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水島クレオと或るAIの物語  作者: 千賀藤隆
第三章 大停電
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トライアンフ

19世紀には逆戻りしなかったが、関東一円は大停電に陥った。幸いにも他地域は停電を免れたので外部からの救援を期待できるが、なにぶん、GPSも衛生通信も失い、移動手段の主役、自動運転システムが麻痺していることが救援活動のボトルネックとなった。この時代も人口3千万を擁する巨大経済圏がブラックアウト、しかも、移動手段だけでなく、現金を使わない社会で金融システムが麻痺したため、住民は買物もできない。


  七月十九日(月)午前十時、停電発生から四日目、83時間が経過した。電力基盤の一部としてエナジー・ストレージが普及しているため、昨日まで何とか電気のある生活を送っていたが、蓄電していた電力も遂に底をついた。


(クレオ)「・・・それと、これが仕入先の会社までの地図です」


メルクーリの薬剤や消耗品には、今日にも在庫がなくなるものがある。真理を救出すべく、収集家の渡辺氏からバイクを借りようとした時にはクレオは断固反対したが、停電することが決まってからは、今度はびっくりするほど協力的だ。


(クレオ)「こちらに、昔のカリフォルニアの交通ルールと、現代の日本の道路事情を比較して説明したので、しっかり勉強してくださいね」

(水島)「(真理救出の時は泣きながら反対したのに・・・。取り乱したのは、あくまで計算上の振る舞いかぁ・・・分かっちゃいるが、ちょっとなぁ)」

(クレオ)「わかりましたか?」

(水島)「ん?ああ、ありがとう」

(クレオ)「くれぐれも安全運転に気を付けてください。道は空いてると思いますが、緊急車両やメンテナンスのロボット、それに、水島さんと同じようにクラシックな乗り物に乗ってる人がいるかもしれません。それから、雨が降ったら運転は避けてください」

(水島)「うん、気を付ける。大丈夫」

(真理)「クレオのバッテリー、残り1%よ。そろそろ、シャットダウンした方がいいわ」

(水島)「ああ。それじゃあ、クレオ、電力が回復したら起こすので、それまでゆっくり寝てな」

(クレオ)「あっ、その前に」


そう言って、クレオは文字どおり最後のパワーを振り絞って水島の顔を引き寄せてキスをした。


(真理)「見せつけてくれるじゃない?」

(クレオ)「真理さんもキスしてください」

(真理)「ええ?・・う〜ん、もう、これは特別よ」


そう言って、真理もクレオにしばし別れのキスをする。水島はクレオの耳たぶを触った。その柔らかい耳たぶには、たしかにボタンのようなものが入っている。さらに、右耳の中に指を入れると、そこにも小さなボタンがあった。


(水島)「それじゃあ、おやすみ」

(クレオ)「おやすみなさい」


水島が2つのボタンを同時に押すと、クレオの体はロッキング・チェアの柔らかな背もたれに吸い込まれるように沈んでいった。


(水島)「さてと、僕はバイクを借りて、一旦、上杉先生のところに寄って、その後、薬や消耗品をかき集めてくる。君はどうする?」

(真理)「あっ、バイク乗るとこ見たい。博物館では見たことあるけど、動いてるバイクって見たことないの」

(水島)「じゃあ、一緒に渡辺さんのところに行くか?」


  渡辺の家は、水島のマンションから徒歩で15分くらい、小綺麗な和風の一軒家だった。


(渡辺)「待っておったよ、水島さん。さあ、上がってください。さあ、クレオちゃんも」

(真理)「あ、私、真理と申します、人間です。はじめまして」

(渡辺)「こりゃ、失礼。あまりにお美しいので、てっきり、ヒューマノイドかと思ってしまいました」

(真理)「いえ。あっ、これ、バイクですね?」

(水島)「こ、れ、は・・・」


玄関を入ると、そこには、ハーレー・ダヴィッドソンが2台、無造作に壁に沿って並んでいた。渡辺に招かれて居間に向かう途中の畳部屋には、ブルーの綺麗なハーレー・ダヴィッドソンが両輪を外された状態で展示されていた。


