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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第三章 大停電
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留置所

ハイウェイを降りてから四つ目の曲がり角、記憶にはないが懐かしいはずの横浜の街角にバイクを停め、上杉にもらった地図を確かめる。


「(これ・・だよな、地図に描いてるランドマークは?・・・とすると、右折して突き当たりまで進んで、もう一度右折すれば、まもなく県警のはず)」


水島がリュックサックに地図をしまおうとした時、足元に銀色に鈍く光る蛇型ロボットがやってきて水島のバイクを一瞥した。そして、スルスルとバイクの脇を通過し、路面に穴を見つけるとスルリと潜り込んで行く。水道や送電線などのインフラをメンテナンスするロボットだろう。この蛇型ロボットがあちこちで道を横切るため、街中に入ってから徐行運転を強いられている。上空にはマニュアルで操作しているのか、ドローンが何台も飛んでいる。自動車を見かけることはないが、街中に近づくにつれ、多くの人々の視線と多くのロボットの視線を感じはじめた。


「(都心の復旧作業は、一応、進行しているようだ)」


再びバイクに跨り、残り2キロほどの道のりを蛇型ロボットを踏まないよう慎重に進む。高層ビルが幾つもそびえ立ち、やがて海が見えてくる。突き当たりで右折し、数百メートル進むと警官の制服を着た数人の大柄のおそらくヒューマノイドが穏やかな表情で誘導棒を使って水島を県警のビルへと誘導した。


(水島)「(あれ?上杉先生から連絡を受けて待っててくれたのかな?)」


水島はビルの正面入口にバイクを停め、ヘルメットを脱いで降りた。プロレスラーのような体躯をした大柄な警察官がにこやかな顔で水島に近寄ってくる。


(警官)「道路交通法違反、及び、迷惑条例違反の現行犯で逮捕します」

(水島)「はぁ?」


水島が驚く間もなく、右手首に電子デバイスが巻き付けられた。警官は、とても優しい表情と声色で和かに話し続ける。


(警官)「あなたには黙秘権があります。ここからの供述は法廷で不利な証拠として使われる場合があります。弁護士の立会いを求める権利もあります。もし、経済的な問題でご自身で弁護士を依頼できない場合、国選弁護人を付けてもらう権利もあります」

(水島)「はぁ?」

(警官)「手首のデバイス、気を付けてください。普段は逃亡してもGPSを使って優しく追跡、再逮捕できるのですが、現在、GPSが使えないので逃亡すると、即、リング内臓のスタンガンで電気ショック、ビリビリになります」

(水島)「はぁ?」

(警官)「では、こちらに参りましょう」


190センチはあろう巨漢の警官は、優しい笑みを浮かべて水島を促した。


  留置所なのか取調室なのか分からないが、水島は六面が薄ねずみ色に塗られたうなぎの寝床のように細長く狭い部屋に入れられた。シングルベッド・サイズの台が壁に横付けされ、反対側にわずか50センチくらいの通路がある。窓はなく、部屋の奥の扉を開くと小さなトイレがあり、その横に水道の蛇口があった。やることもなく、台の中央に座っていると、正面の壁に警察官の映像が現れ、取り調べがはじまった。


(取調官)「水島敬太さんですね?」

(水島)「はい、そうです」

(取調官)「あなたのインタフェースにアクセスさせて頂き、色々、情報頂いたんですが、1972年3月3日生まれの95歳、国籍は『無国籍、カッコ、日本、閉じカッコ』とあります。この情報、法務省入国管理局の本物のデジタル署名入りですが、これ、本当に正しい情報なんですか?」

(水島)「はい、それで正しいです」


水島は、元々、日本国籍で、51年前に米国で冷凍保存になり、今年3月に蘇生、日本では冷凍保存からの蘇生者に対する国籍の取り扱いが法令化されてないので、とりあえず、六月に帰国した時には入国管理局での記載が『無国籍(日本)』になっている旨を説明した。


