撒きます。人間には有毒です。至急、人間の方は、建物から30メートル以上離れて退避してください」
(水島)「ダメだ。もう一人、この中にいる。真理という女性だ。その人を助けてからだ!」
(警官:守)「水島さん、これを使ってください」
守くんは、ポケットから非常用の小さな酸素缶を取り出した。
(警官:守)「三分しか持ちませんが、酸素缶なしでは、あなたの体も三分しか持ちません」
(水島)「つまり、残り六分ある。守くん、頼む」
そういうと水島と守くんは「真理!」と叫びながら、地下二階の他の部屋を駆け回った。地下二階には部屋が6つあった。階段とエレベータが向かい合わせにあり、エレベータの横に格納庫、その横に発電システムの置かれた部屋、その横にエナジー・ストレージが置かれた部屋。一方、階段の横にも発電システムが置かれた部屋があり、そこが、出火元になっていた。そして、その奥はエナジーストレージの部屋、一番奥は格納庫になっている。つまり、同じ機能の部屋が2つずつある。しかし、どこにも真理の姿は見えない。あっという間に酸素缶を使い切ってしまう。火災の発生していない発電システムの前で立ち止まり、泣き出しながら叫ぶ。
(水島)「真理!ゴホッ、真理!ゴホッ」
(警官:守)「水島さん、避難してください。もう無理です」
その時、水島は何かに足を取られて床に倒れこんだ。それは、発泡剤のかたまりだった。
(水島)「ゴホッ、ゴホッ、これって、燃料タンクのゴホッ、緩衝材?」
周りを見ると燃料タンクが入っていたであろう大きな箱が幾つも転がっており、緩衝材が抜き取られていた。水島は、辺りをもう一度、見回す。
(水島)「ゴホッ、あの中だ!」
そう言いながら、水島は発電システムの横についている冷蔵庫程度の扉を開けようとした。しかし、扉が固くて開かない。
(警官:守)「私がやります」
守くんも扉を開けようとするが開かない。
(水島)「ゴホッ、一旦、奥に押しながら、ゴホッ、取っ手を引いてみてくれ、ゴホッ、」
言われた通りに守くんがやると、ドアが開き、大きな黒い緩衝材が3つ4つ飛び出し、最後に真理が転がりながら飛び出した。
(真理)「わぁっ、と。た、助かったぁ。すごい煙、ゴホッ、ケイ、あッ、ケイ、大丈夫?ケイ、ねえ、ケイ?大丈夫?・・・」
水島には、その後の記憶がほとんどない。逆さになった体勢で階段を登り、守くんが放った球状のライトが廊下で光ってる映像があり、夜風が頬に心地よく、空には、たくさんの星が輝いていた。病室のベッドに寝かされたように思う。そういえば、天野警視が「梅雨が明けたようね」と言っていたかもしれない。真理は無事か?クレオに会いたい。病室の明かりが眩しくて、病室の明かり、・・・明かり?