(渡辺)「どうも、すいませんなぁ、こんな汚い部屋で」

(水島)「いえ、とても美しいです」

(渡辺)「ハハ、そう言ってもらえると嬉しいです」


居間のアンティークな揺り椅子には、純朴な若いヒューマノイドがタオルケットをかけられた状態で寝ている。クレオと同じように、今朝、電源をオフにして眠りについたという。渡辺氏は5年前に妻に先立たれて、今は一人(と一体)暮らしをしているという。このヒューマノイドとは、既に18年一緒に暮らしているそうだ。居間で自己紹介やら、ソーラー・ストームによる被害、外の状況やらを語り合った後、水島と真理は、一旦、玄関を出てから庭に案内された。


(渡辺)「水島さんは、何に乗ってたんですか?」

(水島)「最後に乗ってたのは、CB1100です」

(渡辺)「じゃあ、パワー的にコイツは、ちょっと物足りないかもしれませんな」


渡辺がバイクにかかったシートをまくると、特徴的な水色のタンクとフェンダー、ほうき星のようなマフラーが付いた年代物のバイクが現れた。


(水島)「・・・トライアンフ!」


トライアンフ・タイガー・T110、イギリス製のクラシック・バイクだ。


(渡辺)「1956年製造のモデルです。この時代のものは構造もシンプルで電子制御もないので、部品が壊れても(3Dプリンタなどの工作機を使い)自分で作れるんですよ。御年百十一歳ですが、一番状態がいいんです」

(水島)「生前、いつか乗ってみたいと思ってたバイクです」

(渡辺)「そりゃあ良かった。コイツも久々に楽器以外として活躍できるんで喜んでます。ところで、ガソリンはタンクに入っているもので全てです。走行可能な距離は300キロ程度と考えてください。メーターはマイル表示です(※イギリスでメートル法が定着したのは1980年代)」


  水島は、早速、燃料コックを開けバイクに跨り、アクセルを握りながらキックスターターを力強く踏み込んだ。しかし、「ギュルル」という音がするだけで何も起きない。水島は、何度も何度もキックスターターを地面めがけて蹴り込む。


(渡辺)「今日は、ご機嫌ななめかな?」

(真理)「気分があるなんて、ヒューマノイドより人間っぽいですね」

(渡辺)「ええ、この子たちは、とてもデリケートで気分屋です」


水島は、5分くらいキックを続けたがエンジンは唸りを立てなかった。


(真理)「ねえ、今度は私にやらせて」


水島はアクセルを握りながらバイクを降り、代わって真理がバイクに跨る。真理は深く一呼吸すると、実に力学原理にかなったフォームでスターターをキックする。水島が何十回と試してもウンともスンとも言わなかったエンジンは、真理の一度のキックで重厚な音を立てて唸りはじめた。


(水島)「やはり体重か?」

(真理)「失礼な!空手よ空手!こう見えても2段よ。14の時にカリフォルニアのジュニア・チャンピオンになったんだから。なんなら、一発試してみます?」

(水島)「いえ、滅相もない」

(渡辺)「ハハハ、良かった、良かった。とりあえず、この辺りを試し乗りされては、いかがです?」


渡辺の助言に従い、水島は近所を一周した。齢百十一才のバイクが奏でる音は、災害による停電で静まり返った街には、いつも以上に大きく響いたのだろう。水島が渡辺の家に戻ると二十人近い男女が真理と渡辺を取り巻いていた。