(水島)「入国管理局に問い合わせて頂ければ分かると思うんですが」

(取調官)「あいにく通信手段が機能してませんので」

(水島)「ですよね・・・。あのぉ、あなた人間ですか?」

(取調官)「いえ、私はAI、コンピュータです。この姿はCGでして、この顔の人物は実在しません。コンピュータですので、実はマルチタスクで、今現在、25人の取り調べを同時に行ってるんですよ」

(水島)「はぁ・・・。あの、では、何故、私がバイクで県警まで来たのか、説明させてください」

(取調官)「バイクというのは、あのオートバイのことですね?」

(水島)「はい、オートバイです」


そういうと水島はメルクーリで進行している事件について説明した。停電でヒューマノイドを稼働できなくなった一部住民が暴徒化し、こともあろうに病院の電気を強奪していること。病院には160名の重篤な患者がいて電気を使う医療器具のサポートがなければ多くの患者が亡くなってしまうこと。このまま暴徒を野放しにすると、日が沈む頃には死者が発生するであろうこと。


(取調官)「ふむ、そのお話が真実であれば、事態は深刻ですなぁ」

(水島)「はい、深刻です。ですから、私は道路交通法違反を犯して県警本部までやってきたんです。早く救出に来てください」

(取調官)「え〜、まず、あのオートバイは警察で預かります。手続き等で問題がなければ、いつか、あなたのもとに返されると思います」

(水島)「・・・私の話、聞いてました?僕は急いでるんです」

(取調官)「では、あのオートバイは、どこから入手されたのですか?」

(水島)「・・・」


水島は、焦る気持ちを抑えながら、オートバイ入手の経緯を手早く説明した。


(取調官)「オートバイで使われている『ガソリン』というのは届出が必要な化学製品ですが、届出は出してますか?」

(水島)「はぁ?・・・」


なおも焦る気持ちを抑え、オーナーの渡辺氏が提出しているはず、と答える。


(取調官)「オートバイで公道走っちゃいけないのはもちろんですが、サーキット走る場合にもライセンスが必要ですが、ライセンスを持ってますか?」

(水島)「・・・持ってるわきゃ、ないだろが!」


水島は、ついに怒り出して台から立ち上がった。


(水島)「さっきも言ったが、僕ぁ、2016年に冷凍保存されて今年の三月に生き返ったんだ!日本には一ヶ月前に帰って来たばかりで、この時代の法律も条例もよく分からんよ!それより、早く救出に行かないと160人の患者が命の危機に瀕するんだ。それ理解してる?あなた警官でしょ?ここは警察でしょ?暴徒に襲われて人の命がやばくなってるのに、・・・いつまで呑気なこと言ってんだ!」


水島は大きな声で叫んだが、取調官は冷静に応じた。


(取調官)「まぁ、まぁ、落ち着いてください。水島さんが仰ってることが真実でも、今の私には何もできないんですよ、権限ないんで。調書を書いてレポートを提出するのが私の仕事なんです。私には、あなたを釈放したり、あなたに便宜を働くこともできません」

(水島)「そんなぁ・・・、じゃあ、大惨事が起ころうとしているのに、それが分かってても何もしないのか?」

(取調官)「通常ですと警部殿に連絡して対応してもらうんですが、あいにく、事件が多発してまして、警部殿、出払ってるんですよ」

(水島)「出払ってるなら、その警部を呼び戻せ!」

(取調官)「残念ながら、無線通信が機能麻痺してまして」

(水島)「え〜と、あれだ、あれ、ト、トランシーバ、警察なんだからトランシーバ持ってるだろう!」

(取調官)「トランシーバって、え〜と、これですか?」

(水島)「そう、それだ、それ!」

(取調官)「ええ、次回、同じような災害が起こった時に備え、今度の予算で購入するそうです。災害時には、こういった古い時代の物の方が機能するんですね」

(水島)「だったら、災害時の緊急放送、街のあちこちのスピーカーから流れる緊急放送、あれがあるだろう?あれで、その警部を呼び戻せ!」

(取調官)「いやぁ、そこに音声流すネットワークが機能してませんで」

(水島)「・・・、だ、だったら、その警部のところに走って行って連れ戻してこい!」

(取調官)「はっはっは、私に足があったら、そ〜したいんですが、なんせ私、タンスみたいな形のコンピュータなんで。通信ネットワーク、この建物の中でしか機能してませんし」

(水島)「・・・」


  結局、30分以上に渡り、水島をイライラさせ続けて取り調べは終了した。


(取調官)「では、すいませんが、警部が戻るまで、今しばらく、お待ち下さい。本当は、お待ちになってる間、こちらの画面に『楽しい法令遵守!』という面白いビデオが流れるんですが、インターネットに接続できず放映できません。またの機会に是非、お楽しみください」


そう言うと、壁の映像は消えた。


(水島)「(今まで出会った中で最悪のヒューマノイド、いやAIだなぁ。超お役人、まったく柔軟性がない、・・・取調官なら当たり前かぁ)」


その時点で時刻は四時を過ぎていた。水島は留置所の壁を拳で叩いたり、台を蹴ったりしていたが、それも飽き、台の上で手を頭の後ろに組んで仰向けになって天井を睨みつけた。右手のデバイス(手錠?)が邪魔をしたが、構わず枕にして頭を置いた。

  寝転がって薄ねずみ色の天井を見つめているとメルクーリや野菜工場で電気を強奪していた連中の顔が脳裏に浮かんだ。普通の、どこにでもいるような、暴動を起こすようには見えない連中・・・。それが水島には衝撃だった。水島の生前、対面では普通なのに、オンラインでは、攻撃的、暴力的、差別的になり、理性も倫理観も欠如してしまう人間が少なからず存在した。


「(あの連中との共通点はあるのか?・・・自分の行動に影響を与える『感じる心』の存在の欠如?)」


  一体、何時間、経ったのだろう?突然、留置所のドアが開き、三十代半ばくらいの女性が入ってきた。と、同時に、あの取調官が映像で現れる。


(取調官)「水島さん、天野警視がまもなくそちらへ、あっ、すでに到着されましたか?」

(天野警視)「水島さん、遅れてごめんなさい。こちらでも、同じような事件が発生してたの。圭吾くん、水島さんのエレカフをすぐに外しなさい」

(取調官)「はっ、ただいま」


そういうと水島の手首についていた電子デバイスが弛み、天野がそれをもぎ取った。


(天野警視)「一刻を争う事態なんですね?」


天野は、メッシュの入ったセミロングの髪を後ろに払い、鋭い目で水島を見つめた。


(水島)「はい、日が暮れると大惨事になり得ます」

(天野警視)「あと三十分だわ。あなた、私をオートバイの後ろに乗せられる?」

(水島)「はい、このヘルメットをあなたがかぶるなら」


水島は、天野が差し出した水島のヘルメットを突き返した。


(天野警視)「圭吾くん、パトカーに警官一ダースとエレカフ100台積んで追尾モードで正面玄関に待機させて。それから、水島さんのオートバイも玄関に持ってこさせて。今すぐよ!」

(取締官)「はっ、少々、お待ち下さい。・・・エレカフ92台は確保できますが」

(天野警視)「それでいい。三分後に出発よ!」

(取締官)「はっ」

(天野警視)「水島さん、本日の非礼、後日、お詫びさせて下さい」


そういうと天野は足早に歩き出し、水島は慌てて彼女の後を追った。正面玄関には、既にトライアンフが止まっており、十一人の警官ヒューマノイドが整列している。水島が天野にバイクの後部座席の乗り方を教え、頭にヘルメットを着けてやっていると、一人の警官の後ろを従順な犬のようについてくる大型の自動運転パトカーがやってきた。その警官は、パトカーに水島のバイクの映像を記憶させ、追尾モードをセットする。


(天野警視)「今、メルクーリに割ける警官は、これしかいないの。でも、こいつら優秀よ」


水島は答える代わりに微笑み、トライアンフに跨ってエンジンをかけた。一行は、夕陽に色づいた街並みを進みはじめる。


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