(住民A)「すごい、こんな複雑そうな機械を制御してる!」

(水島)「(運転しただけで、すごいと言われても・・・)」

(住民B)「私、この人、知ってる。たしか、20世紀に氷漬けになって、最近、蘇生された方ですよね?」

(水島)「・・・2016年なので、一応、21世紀ですけどね」

(住民C)「へぇ、そんな人がご近所さんだったとは、知らなかった」

(住民D)「これ、電気で動いてるんですか?」

(水島)「いえ、これはガソリンで動いてます」

(住民B)「ああ、これがガソリンってやつかぁ」

(住民C)「ガソリンで発電してるんですか?」

(水島)「いえ、これは内燃機関といって、このエンジンと呼ばれる機関でガソリンと空気の混合気体を爆発させてタイヤを回転させる動力を得ています」

(住民D)「つまり、電気は発電していないんですか?」

(水島)「はい、発電しません」

(住民D)「発電しないんですかぁ、はぁ」

(住民A)「発電しないんじゃあ、ねえ・・ねぇ?」

(住民E)「電気、どこかにありませんか?」

(水島)「ええと、そうですねぇ、早く送電網、回復して欲しいですね」

(住民C)「これに乗って、電気を取りに行くんですか?」

(水島)「いえ、・・・(どうやって電気取りに行くってんだよ?)」


水島は、メルクーリで薬品や消耗品が一部なくなってしまう状況を説明し、バイクで仕入先まで向かうところだと説明した。


(住民E)「メルクーリには、電気、あるんですか?」

(水島)「・・・ええと、・・・メルクーリも非常用の電力があるだけで、そのぉ、余裕はないはずですが(何なんだ、この人たち?)」

(渡辺)「水島さん、このヘルメット、被ってみてください。こちらは、真理さん用、もし、一緒に乗られるならですが」


水島はこれ幸いと話を中断し、渡辺からヘルメットを受け取ると、一旦、被ってすぐに脱いだ。


(水島)「ちょうどいいです。ありがとうございます。」


真理は渡辺さんに手伝ってもらいながら、ヘルメットを合わせている。


(住民B)「あなた、このヒューマノイドをどこかで充電してくるんですね?その何とかいう病院ですか?」


真理は被っていたヘルメットを取ると、かなり不機嫌な声で応じた。


(真理)「ヒューマノイドって、まさか私のこと言ってるんじゃないですよね?」


真理が睨みを利かせて一歩近づくと男は怯む。


(住民B)「え、ちがうの?・・・言われてみりゃ確かに・・・」

(真理)「確かに、何だってのよ?」


そう凄まれ、男は目をそらしながら後ろに下がって行った。


(住民E)「この家、ずいぶん、立派なソーラー・パネルがあるねぇ?」


その男は渡辺の家の屋根にあるパネルを見上げ、妬みっぽい声色で呟いた。


(渡辺)「ハハ、十日ほど前に壊れて修理を呼ぼうと考えてる時にソーラー・ストームが来ちゃってね。この肝心な時に使えんのですよ」

(住民E)「えぇ〜、そんなぁ」

(住民C)「ハァ、とにかく電気だよ、電気」


  渡辺家の門前の人だかりは、さらに増え、今では三、四十人を超えていた。しかし、異口同音、皆、電気のことばかり口にしている。


(水島)「すいません、バイク借りるだけだったのに、こんな騒々しくしちゃって」

(渡辺)「まあ、それより水島さん、気を付けて行ってらっしゃい」

(水島)「はい、では、行ってきます」


  住宅地の細くてガタガタの道路をゆっくり走っていると、まもなく道は少し広まりT字路に突き当たる。一旦、後部座席の真理を振り返り、シールド越しに目を確認すると笑っていた。海へ下る方向に進路を取る。真理は出発してまもなくは緊張していたが、今はもう慣れたようで、言われた通り意志のない荷物としてバイクの傾きに自然に身を任せていた。まもなく街中を通り抜け、目の前に太平洋が広がる。この時代、歩行者用を除くと標識も信号もない。センサーで人や物を感知し、その場のルールや留意事項をGPSと無線から取得する自動運転車には必要ないからだ。水島はセンサーの代わりに目や耳で確認する。やはり、一台の車も走っていない。海岸線に沿った道路へ左折と同時にスロットルを開けて加速する。背中で真理の「ヤッホー」という雄叫びが聞こえる。

  

  メルクーリまでのわずか10分程のドライブだったが、ヘルメットを脱いだ真理は興奮して顔を紅潮させていた。水島もエンジンを切りヘルメットを脱ぐ。真理は自分のオフィスのある一号棟へ、水島は上杉のいるだろう七号病棟へ足を向けたが、真理はすぐに足を止めて水島に駆け寄ってきた。


(真理)「ケイ、忘れもの」


そう言うと真理は水島に腕をまわしキスをした。


(真理)「クレオに頼まれたの、代わりにしてあげて、って。じゃあ、ドライブ、くれぐれも気をつけて」


真理は踵を返すと、小走りで一号棟へ消えていった。


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